ファルザス子爵
晒し場での啖呵を終えた健二は、人々の騒然とする声の渦を背に、王都の裏路地へと姿を消した。
すぐに王都の衛兵たちが動き出す。
「異端者! 暴徒! 処刑せよ!」
声があがり、鐘が鳴る。追手の影が街路を埋めていく。
健二は路地を駆け、屋根を跳び、廃寺を抜けて南門を目指した。
追手の一団が迫る。槍を構えた衛兵たち、魔術師を伴った騎士隊。
それでも、健二の脚は止まらなかった。
「……殺すな。あいつらは騎士団じゃない、ただの衛兵だ」
そう自らに言い聞かせながら、腰に挿した木剣を抜く。
「雷火解放」
彼の脚に、腕に、稲妻と火の奔流が宿る。
電気が筋肉を強制駆動し、火の熱が関節の動きを支える。
反応速度と移動速度、そして打撃の威力が人間離れしたものへと変わる。
追いついた衛兵の槍を木剣で叩き折る。
そのまま、柄の尻で鳩尾を突き、別の者の膝裏を払う。
鎧ごと吹き飛ばす一撃を浴びせながらも、健二は致命の一打だけは避けていた。
だが、その非殺の意志は、自らの傷を増やすことに繋がった。
防御を優先せず、速度と制圧力を最優先したその戦い方は、健二の体に大きな負荷をかける。
喉奥に鉄の味。
呼吸が苦しい。
電撃駆動による筋繊維の損傷も、骨の軋みも、もはや日常の感覚になっていた。
ようやく南門の裏手に出る頃には、背には矢傷が一つ、脇腹の皮膚が裂けていた。
それでも、健二は振り返ることなく、森へと駆けた。
---
【魔族領〈ファルザス領〉到着】
三日後。
雪解けの霧が立ちこめる山の道を抜けた先、異なる空気が健二の肌を打った。
色の濃い木々、赤紫がかった空。
そこは確かに「魔族の地」だった。
ファルザス子爵領。
この地は中立に近く、人族と魔族の間にわずかに残る和平の名残を留めていた。
「ようやく……着いたか」
その地で、ランドルフ侯爵やギル、リーファたちが待っていた。
「遅いぞ、馬鹿」
ギルが軽口を叩く。
「一人で晒し首掲げた上に追っ手引き連れて来たんだ。褒めてやってもいいくらいさ」
健二は無言で頷く。
血に染まった衣のまま、ようやく一息をつくと、ゆっくりと腰を下ろした。
「……あとは、あの首がどれだけ波紋を広げるかだな」
リーファが傍らに座り、静かに水を差し出した。
その瞳は、疲弊した仲間を案じる妹のように優しく、しかし強かった。
魔族領〈ファルザス領〉。
森の奥、黒曜石のごとき漆黒の石で築かれた古城がそびえていた。
健二たちは、その城門の前に立っていた。
ギルが一歩前に出て告げる。
「ランドルフ・ハワード侯爵の名において、友人ファルザス子爵に面会を求める!」
沈黙ののち、鉄の扉がゆっくりと開いた。
現れたのは、濃紫の法衣に包まれた男――ファルザス子爵。
浅黒い肌に白銀の瞳を宿した、齢不詳の魔族。
冷え切った空気のような存在感を放ち、彼はゆっくりと階段を降りてきた。
「……懐かしき名が、愚かな火種と共に戻ってきたか。
ランドルフよ、まさか王都を掻き回し、死人の首を携えて来たとはな」
その声音には皮肉と警戒、そして微かな憂いが滲んでいた。
「お久しぶりです、子爵。私は貴方を信じ、最後の望みを託しに来た」
ランドルフ侯爵が頭を下げた。
その姿に、ファルザスはわずかに目を細めた。
「……信義に篤き者よ。王都の腐臭がここまで漂ってくるとはな。
話は中で聞こう。だが、その前に」
子爵の瞳が、健二とリーファを見据えた。
「――貴様ら、人族ではないな。特にその娘。血が、違う」
リーファが一歩前に出て、まっすぐに目を見返す。
「私は、リーファ。名も無き村で育ちました。
けれど…最近になって、自分が“神の騎士団”に狙われる理由を知りました」
「血の力か。神を騙り、血を喰らう連中の標的にされるほどの…」
ファルザスは低く笑った。
「面白い。実に面白い。人族が捨てた希望を、魔族が拾う時代か。
――良かろう、共に語ろう。客人として迎え入れよう」
---
【魔族の反応】
その後、客間に通された一行を待っていたのは、魔族の重鎮たちだった。
かつて王族に仕えた知将、辺境を統べる豪族、戦闘部族の代表など、多種多様な者たち。
彼らの目は、鋭くも冷静。
健二とリーファには、混ざり合った評価が突き刺さった。
「王都で“神の騎士団”とやらを壊滅させた? 信じがたい」
「だが、事実ならば奴らは共通の敵。腐った貴族どもより、ずっとわかりやすい」
「女神と勇者の血を喰らい、神に近づく……そんなことを言っていたのか」
健二は、ただ一言だけ返した。
「……おれは、ただ仲間を守りたかった。それだけだ」
場に静寂が落ちる。
やがて一人の老魔族が頷いた。
「その言葉、嘘ではあるまい。
“神の騎士団”が我ら魔族を狩ってきたのも、同じ理由だ。
純血を喰らい、力を欲する愚か者ども……その牙は人族にも向いたというわけだな」
ファルザスが静かに宣言する。
「――よかろう。
この日を境に、我ら〈旧き血の一族〉は、中立を捨てよう。
神を名乗る“化け物”どもを、この手で狩る」
そして彼は、魔族の会議室に集う重鎮たちに向けて言った。
「この者たちは、我らの“賓客”だ。
何人たりとも勝手に手を出すことは許さん。
この戦、魔族と人族の、最後の共闘になるかもしれぬのだから」




