司祭
青白い雷が地を這い、赤い火が天井を焦がす。
「雷火――解放ッ!!」
健二の叫びと共に、雷鳴が轟いた。
その身に宿した雷火が弾け、さらに魔力が奔流のようにほとばしる。
「電撃駆動――!」
筋肉が跳ねる。肉体がきしむ。
彼の両目はまるで猛禽のように爛々と輝き、指先から火花が閃いた。
そして、彼の掌に――
雷と炎が交わる、灼熱の魔剣が発現する。
「貴様ら……よくもリーファを、あんな目に……!」
咆哮と共に健二が突っ込んだ。
雷火に駆動されたその動きは、もはや人の域を超えていた。
神の騎士たちが応戦するも、打撃一閃で骨が砕け、剣の軌道が風ごと焼き払う。
次々に倒れていく精鋭たち。雷鳴と爆炎が轟き、地下礼拝堂はもはや戦場というより災厄の渦中にあった。
健二の目は血走り、次の獲物を探していた。
目に映る者すべて――神の騎士団であるかぎり――殺す。
「死ねぇえええ!!」
その刃が、最後の敵――主祭壇に控える真の司祭へと振り下ろされる。
しかし。
「止まって、健二!」
リーファの声と共に、銀の閃きが走った。
彼女の剣が、司祭の右手首だけを断ち落としていた。
「こいつは……生かしておくべきよ。語らせるために」
健二の目に、ようやく理性の光が戻る。
剣を振り下ろした右腕が、小さく震えながらも動きを止めた。
「……すまん」
司祭は床に倒れ込み、血を噴きながらも気を失っていなかった。
その目に映るのは恐怖か、それとも――狂信か。
リーファは表情を崩さず、静かに血塗れの剣を納めた。
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【その直後・教会外】
「健二ーッ!リーファーッ!」
駆け込んできたのは、ギルだった。
その背後には、鎧をまとった知人部隊の兵たちが続く。
「こっちは制圧完了だ。上の神官どもも全員確保した」
ギルの肩越しに、ハワード侯爵の印を掲げた兵士たちが整然と広がっていた。
彼らは無言で地下への階段を警戒し、拠点を完全に制圧していく。
健二は火の剣を消し、深く息を吐いた。
リーファの隣で、雷の気も静かに収束していく。
血の臭い、焼け焦げた衣の臭い、崩れた信仰の残り香。
だが、彼らの中にあるのは――冷たく澄んだ決意だった。
勝利の静寂が訪れたその刹那、健二は膝をついた。
口から、耳から、鼻から――赤黒い液体があふれ出す。
「け、健二……!?」
リーファが駆け寄った。ギルもすぐに気づき、顔をしかめた。
健二の右腕は、肘が逆方向に曲がっていた。
電撃駆動の代償――魔力による筋肉制御は、限界を超えた。
「クソッ、医療班を! すぐにだ!!」
ギルの叫び声が響き、部隊の中から衛兵が駆けつけた。
その場に崩れ落ちる健二を、リーファは言葉もなく抱きとめるしかなかった。
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【翌朝/要塞内 軍医の詰所】
湿った石壁に囲まれた、粗末な医務室。
健二は簡素な寝台に横たわり、目を細めながらゆっくりと起き上がった。
「……生きてるのか、俺は」
「奇跡みたいなもんだよ」
ギルが腕を組んで、部屋の壁にもたれていた。
「筋繊維の断裂、内部出血、魔力暴走による神経の焦げ……あんた、よく心臓止まらなかったな」
「大丈夫……なのか?」
健二が問うと、ギルは小さく首を振った。
「右腕の関節は魔術師が固定したけど、しばらくは使えねえ。魔力の流路もズタズタだ」
そこへ、ドアの向こうから足音。
リーファがそっと入ってくる。彼女はしばし黙って、健二を見つめ――それから小さく微笑んだ。
「よく、戻ってきてくれたね」
健二はうなずきかけて、唇を噛んだ。
「……あの程度で命を落とすわけにはいかない」
彼が顔を上げた時、目にはまだ強い炎が宿っていた。
「司祭は……?」
ギルは答えるのを一瞬ためらった。
「要塞の地下牢にいる。尋問はしてるが、神の名ばかり叫んで話にならない」
「なら……俺が行く」
健二は寝台から立ち上がると、包帯でぐるぐる巻きにされた身体をかばいながら、無理やり歩き出した。
「おい、無茶すんなよ……!」
ギルの声も、リーファの手も、彼の足を止めることはできなかった。
あの祭壇の光景――血まみれの少女と、狂気の儀式――それを思い出すたびに、健二の内側は煮えたぎっていた。
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【要塞・地下牢】
石の階段を降りた先は、冷たい地下。
油の臭いと血の臭いが混ざり合い、空気は濁っていた。
鉄格子の奥には、鎖でつながれた男――あの司祭がいた。
白い法衣はもはや真っ赤に染まり、その瞳はまだ狂気に濁っていた。
「……来たか、雷火の使いよ」
司祭は笑った。歯茎から血を流しながら。
健二は無言で近づくと、鉄格子の前で立ち止まり、左手を差し出した。
彼の指先に、淡い青い電流が灯る。
「話してもらおうか。神とは何者だ?リーファと女神の因果は?」
「……我らが神に、貴様ごときが触れられると思うなよ」
健二は言葉を返さず、手を伸ばした。
鉄格子の隙間から、司祭の足に向かって――
「やめ……っ、あっ……がぁあああああっ!!」
電流が司祭の身体を駆けめぐった。
叫び声が牢に反響する。
健二の目に迷いはなかった。
これは怒りではない――義憤だった。
「お前が語らなければ、また誰かが生け贄になる。……それだけだ」




