セイファス上陸
船が静かに波止場に横付けされたのは、まだ夜明けの色も薄い、灰色の空の下だった。
波止場に降り立った三人は、慎重にあたりを見回す。
寂れた漁港の町。石造りの建物が風雨に晒され黒ずんでいる。
だがその裏には、王族や貴族すらも立ち入るという神の騎士団の本部が潜んでいる――。
「……この町の“静けさ”が一番不気味だな」
ギルが小声で吐き捨てる。
健二は顎を引いた。「ここからは別行動だ。ギル、お前はハワード侯に報せを」
「ああ。領地から動かすには多少時間がかかるが……親父も動くだろうさ」
ギルは漁師の格好のまま、背を向けた。
「お前らは目立つなよ。特に……リーファ。顔が整いすぎてて庶民に見えねぇ」
「……それ、褒めてるの?」
リーファが眉をひそめ、健二が小さく笑った。
「三日、持たせる。できるだけ情報を集めてくれ」
ギルが無言で頷き、石畳の坂を登っていった。
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【三日目・午前】
セイファスの町は、一見すればどこにでもある静かな港町だった。
網を繕う老漁師、干物を売る老婆、井戸端で話す女たち。
健二とリーファも、古ぼけた漁師小屋を借り、粗末な衣を身にまとって市場に溶け込んでいた。
だが、その日――空気が変わった。
「……来たか」
健二が市場の高台から見下ろす。
海沿いの石畳を、六台もの豪奢な馬車が連なって教会へと向かっていた。
車体にはそれぞれ異なる紋章。王家、上級貴族、そして神殿騎士団の印。
「これが……“集会”」
リーファが息を呑む。
教会の白い尖塔には、金色の紋章が翻っていた。
その紋章は、どこの聖典にも記されていない“異端の十字”。
「今夜か……あるいは明日。奴らが何かを始める」
健二の目が鋭く光る。
右手の袖の内には、雷火の印が走っていた。
「このまま潜伏を続けるか、あるいは先に仕掛けるか……ギルの戻りを待つ判断になるな」
リーファは黙って頷いた。
「……もし、ここで女神を貶める何かが行われているなら、私は絶対に見過ごせない」
「お前がそれを言うなら、俺は止めない。ただ――命だけは捨てるな。約束だ」
「うん」
リーファの目が真っ直ぐだった。
その時、港の灯台に狼煙が上がる。
ギルからの合図――ハワード侯爵が動いたという知らせだった。




