ハワード領
早朝、馬車の窓を流れるのは、穏やかに開けた丘陵地帯。霧がかった草原の向こうに、堅牢な石造りの城が姿を現す。ハワード家の本拠、そしてランドルフ・ハワード侯爵の居城だった。
ギルはその光景を見ながら、やや口を尖らせて言った。
「……ったく、懐かしいとか感動するとか、そういうのはねぇんだよな」
「じゃあなんだ、また怒られるのが怖ぇのか?」と健二が笑いながら言うと、
「うるせぇな。別にビビってるわけじゃねぇよ。ただ……あの親父、いちいち説教が長ぇからな」
リーファが小さく笑った。
「……ふふっ、似た者親子じゃない?」
ギルはむくれて目をそらしたが、どこか嬉しそうだった。
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侯爵の広間。健二とリーファが深々と頭を下げ、ギルはそっけなく手を振った。
「……お帰り、ギル。生きていて何よりだ」
ランドルフ・ハワードは白髪交じりの口髭を撫で、穏やかな笑みを浮かべた。目元の皺は、かつて戦場で幾度も死線を越えた証でもあった。
「……ただいま。怒鳴ると思ったけど、意外と静かなんだな」
「怒鳴る元気も少し落ちたということだ。……それに、そこの健二とリーファのおかげで、お前も人間らしくなったと聞いている」
健二とリーファがぴくりと肩を動かす。ギルは顔を赤らめながらそっぽを向いた。
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「……さて、本題に入ろう。神の騎士団――お前たちが敵に回す相手は、国家でも軍でもない。“信仰”だ」
ランドルフの声は低く、重かった。
「元々は古代王朝の時代、女神リュミエールの信仰を護る武装組織だった。それが何百年と時を経る中で、思想は過激になり、今では異教徒と見なす者を全て“浄化”の対象にしている」
「やってることは、昔の本願寺の僧兵みたいなもんか」と健二がつぶやく。
「……そうだな。だが本願寺と違い、神の騎士団には中央も地方も無い。掴みどころがない。王国ですら完全には掌握しておらん」
リーファが問う。
「なぜそんな組織が野放しに……?」
「一言で言えば“恐れ”だ」
ランドルフは暖炉の火を見つめながら言葉を続けた。
「奴らには表の顔がある。“救済者”として貧民や孤児を受け入れ、時には魔族にすら平和を語る。だが裏では――他種族、他宗教、そして“神の理に背く者”を徹底的に排除してきた」
「……あたしも、その“神の理に背く者”なんだね」
リーファの言葉に、ランドルフは頷いた。
「異界の血を引き、神の力を宿した少女――奴らにとっては最大級の異端だ。だが同時に、“器”としての価値もある。生かしたまま手に入れようとするのも、それが理由だろう」
室内の空気が一瞬、重く沈んだ。
やがて健二が言った。
「だったら……その神の騎士団とやらの首元に、俺らが刃を突き立てりゃいいって話だろ」
リーファが静かに頷いた。
ギルは溜め息をつきながらも、既に懐から紙束を取り出していた。
「とりあえず王都で情報を洗う。俺の身分とコネで、王宮周辺の宗教関連組織と神官の動きは探れる」
ランドルフは、そんな三人を見て穏やかに笑んだ。
「……面白い旅になりそうだな。健二、お前が村で拾ってきた子供が、まさかこの国を揺るがす存在になるとはな」
健二は笑って言った。
「拾ったつもりはねぇよ。勝手についてきたんだ。……今も、ずっとな」
リーファがほんの少しだけ、頬を赤らめた。
こうして、次の目的地は定まった――王都。神の騎士団の実態を暴き、リーファの出自と運命を覆すための、真の戦いが、いま始まる。




