ゾンビ姫の恐ろしき強さとダル絡み
夜は更け、焚き火の灯が村の中心を赤く染めていた。
村人たちは誰もが浮き足立っていた。
健二とリーファ──二人の英雄の帰還。そして、野盗どもをたった二人で撃退したという武勇。
酒が注がれ、肉が焼かれ、バルドの酒場から持ち込まれた樽の栓が次々と抜かれていく。
どこからか笛が鳴り、歌が流れる。
そんな中、小さな声が祭りの中心に響いた。
「ねえ、健二兄ちゃんとリーファ姉ちゃん、どっちが強いの?」
聞いたのは、かつて朝稽古に参加していた村の子どもだった。
それは純粋な疑問だった。けれど、それが再び、火種となる。
「ふん、今のなら私が強いって見れば分かるでしょ」
「おい、さっきのは譲っただけだぞ。魔法使えば俺の方が──」
「魔法抜きなら、ね?」
言い合いになりかけたところで、ウィリアムが苦笑しつつ割って入った。
「だったら木剣で一本勝負、ってのはどうだ? 酒の前に軽く体を動かすのも悪くねぇ」
それを聞いた村人たちは一斉に湧いた。
見せ物ではない、と健二は眉をひそめたが、既に焚き火の周囲は自然と“闘技場”と化していた。
ウィリアムが付け加える。
「ただし、魔法は禁止な。祭りを吹き飛ばされたらたまらん」
健二は一瞬だけ表情を曇らせたが、頷いた。
「……わかったよ、一本勝負、だな」
二人は静かに木剣を構えた。
――打ち合いは、ほんの数十秒だった。
リーファの木剣が、見事に健二の右肩へ打ち込まれる。
間合い、速度、反応、全てが洗練されていた。
一瞬、風のように動いたその一撃に、誰も声を出せなかった。
健二は苦笑しながら肩を押さえ、潔く木剣を地に落とした。
「……完敗だ」
どこかから、ため息まじりの歓声が上がった。
そして次の瞬間には、祭りの熱気が再び燃え上がる。
だが。
その後、バルドの店で、健二は一人酒をあおっていた。
酒盃を干すたびに、少しずつ目が赤くなっていく。
「勝てない……あいつに魔法無しじゃ、どうやっても……」
ぽつりと呟いた言葉は、まるで誰に向けられたものでもなかった。
けれど、それを聞いていた者がいた。
「魔法は……使えばいいじゃないか。お前は魔法が使える。それでいい」
ウィリアムが隣に腰を下ろし、湯気の立つスープを差し出した。
「お前は火と雷を操る、常識外れの魔法使いだ。無理に“剣士”の土俵で張り合う必要はねぇ。
お前にはお前の“強さ”があるだろう?」
健二はしばしスープを見つめ、それからようやく一口啜った。
熱い。胃が焼けるように熱い。けれど、どこか救われる味だった。
「……ありがとな、ウィリアム」
リーファの勝利。健二の涙。
けれどその夜、村の誰もが知っていた。
この二人がいれば、もう二度と、村は蹂躙されはしない。
そう信じられるだけの強さを、彼らは手に入れていたのだった。
宴も佳境を迎え、人々は火を囲みながら歌い、笑い、酔いしれていた。
その一角、焚き火の光に照らされながら、健二は静かに酒盃を傾けていた。
肩の痛みはもう引いていたが、胸の奥の敗北感はまだ燻っていた。
そこへ、ふらりと現れたのは、酒気を纏ったリーファだった。
顔はほんのり紅く、足取りもいささか覚束ない。
「けーんじ」
「……なんだよ」
健二は少し警戒した声で応じる。酔ったリーファは、稽古場の冷静な剣士ではない。
まるで別人のように、絡み始める。
「また落ち込んでるの? もー、ホントに、しょーがないなあっ」
リーファは腰を下ろすと、隣の健二の肩に遠慮なく寄りかかった。
健二はたじろぎつつも、逃げ場はないと悟って観念する。
「魔法使わないと私に勝てないって、そんなの、わかってるじゃん。何回言わせんの?」
「……だからって、木剣でボコボコにすんのやめろよ」
「ボコボコじゃなくて一本勝負でしょーが。負けたんだよ、け・ん・じ♪」
リーファは満面の笑みで人差し指を突きつけ、勝者の余裕をこれでもかと見せる。
「だいたいさ、健二の戦い方、筋力と魔法頼みすぎ。
剣技の練習、真面目にしてるの? ほんと、雑っていうか、力任せっていうか……」
「うるせえな……お前が変態レベルで器用すぎんだよ」
健二が少し拗ねたように口を尖らせると、リーファはぴたりと口を止め、それから目を丸くした。
「……あっ」
「……あ?」
「……ふくれてる健二、かわいい」
「殺すぞ」
「無理ー。魔法なしじゃ私に勝てなーい♪」
リーファは声を上げて笑いながら、健二の横腹を肘で小突いた。
健二は眉を寄せ、頬を赤らめながら杯を煽る。
「……くそ……調子に乗りやがって……」
「いいじゃん。私も健二も強い。私たち、最強コンビ。ね?」
「……言ったな。今度こそ、一本取ってやるからな」
「そのときは……褒めてあげるよ? うんと、かわいくね」
健二は絶句した。酔っているのか、わざとなのか、それすら分からない。
ただ、焚き火の赤に照らされたリーファの笑顔は、いつもよりどこか柔らかく見えた。
そしてそれが、健二の胸の奥に、少しだけ温かい何かを灯すのだった。




