イーサンのお頭
村の広場に、火の粉がちらつく。
健二が切り拓いた戦場の向こう──
そこに、剣を構えたリーファと、獣のような体躯をした大男が対峙していた。
「名を名乗れ、小娘……いや、“化け物”」
「リーファ・エルネスト。あなたは?」
「元・王国騎士団第三師団副隊長、イーサン・グレイヴ。……ま、今はただの野盗頭領さ」
吐き捨てるような声音とともに、イーサンは大剣を振り上げた。
「俺は騎士団を追われた! 傭兵団も首になった!そして部下も失った……! 全部ぶっ壊してやる!!」
憤怒の咆哮とともに大地を踏み鳴らし、リーファに迫る。
──だが。
「遅い」
リーファの声音は静かだった。
その刃が、するりと空を斬る。イーサンの脇腹──鎧の継ぎ目を正確に突いた。
「ぐっ……!」
イーサンは反射的に距離を取るが、次の瞬間には肩、膝、肘──次々に浅い傷が刻まれる。
その動きは、まるで舞のようだった。
チッ、チッ、チッ──
その音は、金属に弾かれた刃が、鎧の隙間に食い込む音。
重い一撃はない。ただし、確実に命を削る刃。
リーファの顔には一切の感情がなかった。
「……まるで、死神じゃねぇか……!」
イーサンの額に脂汗が滲む。恐怖が走る。
その剣さばきは確かに元騎士団仕込みだ。だが──それでも、リーファにはまるで届かない。
反撃どころか、彼女の衣の端すら掠められない。
「クソッ……やってられるかッ!」
剣を大地に叩きつけ、イーサンは背を向けて逃げ出した。
後ろから来るかもしれない刺突に怯えながら、必死に森へと走る──が、
「逃げ足も遅くなったな、イーサン」
冷たい声とともに、立ちふさがったのはウィリアムだった。
既に十数名の自警団員が森の出口を塞いでいた。
イーサンは成す術なく、地に組み伏せられる。
「……ぐ、ぐぅ……あの化け物の、どこが子どもだ……ッ」
リーファは血の一滴も纏わぬまま、木陰に立っていた。
「騎士団出身でこれ? 思ってたより、王国って弱かったんだね」
そう、涼しげに告げたリーファを、村人たちは呆然と見つめた。
そして誰からともなく、こう呼ばれるようになった。
──“ゾンビ”のリーファ。死をも恐れぬ、不死の剣士。
健二は背後で苦笑しながら肩を竦める。
「……あれには誰にも勝てんわ」
その夜、村には再び平穏が戻り、宴の続きを囲む人々の笑顔と、リーファの静かな勝利が、心に刻まれていた。




