異邦の光(ライト)
──森を抜けた。
健二は擦り傷に泥をつけ、肩の痛みに耐えながら、一時間あまりも歩き続けていた。
太陽は少しずつ傾き、森の緑が黄金に染まり始めている。
やがて、木々の隙間から、道が見えた。人の踏みならした土の道。
その先に、通行人らしき影──一人の旅装の男が歩いていた。
健二は声を掛けるか迷ったが、ここで沈黙は自滅と悟る。
「──すみません!」
男が振り向く。
黒い髪、茶色のマント、そして腰にはナイフと小袋。
言葉は通じた。だが、男は驚いたように後ずさった。
健二の体格が異様なのだ。異世界基準でも、彼は「獣に近い」。
それでも健二は両手を広げ、武器を持っていないことを示した。
男は慎重に近づき、問答の末、健二を近くの村へと案内してくれることになった。
──そして、村が見えた。
森の縁に沿って、小高い場所に家屋が点在する。
外壁は木と土で組まれ、門と呼べるものもあるにはあるが、杭を束ねたような簡素な柵だった。
(……あれで防衛になるのか?)
中世ヨーロッパの田舎を想わせる光景だった。
しかし、空気は平和ではない。門の内側からこちらを注視する視線──
「ここで待て、と」
男はそう言い残し、中へ入っていった。
健二は門の外で待つ。
静かだ。鳥の声さえない。
日が暮れかけ、空の色が深まり始めた頃──
「……」
門が開く。
出てきたのは、二人。
一人は痩せた老人。長い髭と曲がった背。
もう一人は、少女だった。まだ十歳そこそこ、金髪に澄んだ瞳。
だがその瞳には、幼さよりも「見極めようとする意思」があった。
老人が口を開く。言葉は先程の男と同じく、健二にはかろうじて理解できた。
「異邦の者よ……そなたは、我らに害なすつもりはないか?」
健二はうなずき、丁寧に返す。
「ええ。身を寄せる場所がほしい。礼もします」
長老と少女は互いに目を見交わし、そして頷いた。
「一晩限り」との条件で、村の滞在が許されることとなる。
健二は、例として持っていた品を差し出す。
・銀貨一枚
・小さな宝石
・そして、もう一つのフラッシュライト
「これは……光です。夜に使えます」
健二はボタンを押す。白い光が辺りを照らした。
少女が小さく叫び、老人はたじろいだ。
「……これは、灯火の魔石か……いや、いや……熱も持たぬ……っ!」
村の人々がざわめいた。
その“道具”は、彼らの理解を超えていた。
健二はあくまで冷静に、それを長老に手渡した。
「好きに使ってください。信頼がほしい」
沈黙が流れる。
そして少女が、ぽつりと漏らした。
「すごい……ほんとうに、異国のひとなんだ……」
その言葉が合図だったのか、長老がようやく表情を緩めた。
「……ならば、我らも礼を返そう。泊めるだけでなく、今後の道も考えよう。──来なさい、健二殿」
健二は頭を下げ、門をくぐった。
異世界の小さな村に、ようやく最初の“居場所”ができた。