一本の重み
リューンに来て、ちょうど一年が経とうとしていたある日の稽古――
それはいつもと同じ、木剣による総当たり戦のひと幕だった。
健二は、またしてもリーファと対峙していた。
陽の傾いた稽古場に、二人の足音と木剣の擦れる音が響く。
彼女の動きは、既に「習得」ではなく「感覚」だった。
刃を交わすその一瞬に、健二は悟っていた。まともにやり合っては勝てない。間合いは完璧、判断は速く、力の差さえ捌きで埋めてくる。
そして、健二は踏み込んだ。
リーファの木剣が振り抜かれる、その直前。
健二は自らの木剣を捨てるように投げた。彼女が視線を逸らしかけたその刹那、彼は距離を詰め、組み付くようにして右手を振るった。
掌に握られていたのは、袖に隠していた短い木剣――木刀というよりは、木の杭に近いそれが、リーファの胴に、寸止めで添えられていた。
「……一本」
男爵が静かに言った。
稽古場に、一瞬の静寂が落ちる。
「反則くさいけど……」
リーファが肩をすくめた。
「いや、いい。武器を持つ者にとって最も危険なのは、武器を捨てる覚悟のある敵だ。
それをやって、なお勝つ――それが本物だ」
男爵は言った。驚きは声に出さずとも、確かに眼差しに宿っていた。
それほどまでに、リーファの間合いと技は緻密だったのだ。
健二は倒れ込むように膝をつき、はあ、と息を吐いた。
それでも、顔を上げるその眼には、薄く、だが確かに笑みが浮かんでいた。
その一本は、千敗の末に得た、重い一本だった。
その一本のあと――健二は、すぐにリーファに呼び出された。
「今日の夜、もう一回やろう。……さっきの、なしってことで」
睨むような視線を前にして、断る言葉など出てこようはずもない。健二は無言で頷いた。
夜の稽古場。
健二は「工夫」で挑んだ。砂を撒いて滑らせ、合間にフラッシュライトを放ち、さらには木剣ではなく足技を交えた――リーファの読みの外から崩すつもりだった。
だが、結果は悲惨だった。
砂を踏ませるどころか、逆に健二が滑った。
光を使えば、すぐに距離を詰められ、顔面に軽い掌打が飛んでくる。
蹴りを放てば、あっさりと捌かれて投げられる。
気がつけば、稽古場の隅で転がっていた。
「……よし」
リーファは額の汗を拭いながら言った。それはようやく機嫌が直った証だった。
「一本取られたのは悔しいけど、あれはあれ。次からまた、ちゃんと勝つだけ」
その表情には、どこか満足げな色すら浮かんでいた。
健二は呻きながら、片膝をついて息を整えた。
(やっぱ、こいつ……強ぇ)
悔しさと、どこか清々しさの混じった吐息を、闇夜が吸い込んでいった。




