鬼男爵
健二が目を覚ましたのは、藁敷きの寝台の上だった。
リーファが顔を覗き込み、安心したように微笑む。
「やっと起きた。……三日寝てたんだから」
熱が残る頭を起こすと、男爵ライナスが静かに佇んでいた。背後には壁一面の武具と、裸足の木床。
「お前は生き残った。それで十分だ」
それが“合格”の証だった。
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翌日から、健二は男爵の下で稽古を受けることになった。
そして、何故かリーファも一緒に修行に加わっていた。
「私も……もっと強くなりたいの。健二みたいにじゃなくて、自分の力で」
男爵は特に理由も問わず、「よかろう」と一言だけ言って、2人の訓練を始めた。
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だが、そこからが地獄だった。
健二に課されたのは、魔法の一切を禁じた剣術と体術の修行。
朝は薪割り、昼は素振り三千、夜は木刀による立ち合い。しかも一切の魔力による補助は禁止。
「剣を使いたければ、まず“剣で”俺を越えろ」
それがライナスの方針だった。
対してリーファには軽い木剣が渡され、最初はおぼつかない足取りだったが――彼女は驚くほどの速度で上達を遂げていった。
「この子は……柔らかい。無駄な力がない」
男爵の評は高く、剣筋も美しく、動きも冴えていた。
一方の健二は、剣筋が重く、力に頼り過ぎていた。
魔法を使えない今、自身の粗が露わになっていく。
数日後、健二は男爵に問う。
「……俺には素質がないのか」
ライナスは剣を拭きながら、淡々と返した。
「あるさ。だが、今は“武器の力”に引っ張られすぎている。剣はお前の筋肉ではない。魔力でもない。精神と重心の延長に過ぎん」
「精神……と重心?」
「心の位置を変えず、刀の起こりを殺せ。それが“強さ”の正体だ」
意味はよく分からなかった。だが、健二は歯を食いしばって頷いた。
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日が過ぎ、月が変わり、稽古場には剣の音だけが響いた。
リーファの剣は日を追うごとに鋭さを増し、ついには男爵と五分の応酬を見せるほどに。
健二は、遅れていた。
だが、焦りを押し殺しながら、一本一本、無心で振り続けていた。
――魔法が使えぬなら、それで勝てるようになるしかない。
それは、かつて“雷火解放”で命を削ったオッサンが、自らに課した“新たな試練”だった。
それからの日々、健二はリーファの背中を追うように稽古に励んだ。
以前の彼ならば、誰かを追うなどということは考えなかった。だが――リーファの成長は、それほどに目覚ましかったのだ。
毎晩、寝る前には稽古の復習をリーファに手伝ってもらった。
互いに木剣を構えながら、静かな庭で構えの確認、動きの修正、細かな癖を洗い出していく。
「そこ。右足が少し前に出過ぎてる。私でもわかるよ」
「……マジか。ありがと」
翌朝は誰よりも早く起きて、昨日の稽古を一人でなぞる。
薄明の庭で、汗だくになりながら素振りを繰り返し、立ち合いの足運びを何度も確認した。
やがて、健二はようやく近距離での木剣の打ち合いにも慣れてきた。
以前は体幹のバランスを崩され、打ち込まれるばかりだったが、今ではリーファ相手に互角の応酬を見せる場面も出てきた。
それは、魔術学院での彼――
全てを理解し、力もありながら、どこか孤高で天才として扱われていた日々とは、まるで対照的だった。
今の健二は、ただ一人の仲間と共に、追いかけ、追いつこうとする者であった。
男爵はそんな健二を一瞥し、静かに呟いた。
「いい目になってきたな。やっと“剣の間合い”に入ってきた」
その一言が、健二の胸に深く刻まれた。




