ゴブリン撃破
森に風が走った。
ゴブリンの一体が鼻を鳴らし、健二の痕跡に近づく。
鋭く細い目が、地面を這うように動く。
健二は、木の上でじっと呼吸を整えていた。
この森で「武器」を持たぬ彼にあるのは──経験と、肉体と、静かな決意だけ。
時は満ちた。
(今だ)
音もなく、健二の巨体が枝の上から落下した。
そして、そのまま──
「──ッ!」
ゴブリンの頭部を、真上から踵で踏み潰す。
鈍い音がした。肉と骨が砕け、血が飛び散る。
緑の肉塊がもがく間もなく、即死。
残る二匹が振り向く。叫びと共に駆け出してきた。
健二は腰のポーチから小型のライトを取り出し、点灯。
暗い森に強烈な白光が走る。
「フラッシュ──」
言い終える前に、一体のゴブリンが目を覆い、動きを止めた。
健二はその隙を逃さない。
ステップから踏み込み、全体重を乗せた前蹴りが顔面を砕いた。
鼻が潰れ、奥歯が飛ぶ。
ゴブリンは半回転して倒れた。脳が揺れて動かない。
(……あとは一匹)
最後のゴブリンが怒声を上げ、棍棒を構えて突進してきた。
健二はその手から、棍棒を拾い上げる。
重さは2キロ程度か。バランスが悪く、短い。
原始的だが、使える。
激突。
打撃音。木と肉のぶつかる音が、森に響く。
健二は受け流す。間合いを読み、狙うは相手の肘と首筋。
相手が振り下ろした隙を見て、棍棒を側頭部へと振り抜く。
乾いた破裂音。ゴブリンの眼球が飛び出す。
もう一撃、側頭部に打ち込む。
ゴブリンは、ぐらりと揺れて、そのまま崩れ落ちた。
健二はしばし、その死体を見下ろしていた。
──息が荒い。だが、気持ちは静かだった。
自分が“生きている”という感覚だけが、やけに明瞭だった。
それから、倒した三体の死体を調べる。
武器は粗末な棍棒と、骨のナイフ。
だが、その腰巻に挟まれていたのは、見たことのない銀色の硬貨──
(……銀貨? いや、これは……)
手のひらに収まる程度の硬貨には、文字らしき文様と、竜のような意匠が彫られていた。
さらに、別のゴブリンの袋には、宝石のような光沢を放つ青い石があった。
加工もされていない。だが自然のものとも思えぬ澄んだ輝き。
健二はそれを袋にしまい込む。
使い道も意味もわからない。ただ、重要そうだという本能がそれを告げていた。
(……まずは武器の確保、そして火……)
新たに手に入れた棍棒を背に、健二は木々の奥へと視線を向けた。
まだ、森は終わっていない。
そして彼の異世界も、まだ始まったばかりだった。