鉄拳とオッサン
リューンの朝は重い。
石畳の路地には昨夜の喧騒の余韻が残り、空には薄雲がかかっていた。
健二とリーファは街を散策していた。見知らぬ土地において、まずは足で覚えるのが健二のやり方だった。
古びた看板が目に留まる。錆びた鉄の拳が描かれたそれには、こう記されていた。
「拳闘道場『アイアンノック』」
「入ってみようか」
「健二、また戦う気……?」
「見てるだけのつもりさ」
重い木扉を押して中に入ると、汗と革の匂いが鼻をついた。
土と藁を踏みしめる足音、サンドバッグを打つ音。鍛え抜かれた男たちが黙々と拳を振るっている。
そして――その中心にいた。
ドゥーガン。
上半身裸で、巨岩のような肉体が汗に濡れていた。鍛え上げられた胸板に無数の古傷。大曲刀を携えていない今でも、彼の威圧感は変わらなかった。
「おう、坊主。散歩か?」
「ドゥーガンもここに通ってたのか」
「昔取った杵柄ってやつよ。……せっかくだ、やってみるか?」
「……いいのか? ここ、素手だろ」
「問題ない。お前の腕、確かめてみたかった」
スパーリングが決まった。
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【健二 vs ドゥーガン】
2人がリングに立つ。道場内が静まり返った。
健二の体格は、一般人から見れば十分大柄だ。筋肉質な体躯に、柔軟でしなやかな足運び。
だが、ドゥーガンはさらに30センチ高く、体重にして70キロも重い。まるで大型の猛獣のようだった。
「始め!」
掛け声と共に、ドゥーガンが踏み込んだ。鋼のような拳が空を裂く。
ドンッ!
健二がガードを固めると、全身に衝撃が走った。拳が当たったわけではない。風圧と殺気だけで一瞬体が凍ったのだ。
「……なるほど、怪物だな」
健二は前後にリズムを刻み、距離を取りながらカウンターを狙う。
ボクシングのフットワークと頭のスリップ。次いで、懐に入った瞬間にローキックを一閃。膝を削る。
しかしドゥーガンは怯まない。前に出る。拳、肘、体当たり――そのどれもが殺しにくる勢いだ。
健二はレスリングで組みを避け、柔術で崩しにかかる。
やがて、疲労の色がドゥーガンの動きに現れ始めた。
「そこだッ!」
健二が一気に背後へ回り込み、リア・ネイキッド・チョーク――裸絞め。
喉に腕を食い込ませ、脚で胴を絡める。
ドゥーガンが振りほどこうと暴れるも、健二は一点に集中し、徐々に力を増していく。
「……っぐ……ぐ……!」
数秒――いや、数十秒にも思える静寂。
やがて、ドゥーガンの動きが止まった。
「落ちたッ!」
道場主の判断で止めが入る。
健二はゆっくり腕をほどき、リーファの方を振り返る。
「……倒せた、か」
リーファが安堵の息を漏らし、拍手があちこちから起こる。
ドゥーガンはしばらくして目を覚まし、頭を振った後、豪快に笑った。
「はっはっは……見事だ。お前、魔導士にしては腕が立つと思ってたが、真っ当な格闘家でもあるらしいな」
健二もまた笑った。
「どっちでもないさ。ただ、強くなりたいだけだ」




