ヒール!!!再び?
村に初雪が降ったのは、ちょうど健二が朝稽古の後、薪割りを終えた頃だった。
柔らかく、湿った雪が静かに降り積もり、屋根の上に白い輪郭を描いてゆく。
「……冬か」
健二は割った薪を抱え直しながら空を見上げた。
この半年、目まぐるしくも豊かな時間が流れた。
ウィリアムは剣術の師となり、ギルは店と稽古場を支える頼れる弟分になり、リーファは驚異的な吸収力で大人たちを凌ぎ始めていた。
──そして、その夜。
バルドの店には見慣れぬ顔がひとり、静かに席に着いていた。
年老いた細身の男。洗練された身のこなしと、まるで空気の流れすら読むような佇まい。
彼の名は、オルフェン・グランデル。ランドルフ侯爵が伴ってきた、王立魔法学院の現校長である。
「ようやくお目にかかれたな、マチオ殿。……いや、“健二”と呼ぶべきか」
「……知ってたんすか」
「侯爵から多少な。もっとも、私が興味を持ったのは……君と、そこの少女だ」
リーファがやや緊張した面持ちで健二の背に隠れる。
オルフェンは杖を傾け、手元にあった水の入ったカップを静かに見つめた。
その瞬間、水面が揺れ、形を変え、指先の動きに合わせて宙に浮かび上がる。
「魔力の流れは、血と同じ。君たちのそれは、非常に珍しい“異層適応”と呼ばれる性質を持つ。つまり……」
「この世界の魔力に馴染むのが早いってこと?」
「その通りだ、リーファ嬢」
校長は微笑を浮かべ、言葉を続けた。
「マチオ殿――君のそれは、別世界の理に基づいた精神構造のため、常人より魔力の通りがよく、しかも癖がない。これはかなり珍しい」
「俺が魔法向きって……正直、ピンと来ませんけどね」
「今はそれで良い。だが、いずれ役立つ時が来るだろう。リーファ嬢も然り。吸収力、応用力、そして何より……集中した時の精神の“静けさ”が美しい」
褒められて照れるリーファの肩を、健二がそっと軽く叩く。
「で、どうしろって話なんすか?」
ランドルフ侯爵が口を開いた。
「春になったら、我が領内に移り住んではどうか。君たちには王立学院の分校が開かれる予定でね。正式な学びの場で研鑽を積んでほしいのだ」
「俺と、リーファが……魔法使いになるってか」
「そうだ」
バルドが厨房から顔を出す。
「おいおい……そいつは本当の話か? リーファを連れていかれるなんて、ちょっと寂しいぞ」
「まだ決めたわけじゃないし……」
リーファが俯くと、オルフェン校長はやさしく告げた。
「決めるのは君たち自身だ。春までは時間がある。ゆっくり考えるといい」
* * *
その夜、健二は店の裏手でひとり煙草をくゆらせながら、星空を見上げていた。
隣には、いつの間にか現れたリーファが立っていた。
「……行くと思う?」
「さあな。けど……お前がやりたいなら、俺も付き合うよ」
リーファは黙って頷いた。
夜空から、雪が音もなく舞い落ちていた。
この静けさの中で、春の風の音が微かに聞こえたような気がした。




