表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/93

朝稽古は来るものは拒まぬ

翌朝――

まだ朝靄の残る訓練場に、見慣れぬ影が現れた。


その大きな体躯とやけに細い腕、どこか所在なさげな立ち姿。


「……ギル?」


「……う、うん」


「おまえ、何してんだ」


「……朝稽古、混ぜてほしいって……父上が……」


言いながら、ギルの背後から現れたのは、ハワード侯爵――ランドルフその人だった。


威厳を湛えた姿で、健二とウィリアムの前へと進み出る。


「おはようございます、マチオ殿、サー・ウィリアム」


「おう、早いな侯爵さん。どうした、今度は親子で殴られに?」


「……いや、本日はお願いに上がった。ギルを……貴殿の稽古に入れてもらえぬか」


健二が片眉を上げると、ウィリアムが状況を補足した。


「侯爵家の鍛錬所では……ギル殿に忖度して、誰もまともに組手をしてくれぬそうだ。だから……村の、ここで教えてほしいと」


「なるほどな」


健二はギルを見た。

かつて傲慢にふんぞり返っていた少年の面影は、すでに薄れていた。


「……とりあえず、走れ。全員で三周だ。立ってる暇はないぞ」


「っ、はいっ!」


ギルは誰より先に走り出した。

それを見て、ウィリアムが微かに笑った。


「……どうやら、やっと"入門"したようだな」


* * *


稽古が一段落した後、ランドルフ侯爵はリーファに近づいた。


「少女よ……名は?」


「リーファです」


「よい名だ。君に一つ頼みがある」


リーファは小首を傾げて話を聞く。


「バルドの店に、正式に予約を入れたい。私と数名の客人とで、謝罪と共に……村の食を味わいたい」


「……はい。伝えておきます。日程と人数を――」


「そう、そういうことを聞けるから頼もしい。バルド殿が信頼するのもよくわかる」


侯爵は笑い、懐から封筒を一つ取り出して手渡した。中には食材費の一部として金貨が数枚。


「では頼んだぞ。リーファ嬢」


「……わかりました。お任せください」


リーファはぺこりと頭を下げると、封筒を抱えてそのままバルドの店へ走っていった。


* * *


最近のリーファは、もう"手伝い"ではなかった。


厨房に立つバルドが指示を出す相手は、今ではリーファだ。


日替わりの内容、食材の在庫、帳簿の確認――

元はといえば全てマチオが帳面にして残したものだが、今はリーファがまとめて管理している。


ホールでは誰よりも客の動きを見て、誰よりも早く声を掛ける。


子供たちには「お姉ちゃん」、大人たちには「リーファ嬢」と呼ばれ、店の看板のような存在になっていた。


バルドがこっそり健二に耳打ちしたことがある。


「……俺が死んだら、あの子が後を継ぐんじゃないかって気がしてな」


健二は笑っていた。


「まだ14だぞ。まずは旅に出るんだろ?」


「いやあの目は……いずれ、店も切り盛りする女の目だぜ」


夕刻、今日もリーファは厨房とホールを行き来しながら、帳簿に「侯爵様御一行五名、今週末予約」の字を丁寧に書き込んだ。


小さな村に流れ込んだ波は、静かに、確かに誰かを変え始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ