祝勝会の翌日も朝稽古
村を襲ったゴブリンたちが全滅した翌日、陽が落ちるとともに、村の広場にはざわめきと笑い声が戻ってきた。
「今日は飲むぞー! 全部、村長の奢りだ!」
誰ともなく叫ぶと、男たちが拍手でそれに応え、子供たちも太鼓を叩きはじめた。即席の宴会場にはテーブルと椅子が並び、村の女たちが持ち寄った料理や果実酒が所狭しと並ぶ。
そしてその中央に、並んで座らされたのは――マチオ(健二)と、サー・ウィリアム。
「お前らの武勇に、乾杯だ!」
村長の音頭に合わせて、皆が一斉に木の杯を掲げた。夜空の下、焚き火の火花が弾ける音に混ざって、笑い声と歓声が響く。
健二はというと、少し戸惑った表情を浮かべながらも、次々と杯を差し出す村人たちに苦笑しつつ応じていた。
「……田舎の割に、こういうのは派手だな」
「何せ大勝利ですからな」
ウィリアムは得意げに胸を張りながらも、ちらと横目で健二を見る。あの夜の決闘で鼻っ柱を折られて以来、彼の視線には敬意と、どこか兄弟分のような情が宿っていた。
「マチオさん!」
小走りに駆けてきたのはリーファ。白いドレスの裾を少し持ち上げて、ぴょこぴょこと笑顔でやってきた。
「マチオさんの焼いた川跳ね、ものすっごく美味しかった!」
「そりゃよかった。脂がちょうど乗っててな。ハーブはあの崖の上のだ」
彼が笑うと、リーファはぱっと目を輝かせた。
「それ、明日も教えてくれる?」
「ああ。お前の舌は信用できそうだ」
そのやり取りを横目で見ていたのは、店主バルドとその弟子の少年。
彼らもすでに酔いが回っていたが、川跳ねの香草焼きの味に関しては真顔だった。
「師匠。あれ、またやってください。今度はオーブンも使ってみましょうよ」
「俺、骨の抜き方、今日初めて知りました」
「……師匠、ねぇ」
健二はそう呟き、杯を口に運ぶ。
いつの間にか、あの奇妙で不快な女神との邂逅や、森での飢えと寒さは、どこか遠い出来事のように感じられた。
目の前には、熱気のある焚き火と、賑やかな村の人々。そして――自分の作った料理を食って笑う者たちがいる。
「……まあ、悪くねぇな」
そう独りごちて、健二はもう一杯、酒をあおった。
朝霧がまだ地面を這うように残る中、村の広場にはいつもの掛け声が響いていた。
「構え直せ! 肩が浮いてるぞ!」
「はいっ!」
剣を構えた少年がウィリアムに怒鳴られ、姿勢を正す。その隣では、健二が低く指導していた。
「ジャブはな、当てるんじゃない。"触って引く"んだよ。大振りはバレる」
「は、はいっ! ……痛っ!」
「その痛み、忘れんなよ。次に効かせるのはお前の番だ」
彼の前で小柄な影が軽やかに足を動かしていた。リーファだった。彼女は剣も格闘も人並み以上の吸収力を見せ、村の誰よりも成長が早かった。
「ふむ、これが“スプロール”……うぅ、やっぱり背筋が死ぬ……」
「寝技は根性いるんだよ。がんばれ、リーファ」
「ぐぬぬ……がんばる!」
広場の片隅では、子供たちが丸太を打ち、老人たちは湯気の立つ粥を啜っていた。平穏な村の一コマ。
その日の鍛錬を終えた後、ウィリアムが剣を収めながらぽつりと呟いた。
「……あんたの教え方は分かりやすい。俺も見習わねばな」
「お前の剣も、実戦を知ってる。それが一番、ありがたいよ」
ふたりは軽く拳を合わせると、鍛錬の終わりを告げた。
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日が暮れると、健二とリーファはバルドの店へ。厨房ではすでに下拵えが進んでおり、バルドは皿の盛り付けに没頭していた。
「リーファ、皿の縁、ちゃんと拭けよ。そこにソースが垂れてると味が落ちんだ」
「はいっ!」
「おっさん、今日の前菜は何だい?」
「昨日の残りの川跳ねをカルパッチョにした。香草は控えめにしてみた」
厨房の熱気と調理音、ホールでは木製の椅子が軋み、酒が注がれる音がする。
だがその晩、いつもとは違う異音が店の外から聞こえてきた。
「カツン……カツン……」
蹄の音。しかも鉄で打った舗石に響くような、重厚な音。バルドの顔がぴくりと動いた。
「……馬車か?」
ドアが開かれると、冷たい夜風とともに、外に大きな黒塗りの馬車が停まっているのが見えた。
金の縁取りに家紋、四頭立ての馬――それは明らかに貴族階級の所有する乗り物だった。
「こりゃまた、えらい上物が来たな……」
馬車から降り立ったのは、毛皮のマントをまとった男と、その背後に続く数人の従者。
男は鼻につく香水の香りを残しながら、店内を見渡す。
「ふむ、田舎にしては悪くない香りだ。今日は泊まれる部屋があると聞いたが……?」
バルドが出て応対する間、厨房の裏口から覗いた健二とリーファは、顔を見合わせる。
「おじさん、あの人たち……なんだか変」
「だな。あの気配、ゴブリンの時より嫌な感じがする」
健二の直感は鋭かった。
そして、この夜の来訪者が、やがてこの村を再び戦火に巻き込むきっかけになる――その時、彼はまだ気づいていなかった。




