9話 食べ物は大事にしたいです
「はい!? どうしたのですか?」
「束縛するつもりはない。ただ、遠慮しているのではないかと思ったのだよ」
「遠慮と言いますと……?」
ハイド様が帰られてから、遠慮はものすごくしている。
使用人ごっこの自粛、料理のメニューが無駄に多くなって残してしまう罪悪感、着慣れないドレスを身につけ、おしとやかを演じる私。
どの遠慮のことを詮索されているのか恐がりながらも確認した。
「私が公爵家に帰って驚いたよ。買い物をしていないではないか」
「はい? 買い物とは……?」
「レイチェルの欲しい物や必要なものだ。あまりにも遠慮しすぎている」
「いえいえいえいえ! そんなことはございませ――」
「それに、私が不在の間にかかっている経費もだいぶ減っている。特に食費だ」
私はハッとした。
ハイド様は国を救った功績もあるし、無限とも言って良いほどお金を持っている。
だから、まさか経理を確認していただなんて失礼ながら考えもしなかった。
これはもう誤魔化すことはできないだろう……。
「申し訳ございません。食費に関しては量を減らすよう使用人達に命じたからです」
「遠慮する必要はないのだが。それともなにか不満だったのか?」
「はい。今日もそうですが、食べきれないほどの量を作らせる必要はないかと愚考しております。お父様の領地管理の手伝いや現場視察をよくしていました。その際、領民が一生懸命育てた作物などを見ています。食べ物を残してしまうのはもったいないと、私は思っています」
ハイド様は黙って私の話をじっと聞いてくれている。
「しかし、立場上完食してしまえば満足できない量しか用意しないのかなどと外部に思われてしまうのも学びました。黙っていて申し訳ございません。ハイド様の顔に泥を塗るようなことをしていました」
私は顔を落とし黙った。
食事に関して言いたいことは全て話した。しかし、これはいわば公爵家に対する批判、名誉を傷つけることになる。お飾りとは言っても公爵夫人として失格かもしれない。
覚悟はある。
ところが、ハイド様は席から立ち上がり、わざわざ私の目の前に近寄ってきた。
ハイド様の手が私の肩に乗せられる。
「すまなかった」
「え?」
「自由にして構わないと言っていたのに、自由にさせてあげられていなかったようだ」
完全に見抜かれている。ワガママは言いたくないし、すでにとんでもない待遇を受けているから全然構わないと思っていたのだが。
「レイチェルはこう思っているのではないか? お飾りでも公爵夫人としての振る舞いを意識せねば。公爵家に泥を塗るようなことはできない……と」
「それは当然のことかと」
「そんなこと、気にする必要はない。そもそも私はすでに数多くの者達を傷つけてしまっている。今更だ」
「と、言いますと……?」
ハイド様は質問したことには触れず、ただただ私のことばかりを気にかけてくれていた。
「今最も大事なことは、レイチェルが自由に生活してもらうことだ。そうでなければこの結婚の釣り合いが取れないではないか。それに……、レイチェルの考えも良くわかった」
ハイド様、女性が苦手だったのでは!?
と思ってしまうほど、距離がとてつもなく近い。
私も異性は苦手な方ではあるのだが、不思議と嫌な気持ちは全くなかった。
「執事長に伝えてくれ。以後私とレイチェルの料理は食べ切れるかほんの少し残る程度の量にするようにと」
黙って見ていた使用人も驚いていたようで、遅れて返事をしたあとすぐに報告へ向かった。
使用人が離席したことにより、私とハイド様の二人きりになってしまった。
すると、ハイド様はなぜかさっきよりもさらに近づいてくる。
「レイチェルは人の心を尊重する優しい人なのだな」
「は、はひ!?」
耳元で囁かれ、そのままハイド様はくすりと微笑む。
自分の席へ戻り、もくもくと食事を再開するのだった。
私はしばらくの間、心臓の鼓動が早くなっていて食事どころではなかったのである。
「やはり今日は買い物へ行こうか」
「いえ、そんなことはしなくとも」
「すまないが、少し付き合って欲しいのだよ」
お飾り結婚のルール、なにか変わっていませんか?
断るのは失礼だし、嫌という感覚はないため、ここは行く方向で頷いた。
ハイド様、いったいどうしてしまったのだろう。