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6話 旦那様の帰宅

「おはようございます奥様。今日はとても良い天気ですので洗濯日和ですわ」

「おはようエネ。朝ごはん食べたら、みんなで洗濯するわよー!」


 しばらく雨が続いていた。

 公爵家には私含め十六人が住んでいる。

 洗濯は山積みだ。


 諦めずに掃除や料理なども参加したいことを訴え続けた結果、ようやく念願だったなんちゃって使用人となれたのである。

 元気よくベッドから起きて背筋をぐいっと伸ばす。

 窓際を眺めると、本当に久しぶりの良い天気だ。良いことがありそう。

 エネに手伝ってもらい、普段の動き回りやすい使用人衣装に着替えた。


「公爵家生活も、もう一ヶ月かぁ」

「ふふ……奥様が来られてから毎日が早くなっているような気がしますわ」


 すっかりと馴染んで、公爵家のみんなとも仲良くなった。

 念願だった掃除も洗濯も料理も参加させてもらえるし、食事の時はみんなで一緒にいただきますをする。


 毎日が楽しい公爵家ライフ。

 しかし、うっかりとしていた。

 それに気がついたのは外でみんなと一緒に洗濯物を干していたときのことだ。


「奥様! 大至急ドレスにお着替えを!」


 執事長のサイヴァスが慌てて駆け寄ってきた。


「どうしたのです?」

「主人様が帰宅されました!」

「あぁぁああああっ! そうだった!」


 毎日楽しみすぎていて、ハイド様の存在をすっかり忘れていた……。

 ただ、サイヴァスはおおよその帰宅日程を予想はしていたらしいが、想定よりも早すぎだったそう。

 全員が大慌て状態だ。

 だが、せっかく晴れたのに洗濯物を放置というのももったいない。


「エネは私の着替えを、サイヴァスはハイド様をおもてなして時間稼ぎを! 三人は料理の追加を! 残ったみんなは洗濯物の続きをしましょう!」


 食事も私が食べ切れる量しか用意していないし、なんなら昨日少し余った食材を使ってメニューを考えていたくらいだ。

 とにかく急がなくては。

 せっかく楽しい毎日を送っていられたのに……逆戻りかと思ってしまう。


 大急ぎで部屋に戻り、慣れないドレスに着替えて簡単にメイクもしてもらう。

 まだその最中だというのに、コンコンっとノック音が聞こえた。


「奥様。主人様がお帰りになられました」

「すぐ向かいます」


 サイヴァスの声だ。演技もうまい。

 ギリギリで最低限の着こなしとメイクは完了したはずなため、ドアを開けた。

 するとそこにはサイヴァスだけではなく……。


「ただいまレイチェル」

「お、おかえりなさいませハイド様!」


 最後にお会いした時よりも、なんとなくだがハイド様の雰囲気が変わっていた。


「ここでの生活は慣れたかい?」

「は、はい! それはもう……」


 毎日みんなと掃除したり料理したりして楽しんでいますなどとはとても言えなかった。

 横にいるサイヴァスが珍しくよそよそしい雰囲気だ。


「そうか。それならば良かった。引き続き好きにしてくれて構わない」

「は、はい」

「では失礼するよ」


 どことなくハイド様の口調が柔らかくなっているような気がする。

 優しさが滲み出ているような雰囲気もあるのだが、やはりお飾りだ。


 本来の夫婦であれば、久々の再開で現状報告だけで終わりになるはずがない。

 ハイド様が帰られてからも会話はそれっきりだし関わることもない。

 だが、そんなことよりもどうしたら良いんだこの生活……!


「量が多すぎる……」


 ハイド様とは時間差で食事となり、私が先に食べている。

 だが、バレると厄介なことになるため、大食いチャレンジするかのようなメニューに戻ってしまった。


「お二方の残飯を全員のまかないの一部にしますので、ご安心ください」

「申し訳ありません。残り物を食べさせるだなんて……」

「いえ、奥様がどれだけ食材を大事にされているかは理解していますので」


 サイヴァスが優しすぎる。

 申し訳ないとは思うものの、無理はしないようにしよう。

 仮にも毎食全部食べたとしたら、私は確実に……おでぶまっしぐら。ぶくぶく奥様と呼ばれないようにしなければだ。


 ゆっくりと料理を堪能していたら、またしても予想外の出来事が。

 ハイド様が入ってきたのである。

 念のためにセレブメニューを用意してもらっておいて良かった。


「どうなされたのですか?」

「せっかくだから、一緒に食べようかと」

「へ!?」


 ハイド様に対して恋愛感情がないとしても、食事は誰かと一緒に食べることが習慣だった。

 この申し出はとても嬉しい。


「座っても良いか?」

「もちろんですよ」


 サイヴァスがすぐに部屋を退室した。

 ハイド様用の料理を並べるよう指示に向かったのだと思う。

 むしろ料理はテーブルに山積みなんですが……。


「気にしなくとも良い。食べるのを止める必要はないよ」

「いえ。せっかくですからご一緒に食べましょう!」

「……そうか?」


 あ、これは私が恋愛感情に芽生えたとでも思っているのかもしれない。

 ハイド様はとにかくそういった感情を向けられるのが大嫌いなはず。

 念のために、誤解を招かぬようにしなくては。


「ヴィニア家で過ごしていた頃は家族揃って毎日食べるのが習慣だったので……」

「そうか。食事に関しては一緒にいただく方が良いかい?」

「よろしいのですか?」

「あぁ、構わないよ。時間もなるべく合わせられるよう調整する」

「ありがとうございます!」


 エネたちと食事を楽しめなくなるのは悲しい。しかしハイド様は大変お忙しい方で外に出られることが多い。その隙に一緒に食べることができるだろう。多忙なハイド様が食事のためだけに時間を調整しようとしてくれることも、とても嬉しかった。


「もちろんだが、他意はない。家族と食事をしたいというレイチェルの気持ちを踏まえただけのことだ」

「ありがとうございます。むしろありがたいです」


 互いに一切の恋愛感情が芽生えないため、むしろ安心だ。

 お飾り結婚の中に『ハイド様と食事だけは一緒に楽しむ』という項目が加わった。

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