20話 Side 結婚
夜会が終わってから三ヶ月。
奇跡的にガルムが金貨を奪ったことがバレていない。
そもそも金庫の非常用金貨は滅多に確認されることがなく、使う時がくるまでは手をつけないのが鉄則だったからである。
ガルムももうバレることはないだろうと安堵に平穏な暮らしをしていたある日のこと。
ジェシーがガルムを緊急で呼び出した。
ガルムにとってジェシーはただの遊び相手にすぎない。だが、もう一度くらいならひと晩過ごしても良いと思うガルムにとっては好都合だった。
前回購入した最高級の服を着こなしジェシーと会う。
待ち合わせ場所は、平民が利用するような紅茶店である。
安さが売りで、貴族や金持ちが利用することはほとんどない。
店内ではガルムの服装がより目立っている。
「ジェシーがこのような店を選ぶとは……。どうしてこんな賑やかな店なんだ?」
「……バレるわけにはいかないからですわ」
「どうしたのだ?」
明らかにジェシーの様子がおかしい。
どうせ捨てる女だからと体調などの心配はしていないものの、今夜のために心配しているフリをした。
「おそらく……できちゃいましたの」
「なにが?」
「ガルム様との……」
「なっ!?」
賑やかな店内で、さらに大きな声をあげるガルム。
服装も相まって、店内が一気に静かになり二人に視線が集中した。
「しずかにしてください……ひとまず、ガルム様と早急に籍を入れなければです」
「な……な……な………………」
ジェシーは計画は狂ったものの、ガルムとの結婚で玉の輿にのれるという目的は果たせたため落ち着いている。
しかし、ガルムはそうではなかった。
「本当に……? 間違いないのか?」
「これだけ待っても来るものが来ないので、間違いありませんわ」
ガルムは過去に何度か経験がある。平民相手であればごまかして捨ててきた。
だが貴族相手は初めてのことで、こちらは繋がりが多いため誤魔化しようができない。
「なんということだ……。法的にもこれでは強制的に即入籍ということになるのか」
「そうですわよ。貴族同士での不貞行為では責任がありますから」
明らかに顔を落としているガルムの反応だ。
ジェシーは自分自身のことに対して好かれていないことに気がついた。
しかし、ジェシーとしては愛がない方がむしろ好都合で、引くこともなかった。
大金さえあればそれで良いのだから。
「安心してください。籍だけ入れてお飾り妻として過ごすだけでも構いませんから」
「いや、そういうことではなくて……」
「どのみち、この責任をガルム様はとっていただく義務がありますわよ。こればかりは義務をおこたれば法的にどうなるか知っていますわよね?」
「処刑……か」
貴族関係同士での子は責任を持って育てる義務がある。
こうなってはレイチェルを本気で諦めるしか残された道はない。
こればかりはそうせざるを得ないと諦めモードになるガルムだったが、もうひとつ問題が残っている。
「わかった……このあとすぐにでも籍を入れ、即両家の両親に報告する……か」
「はい。よろしくお願いしますね」
ジェシーは、これからは気兼ねなく豪遊できるのだと楽しみだった。
(すでに金貨も全て使い果たし使える金がない。どこから調達するべきか……)
レイチェルを失っただけでなく、金貨も全て失い、さらには今もなお父親にバレないようにするための恐怖も同時に味わうことになっているガルム。
さらに、急遽籍を入れることになってしまったため、バケット子爵及びベック男爵からのとんでもない叱責を受けるのだった。
ジェシーは翌日荷物をまとめ、バケット子爵家に初めてお邪魔した。
当然ながら、思っていたほど豪華な家でないと気がつき、違和感からの新婚生活が始まったのである。
さらに、事件はそれだけでは終わらなかった。
♢
「な、ない! 金貨がどこにも……ないっ!!!!」
慌てふためき大声をあげるバケット子爵。
ガルムは大慌てで自室へと避難した。
(父上にバレてしまったかもしれない。まだレイチェルとの復縁ができていないし、これはまずい……)
「ジェシーよ、もしも父上がこの部屋に入ってきたら、俺は外へ出かけていると伝えてくれ」
「どうしてですの?」
「それはいいから……とにかく頼む」
そう言って、ガルムは衣装クローゼットに隠れた。
その直後、バケット子爵がノックもせずにガルムの部屋を訪ねた。
「おおジェシーさんよ、驚かせてすまない。ガルムはおらぬのか?」
「先ほどまでいましたが、外へ出かけられましたわよ」
「そうか……なんということだ。こんな一大事に」
「どうかされましたの?」
ジェシーが疑問になるのは当然のこと。
聞き耳をたてていたガルムは、余計なことを聞かないでほしいと必死だった。
「私が管理しておる領地の予備金貨がなくなっておるのだよ……」
「大変ですわね。盗まれたということですか?」
「間違いない。おのれ……門番もいるし家内に不審人物が入ることなど絶対にないはずだったのに……」
非常に優れた才能を持っている門番を雇っている。
そのため、今までどろぼうどころか不法侵入を狙う類すら一切なかった。
「とにかく緊急事態なんだ。金貨が見つからなければ我が家は完全に破滅だ」
「え!? どういうことですの?」
嫁いだばかりで破滅と聞かれて動揺するジェシー。
「領地において発展のため投資をした。その支払いは後日ということで、予備の金貨を使う予定だったのだよ。むろん、利益を見込んだ投資のため数年で予備の金貨は元に戻せるはずだった」
「え……と、予備の金貨はともかくとしまして、ひとまず予備以外のところから支払えば良いのでは?」
「そんな金、この家にはない」
「え!?」
ジェシーが大声で驚く。
あまりにも動揺しているため、バケット子爵もジェシーのことも心配になった。
「心配かけてしまいすまないな。だが、犯人を一刻も早く見つけなければ、この責任は重すぎる」
「あの……ひとつお尋ねしたいことが……」
ジェシーは、ガルムに聞こえないように小声でバケット子爵に訪ねた。
「最高級のタキシードを着たり、王族が着るような最高級の制服を買うようなお金は……」
「そんなものあるはずなかろう。我が家は普段最低限の威厳を保つための程度の服装しか金はかけられんよ」
「そ、そんな……」
「ジェシーさんにも苦労をかけるだろう……。だが、あのガルムを愛してくれたことは心から感謝しているよ。だからこそ、迷惑はかけないよう、犯人を捕まえなければ」
ジェシーは、ガルムが盗んだものだと確信した。
だが、バレてしまえば妻になってしまった自分にも責任をかぶることになってしまう。
仕方なく真実を伝えないようにしたのだ。
バケット子爵は、ようやく部屋から出ていった。
ジェシーは真実を知り、魂が抜けたような放心状態だ。
「なんとか振り切ったか……」
「ガルム様……わたくしのことを騙していたのですか?」
「なんのことだ?」
「あれだけお金持ちアピールしていたではありませんか」
「別にアピールはしていなかったが」
ジェシーは、ガルムとのやり取りを思い返した。
考えてみれば、勝手にお金持ちなのだと思い込んでいたことに気が付くジェシー。
好きでもない相手に我慢してまで寄り添おうとしていたことに深く後悔していた。
「ぜ、全部ガルム様のせいですわ……。わたくしの人生をめちゃくちゃにして……」
「落ち着け。ひとまず、父上にバレないようにすることが先決だ。そうしないと……」
話さずとも、金貨を持ち出したのが誰なのかはジェシーにはわかることだった。
ガルムは共犯が欲しかったのもあり、積極的に話す。
「なんでわたくしまでガルム様の失態を被らなければならないのか……」
「それが夫婦というものだよ」
富豪な豪遊生活を望んでいたジェシーは一転した。
ひとまずバケット子爵にバレないようにすることを第一に考えなければと頭を抱えることになった。




