18話 Side ガルムとジェシー
レイチェルとハイドが相思相愛になっているところを見てしまったジェシーは、気が動転していた。
ハイドを強引に奪おうとすれば処刑されることくらいは理解している。
だがそれでも諦めきれない。玉の輿による贅沢三昧だけは。
(ひとまず別の金持ちの男で我慢して、頃合いを見計ってハイド様に近づけば……)
そのためには社交ダンスの時間までにフリーの男を見つけだし、手玉にとることが最善策だと考えた。
ジェシーは大慌てで探そうとするものの、すでにパートナーが決まっている男が多い。
一方で、まるで王族が着こなすかのような高級なタキシードを身に纏ったガルムはひとりぼっち状態だった。
付き合いのある者が軽く挨拶してくる程度で、その場からすぐに退散するといった流れが続いていたのである。
「おかしい……これだけ気合いを入れたのに。これだけ金をかけているのに。レイチェルは無視してくるしそれ以外の女も寄ってこない……」
それもそのはずで、タキシードがあまりにも目立ちすぎているのだ。
本来最高級で仕上げられたタキシードやドレスは王族や最上位貴族が着るもの。
くい貴族令息という立場がこのようなものを着こなすというのは、この国ではむしろ失礼にあたる。
そのことをガルムは知らなかった。
ガルムがなぜだなぜだと疑問になっている最中、ジェシーがガルムのタキシードに注目した。
パッと見ただけで最高級品を身に纏っていることくらいはジェシーにも理解できる。
しかしそのような者がジェシーに対していきなり好意をよせるはずもないと思い込んでいた。
それでもダメ元でジェシーはガルムに近づいていく。の
「少々お時間よろしいでしょうか?」
「ん? ああ構わないが」
ガルムは強気な口調で堂々としている。内心ではようやく話しかけてくれたと喜んでいた。
「ベック男爵が娘、ジェシー=ベックと申しますわ。よろしければ一度、わたくしと一緒に踊っていただけませんか?」
ガルムは品定めをする目的でジェシーの身体をひととおり確認した。
レイチェルと比べると好みは劣るものの、それでも一人で過ごすよりはマシだった。
「バケット子爵の長男、ガルム=バケットだ。綺麗な赤髪だな……。俺と楽しい夜を過ごそうか」
「ありがとうございます」
ガルムは軽い気持ちでいたが、ジェシーは本気だった。
子爵令息となればハイドほどの権力は全くない。しかし、それでも手が届くはずがないような高額な衣装を纏っているということは、とてつもなく金銭には恵まれているはず。そうジェシーは考えていたのだ。
ジェシーは社交ダンスだけは玉の輿のために、ハイドと並んで踊れるようにするため必死になって鍛えていた。
その腕前も申し分なく、ガルムはすっかりジェシーの魅力にやられた。
「こんなに楽しく踊れる日は初めてかもしれない」
「そうですか? ガルム様も、その素晴らしいタキシードが活かされていますわよ(動きが下手すぎて、とてもわたくしには見合いませんわ……でも、こんな高級な服を着ているなんて、公爵よりも大金持ちに違いありませんし我慢です……)
「理解してくれるのはジェシーだけだよ」
ガルムも気持ちがほんの少し揺れたのである。
ガルムはレイチェルのことを諦めたわけではない。
真っ直ぐに口説かれている。こんなことはガルムにとっても初めてだった。
無理して高いタキシードを作ったかいがあったというものだ。
ガルムもジェシーをひとまず手中に収めておこうと動くようになる。
(俺のことを理解してくれる素晴らしい女だが……相手が男爵令嬢では結婚は釣り合わない。だが、この身体はとにかく魅力すぎだ。逃してたまるものか!)
「俺は……ジェシーのことをもっと知りたい」
「わたくしも、ガルム様と後日またお会いできたら嬉しいです(ひとまずこの男で玉の輿をしておきましょう。いずれ捨ててハイド様とくっつけば良いのですから)」
こうして二人はお互いの目的のために、また会う約束を交わしたのだ。
♢
夜会から数日後。
ガルムは残っている金貨全てを持ってジェシーとのデートに向かった。
もちろん、ガルムが持っている中で最高級の服を着用している。
「ごきげんようガルム様」
「待たせてしまったか?」
「いえ、構いませんわ。それよりも……」
ジェシーはガルムの着ている服装に違和感があった。
(夜会であれほど高級品を着ていたのに、今日は底辺貴族が着るようなダサい服ですわね……)
「ん? ああ、この服装だが、俺は夜会などに金をかけるようにしているんだよ」
「そうですか……(わたくしと会うのにはお金をかけない? なんて失礼な男なのでしょうか!?)
ガルムはジェシーが嫌な気分になっていることをすぐに察した。
(今夜楽しい時間を過ごすためだ。止むを得ない)
「すまないな。だが、気持ちが乗らないのであれば、今からすぐにでも服飾展へ行き、ジェシーの横を歩くのに見合う格好になろう」
「そういうことならば納得ですわあ!(さすがお金持ち。夜会に力を入れているだけで、その気になればいくらでもお金を使うことができるのでしょう)」
ジェシーは機嫌を戻し、ガルムの服を新調するため一緒に服飾店へ向かった。
「さすがにこれは……」
「ガルム様に大変お似合いですわよ。わたくしの横を歩くのにもこれくらいでないと」
「し、しかし……(王族が着るような格好だし、しかも俺が着ている服の十倍以上の金額か……)」
ガルムとしては、この先も高級思考の令嬢と良い関係になるためには必要経費だと割り切った。
「さっきまで着ていた服はもう着ることはないだろうから処分しておいてくれるか?」
「かしこまりました。お買い上げありがとうございました」
外に出てしばらく歩く二人。
平民らから幾度となく視線を浴びるガルム。
それがガルムにとってはとても嬉しかった。
「ふふふ、やはり身分の違いが目立っていますわね」
「ああ、今後は普段着も意識するとしよう」
しかし、貴族民からはむしろ目線を避けられていることに気がつかない二人。
貴族ならば、王族の顔を知っているのが当然である。
王族でもない者が、王族しか着ない服装を着ていることに対して、ものすごく痛々しい人なのだと思っているからだ。
服飾店の店主からしてみれば、滅多に売れない高級品が売り上げられればそれでよく、わざわざ指摘することもない。
「わたくしにもなにかプレゼントが欲しいですわ」
「そうだな。今日は朝まで共に時間を過ごしたい」
「(もう結婚する気でいるのですね。なら好都合ですし断るわけにもいきませんわ)わかりましたわ」
しかし、ジェシーが求めたプレゼントは大変高価なものばかりだった。
ここまで頑張ってしまった以上、あとには引けないガルム。
プレゼント代と宿代で、残された金貨は全て使い果たしてしまったのである。
その夜お互いの利益関係によって、深い関係になった。
それからというもの、ガルムは金貨がなくなったことを父親に気がつかれないように必死だ。
非常事態で使う日が来ないことを祈り、怯えて過ごすことになったのである。




