16話 夜会当日
「旦那様、奥様、会場へ到着しました」
「ん、ありがとう。気をつけて降りてくれ」
「ありがとうございます」
王宮夜会。
すでに多くの馬車が止められ、私たちは少し遅めの到着である。
公爵だから身分が下の貴族よりも先に到着してしまっては謝罪されてしまうため、あえて遅めの出発にしたそうだ。
ハイド様が先に降りてそっと手を差し伸べてくれた。
私の身体は大丈夫だが、問題は着飾っている最高級クラスのドレスだ。
絶対に汚してはならないし、汗ひとつ染み込ませたくない。
周りに気をつけながらそっと馬車を降りる。
地面にドレスが付着するかギリギリのところなため、私は片方の手でドレスをめくり上げる。
「気にしなくとも大丈夫だ。このドレスは今日限りで次回着ることはないのだから」
「え!?」
「一度着たものをもう一度着させるなどといったことはさせない。特に夜会などではね」
もったいない……。
せっかく作ってもらったドレスが一度しかお披露目できないなんて。
今着ているドレスを二着も作ってもらった。片方のドレスは、まさかの練習時に着用だったのである。
今日の夜会以降は着る機会はないだろうから自由にしていいなどと言われた。
せめてお茶会に誘われたときや、すっかりハマってしまった社交ダンスレッスンのときくらいは着たいと思っている。
王宮内に入り広間へ進むと、すでに国中の貴族が集まっていた。
しばらくは挨拶をされては応対の繰り返しだ。
思っていたとおり……。
「ご結婚されてしまわれたのですね」
「私との縁談を差し置いて……」
「うちの娘よりもこんな弱小令嬢などを選ぶとは……」
ハイド様を狙っていたであろう方々からはなにかしらと刺々しい言葉を残してこの場から去っていく。
ハイド様は慣れているような雰囲気だが、なにかと言われるたびに私に対して謝ってくる。
その都度、私は大丈夫ですとお伝えした。
お飾りではあるが、私もハイド=ラフィーネの正妻としてハイド様たちに恥をかかせないよう、しっかりと挨拶していった。
サイヴァスさんからこと細かく挨拶や礼儀作法を習っておいてよかった……。
「ぐぎぎぎぎぎ……ごきげんようハイド様。それからレイチェル……様」
ジェシーがいかにも悔しそうな表情をしていた。
先ほどまで挨拶をしてきた人たちとはまるで違う。容赦のない睨みと表情を主に私へ向けられる。
ハイド様が私の一歩前に進んだ。
まるで守ってくれているかのよう。
ハイド様の背中にしがみつくように隠れた。
「なんなんですの!? そうやって自慢するのです!?」
「ジェシー令嬢よ落ち着け。いい加減に誤解はしないでもらいたい」
「誤解などではありませんわ。ハイド様はわたくしのことをとても愛していたでしょう」
「あくまで教育していただけだと何度も言っただろう。それに私はレイチェルのことを愛している」
なんですって!?
そんなことを今まで言われたことがなかったし、この先も言われることなんてないと思っていた。
だって、お飾り結婚だから。
ジェシーを諦めさせるために言った嘘だということはわかっている。
だが、私の気持ちは複雑だった。
だって……。
「私もハイド様のことを愛しております」
ハイド様の腕をギュッと掴んだ。
ほんの少しハイド様の表情が驚いているように見えた。
最近わかったことだが、これは嘘偽りない真実。
お飾り妻をしているうちに、いつのまにかハイド様のことを好きになってしまったのである。
今まで恋愛や異性に全く興味などなかった私が……。
「ありもしない空想話でハイド様のことをこれ以上苦しめることは許しませんよ?」
「な……なんですって……わたくしが間違っているとでも?」
「失礼ながら調べてもらいました。今この場で説明してもいいのですか?」
「う……」
ジェシーがとても分が悪そうにしている。
しまった。ちょっと言い過ぎてしまったか。
「社交ダンスで恥を知るといいですわ。ハイド様のお相手なんてわたくしくらいしか務まらないのですから」
すでに涙目状態だが、悔しそうにしながらボソリと呟いて去っていった。
ふうっと深呼吸して再びハイド様の腕をギュッと握った。
「レイチェル……今言っていたことは本当か?」
「調べたことですか?」
「違う。私のことを……その……」
それを聞いて私の顔が真っ赤になってしまった。
や、ら、か、し、た!
ジェシーの態度に我慢の限界があったし、それのせいでハイド様に嘘をつかせてしまったことが悔しかったのだ。
「あ……あの……お飾り結婚クビでしょうか……?」
「そうだな。この件はあとでゆっくりと話すとしよう」
「は……はい」
私が大きく落ち込むと、一瞬ではあるがハイド様はみんながいるこの場でギュッと抱きしめてきた。
「お飾りは終わりにして本当の夫婦として前向きに話をしたいという意味だ」
「へ……?」
「先ほどの発言だが、嘘ではない」
そう耳元で優しくささやかれ、不安や恐怖といった要素は一瞬で取り除かれた。
「社交ダンスで証明して見せよう」
覚悟を決めたかのような、普段より低く重みのある声だった。




