13話 社交ダンス
困った時は執事長のサイヴァスさんに頼っている。
特に今回の件は、ハイド様と長く付き合いがある彼に相談するのが一番だと思った。
もちろん、ハイド様には極秘で動いている。
「この件には私たちも頭を抱えておりましてね……」
「そんなに厄介な方々なのですね」
「いえ、ジェシー令嬢らに関してはさほど問題視しておりませんでした。問題なのが主人様です」
付け加えて、ハイド様が悪いわけではないと言っている。
ハイド様の人柄の良さが原因で、この問題を難しくしているからこそ困っているのだそうだ。
「と……言いますと?」
「主人様は周囲の者に被害が及ぶと判断されると、時折過剰な判断をする傾向がございます」
「そういうことですか……」
処刑するようなことを言っていたっけ。
ふと、ハイド様との会話を思い出していた。
「特に大事な人になればなるほど、守ろうとする気持ちが強くなってしまうのでしょう」
「え?」
お飾り妻の私のことを大事に? いやいや、処刑の話は今までの勘違いが多くて怒りが限界になったからの発言なのだろう。
私はなにを自意識過剰になってしまったんだろう。
「主人様のお怒りを抑えられるよう、私達雇われ人は報告をしないようにしておりました。まさか奥様に接触するとは想定外でしたが……」
「なにか、ジェシーさんらが諦めてもらえるような方法はありませんかね……?」
「もちろんございますが……」
「えっ!?」
あっさりと言われてしまい、意外だった。
あるならば教えてほしい。
「どうして言い淀んでいるのです?」
「奥様の契約婚のルールに反するものになってしまうのです。それに、私どもの計画では一年ほどすれば自然と解決に導けると確信しておりますゆえ」
ハイド様に一年も待たせてしまうのが申し訳ない。早い解決方法があるのならば、そちらを選びたい。
「私なら構いませんよ。このまま処刑へ導くようなことをされてしまうよりはマシです」
「ならば……奥様が旦那様とご一緒に夜会へ出られるのが一番かと」
「夜会……」
私が避けてきていたイベントである。さすがに顔には出さないよう、必死に隠すがあっさりとバレた。
「無理することはございません」
「いえ、夜会に出席することで問題解決に繋がるなら構いません」
サイヴァスが頭を下げてお礼を言ってきた。
むしろお礼を言いたいのは私の方である。
散々高待遇をされてきた。
ようやくハイド様のお役にたてるかもしれない。
そう思うと、どんなに苦手なことだってやりとげてみせる!
「旦那様の横をキープして公爵夫人としての威厳も大事かと。現状、旦那様が本当に結婚されているのか信憑性に欠けているのも歪めないかと」
「なるほど……。確かにハイド様と二人で表にたったことはなかったですものね」
「一番わかりやすいのは、二人の息がピッタリの実演をするのがよろしいかと」
「と……いうことは社交ダンスを?」
「左様でございます」
今まで貴族としての嗜みを疎かにし過ぎていたツテが回ってきたかのようだ。
将来的に結婚することはないだろうと思っていた。
夜会への参加なんてまずないだろうと思っていた。
領民第一主義で家事掃除料理ばかりに特化しすぎていた。
中でも社交ダンスは、特に下手なのである。
だが、ハイド様が困らないようにするためにも、この難題に立ち向かわなければならない。
ハイド様が平和になれば、のちに私も平穏な暮らしが継続できるかもしれないし。
「公爵家の中に、社交ダンスの練習相手になってくれそうな方はいますか?」
「奥様がよろしければ、私がコーチを承りましょう。ダンス相手はエネが最適です。エネは実力センス共に優秀ですから」
良かった。是非ともお願いしよう。
ハイド様には内密にしつつ、秘密の社交ダンス訓練が始まった。
♢
ひとまず現状がどれほどなのかとチェックしてもらうため、覚えている範囲で踊りを披露した。
二人とも放心状態だ。
「奥様にも弱点があったのですね。ははは……」
「人は必ず成長します……。執事長として責任を持って、この古今未曾有な難題と戦う覚悟でございます」
難しい言葉を使って誤魔化さなくても……。
どうやら、私のダンスは想定以上に酷いようだ。
「まずはリズム感を養いましょう。そしてエネの動きを真似し、動作の滑らかさも鍛えなくてはなりません。そしてその上で――」
サイヴァスさんによる養成プログラムの説明が長々と続く。
ひとまず軽く踊っただけで息が上がるようではダメだということで、今日はひたすらにエネと一緒に踊って踊って踊りまくった。
「はあ……はあ……も、もう……動か……」
「さすが奥様ですわ。初日でここまで身体を動かせたのは素晴らしいです」
そう言っているエネはまだまだ元気そのものだ。
普段から身体を動かすようにしなければ……。
「なるほど……。奥様の動きなどは把握できました。少々酷ではございますが、しばらく掃除などへの参加はご遠慮いただきたく」
「もしや、四六時中特訓ですか!?」
普段運動などやらなかったため、ダンス特訓を少ししただけでヘトヘトだ。一日中となると、か……身体が保たない。
想定以上に大変だけど、やれと言われればなんとかやってみせる。
ここは根性を……!
「ご安心を。姿勢を更に正すための訓練をしていただきます。そのためには、前傾姿勢が多くなる作業を控えていただきたいのです。慣れれば再開していただいても構いませんので」
さすがにアスリートのような修行はしなくて良いそう。
とはいえ、こんなに親身になって教えてくれているのだから……。
「なるべく早く慣れるように頑張ります!」
「奥様は覚えが早いです。失礼ながら、最初に見せたお遊戯とはすでに別人ですわ」
「もう夜会で踊っても通用――」
「あ、それは全くです」
「ですよねー」
「でも、飲み込みが大変お早いので、楽しみですわ」
普段使わない部分を動かしすぎたからか、身体が悲鳴をあげている。明日正常に動かせるかどうか心配になるほどだ。
だが、ハイド様が嫌な思いをしないためにも、頑張らなくては。
なによりも、社交ダンス……思っていたより楽しい!
これを機会に、新たな楽しみが増えそうな気がしていた。
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