11話 危険な令嬢
ジェシーと名乗った方は貴族令嬢らしい。
とは言っても私はお会いしたことがない。
攻撃的かつ高圧的な雰囲気。ああ、ついにこの時がきたかと思った。
ハイド様は縁談の話が山ほどあったそうだし、嫌味を言われる日がくることもあるのではないかと。
「お初にお目にかかります。レイチェル=ラフィーネと申します」
迷惑をかけたくないため、ヴィニア伯爵の娘ということは伏せておこう。
そして、このタイミングでラフィーネと名乗ることができた。
いっぽうで、ジェシーは驚きつつも不気味な笑みを浮かべていた。
「ああ、あなたが噂の結婚相手なのですね。どろぼうさんですがおかわいそうに〜」
「ど、どろぼう?」
「そうですわ。わたくし、ハイド様の恋人ですもの」
「はい!?」
「ジェシーお嬢様、どうかお気持ちをお静めください」
「ただの使用人は黙っていなさい!」
ジェシーの瞳がとても冷たい感じで、なにをするかわからないような雰囲気だ。
こうして対面しているだけでも、殺されるのではないかと思ってしまうほど恐い。
「わたくしはハイド様への気持ちは変わりませんし、愛していますわよ。どうかそのことをお忘れなく……」
「申し訳ございません! このままではジェシーお嬢様の立場も悪くなるだけですよ!」
使用人の男性がとても必死だ。
私はこの男性に救われているような気がしてしまう。
もしも彼がいなかったら、ジェシーになにをされていたかわかったもんじゃないからだ。
「なにを言っているのです? ハイド様から善意を向けられ、あれだけ愛されていたのですよ。それなのに、ハイド様の側近がわたくしを遠ざけようといじわるをしてきたのです! ひどい話ですわ」
ジェシーの怒声が止まらない。
だが、ジェシーがハイド様のことが好きだったとは思えなくなった。
「ハイド様の容姿は世界で一番美しい。紛争事件があった時、ハイド様は隣国へ自ら出向き、巧みな交渉で止めることに成功したのですよ。これほど名誉あるお方のそばにいられるだけで誰もが羨む存在になれると思っていましたのに」
「ハイド様の魅力というよりも、お金や権力のような気が……」
「当たり前ですわ。美しいハイド様もいつかは老いてしまいます。そのあと大事なことはいかに裕福でいられるか、ですわ!」
「失礼します。このお詫びは必ず!」
「いえ、私は大丈夫です……」
男性がかなり強引にジェシーを引っ張って退散していく。
「あなた、絶対に許しませんわよ! 報復される前にとっとと離婚しなさい!」
距離が離れているのに恐かった。
領地での交渉や抗議などでも、たまにこういった殺気のようなものを向けられることはあった。だが、今までとは比べものにならないものだ。
私はその場でしばらく動けない状態が続いてしまう。
同時に、ハイド様が異性に対しての態度が変わったのは、ジェシーが絡んでいるからではないかと思った。
♢
ようやくハイド様が店から出てきた。
店内で買ったと思われる物を両手に大事そうに抱えている。
「すまない、待たせてしまったな?」
「おかえりなさいませ」
馬車で待っていると言ったにも関わらず、店の近くで待機していたことに疑問を持たせてしまったようだ。
「なにかあったのか?」
「あ……ええと……その……」
「あったんだな! すまない。一人にするべきではなかった……」
なにがあったのかと聞かれ、一歩も引く気はないぞという勢いだったため、正直に話した。
ハイド様の顔色が真っ青になる。
ハイド様は周りを警戒し、荷物を抱えながらも私の手をギュッと握ってきた。
「至急馬車へ。いったん公爵家に帰ろう」
ハイド様の手に汗が滲んでいる。
馬車に戻り、動き出すとようやく汗もひいたようで落ち着いてきたようだ。
何度か手を離そうとしてきたが、心配なため握ったままにしている。
「ジェシー令嬢は、なんと言っていた……?」
「恋人だと……ハイド様のことを今も愛していると」
「そうか……」
普段よりもハイド様の言葉数が少ない。
どう考えてもハイド様がなにか酷い目にあったとしか思えないし、問い詰めるつもりなんてない。
ゆっくりと話してくれるのを待っていた。
愛が重そうな敵っぽい雰囲気のキャラを更に出してしまい、申し訳ございません。
次回、ハイド様の過去が判明します。
そして次回の更新はちょっと日が空きまして、土曜日になります。