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10話 買い物

 公爵夫人としてハイド様の隣を歩かなければならないため、清楚な格好に着替えた。


 ドレスはともかくとして、ヒールが履き慣れていないため、なかなか歩き辛い。

 こんなことならば、もっと積極的にヒールを履いて慣れておくべきだった。


 なんとか馬車に辿り着くも、このまま乗り込むのもまたひと苦労。


「手を掴むと良い」

「は、はい。では」


 先に乗ったハイド様が私の手を引っ張ってくれた。

 ありがたい。


 さすが公爵家のハイド様が愛用されている馬車。

 室内も広く、大人が四人は並んで座れそうだ。

 私はハイド様の座っている位置から一人分距離を開けてのびのびと着席した。


「ふむ……用意する馬車を間違えたかもしれん」

「え? どうしてです?」

「いや、なんでもない」


 馬車はゆっくりと動きだす。

 椅子もふっかふか、乗り心地最高。

 今のうちに、若干ひりひりしているかかとをそっとケアしておいた。


 行き先は教えてくれなかったが、どこへ連れていかれるのだろう。


 ♢


「さあ着いた」

「ここは……」


 王都で一番セレブが通うと言われている高級路線の宝飾店だ。

 節約志向なヴィニア家には全くご縁のなかった店である。


「さあ、入ろうか」

「は、はい」


 ハイド様の思惑が理解できた。

 結婚したことは世間に広まってきているから、ハイド様が一人で買い物というわけにはいかないのだろう。

 お飾り結婚のお約束条項とは若干違う気もするが、これくらいならお安い御用。


「これはこれはラフィーネ公爵のおぼっちゃま。おっと、もうこの言い方では失礼ですね」

「構わないよ。いつもどおりにしてほしい」


 店の人とハイド様は、とても仲が良さそうな雰囲気だ。

 そうか、顔なじみの店だから私を紹介しようと……あれ、そうだとしたらお飾り結婚の意味が……。


「そちらのお方は?」

「私の妻、レイチェル=ラフィーネだよ」

「「おお……」」

「ん?」

「あ、いえ、なんでもありません」


 私まで感激してしまい、店の人と声が被ってしまった。

 今までお飾り妻だったし、自分の名前を紹介する日がなかった。

 だから結婚前の旧姓レイチェル=ヴィニアだと思い込んでいた。

 ところどころで気が抜けてしまっている私。

 お飾り妻だと、レイチェル=ラフィーネと自ら名乗る日は来るのだろうか。楽しみにしておこう。


「改めておめでとうございます。失礼ながら、おぼっちゃまがようやく克服したようで、私も嬉しく思います」

「いや、それはまだなんだ」

「そうでしたか。ところで、本日はどのように?」

「彼女に似合うものを新調してほしい」

「へ?」


 なにを言っているんだハイド様は!

 私は全くもって求めていないぞ。

 しかも、店内どこを見ても値段が記載されていない上に、明らかに高そうなものがゾロゾロと……。


「レイチェルは遠慮深いからな。遠慮することはない」

「いえいえ、そうではなく……」


 ここで遠慮して買い物をやめましょうと言えるわけがない。お店の人に失礼になってしまうのだから。

 せめて、一番安そうな物を選ぶように心がけなければ……。

 ああ、何年間働けば返せるのだろうか。


「こちらなどいかがでしょうか。エメラルド色の瞳に合わせ、エメラルドを取り付けたネックレスです」

「ではこれにしよう」


 よりにもよって高そうな物を提案しないでくれー……と思っても、相手も商売だからそうなるか。

 さあ、ささっと済ませてもう帰りましょうと思っていたのだが。


「それからこちらのドレスはいかがでしょう?」

「いえいえ! ドレスはすでに余るほど用意されていますし……」


 店主の前なのに、つい言葉に出てしまった。

 しかし、ハイド様は全く聞き入れようとせず、店主が提案しているいかにも高そうなドレスに目を向ける。


「あの……ハイド様?」

「レイチェルに似合いそうだ。全部買おう」


 お構いなしで、どんどん購入してしまうハイド様。


「これも仕事のひとつなんだ。レイチェルも個人的に気に入ったものがあれば選んでくれて良い」

「いえ……すでにたくさん買ってくださってますから……」


 もはや躊躇せずに遠慮アピールを全快にしなければ大変なことになりそう。

 しかし、すでにお買い上げ金額を聞いてゾッとした。


「予定よりも安くなってしまったな……。その分チップを多めにしておくか」

「いつもありがとうございます。おかげさまで王都の発展に貢献できます」

「え?」

「先に言っておくべきだったか。店主とは協力関係にあってな。ここで売り上げを出しておけばその売り上げの一部が、恵まれていない民衆に対し食料などを提供することになっている。私が直接民衆に金を寄付することは今はできないのでね」


 ここでもハイド様が国を救おうとしていることにビックリした。

 事情は良くわからないけれど、ここでたくさん買い物をするのは国のためということだけは理解した。

 だったらハイド様自身の欲しいものを買ってくれれば良いのに。


「おぼっちゃまはこれまでもずっと、常に国のことを考え行動されているのですよ。それによる弊害も大きかったのに……」

「そこは触れなくとも良いのだよ」

「失礼しました。あまりにも理不尽ゆえについ愚痴になってしまいます」

「レイチェルが気にすることではない」

「そうですか……」


 意外と秘密主義が多いハイド様。お飾り結婚だし私も深くは追求しないようにしている。


「ただ……今回の買い物は私利私欲に走ったな」

「はい?」

「レイチェルに似合いそうな物を選んでもらった。より綺麗な姿を見てみたいと思ったのでな」

「き、綺麗だなんて……」


 メイクや美意識に全く興味がない私。

 使用人たちからも何度かメイクをしようと言われていたが、その気になれない。


「帰ったら買ったドレスを着てみると良い」

「ありがとうございます……」


 なぜかハイド様は満足そうな表情だった。

 仮に貢献だったとしても、高級品を大量に購入してくださった。どうやって恩返しすれば良いんだろうかと戸惑っていた。


 ♢


 宝飾品の次はヒールを買ってもらい、香水やオシャレな食器類が売っている店にも連れていってもらうことに。

 食器類はとても興味があって、大変嬉しかった。

 今日買ったカップで使用人たちに紅茶を淹れてみよう。

 一緒にティータイムができたらどれだけ楽しいことか……などと妄想が膨らんでいる。


「レイチェルはこういったものが好きなのか」

「はいっ! ありがとうございます」

「良い表情だ……」


 どうしてハイド様はこんなに微笑んでいるのだろう。


「少しだけ待っててくれるか? もうひとつ欲しいものが増えた」

「馬車に戻っていますね」


 馬車までほんの少しの距離だし、ハイド様が店内に入っていくところを確認してから移動しようと思った。

 ところが……。


「ごきげんよう」

「え?」


 突然声をかけられた。

 私よりも同世代かほんの少し年上くらいの女性。

 その後ろには女性の護衛らしき男性が起立の姿勢でピシッと立っている。


「失礼ですが、どちら様でしょうか?」

「ふんっ! ベック男爵が娘、ジェシー=ベックよ。あなた、ハイド様とご一緒でしたけれど、彼のなんなのかしら?」


 仲良くしてくださいという雰囲気ではなさそうだ。

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