3 乾燥肌向けのクリーム買い出し
桃井は普段はどんなところで化粧品を買っているのか聞いてみると、ドラッグストアと言われた。
……まあ、ドラッグストアでもそこそこ良いメーカーのモノが揃えられていることもあるし、問題は無い。そこに問題は無いのだけれど……桃井はきちんと自分に合った買い物が出来ているのだろうか?
大学からそれほど離れていないというドラッグストア。誰もがちょっとした用事があれば足を運んでしまうような気軽な店になってきているドラッグストア。一応、ここにも、そこそこに良いメーカーの化粧品類が置かれていることもあるし、店自体に問題は無さそうだ。だが……。
「えーっと……保湿クリーム、でしたか……えーっと、これは違いますよね……こちらは?えーっと……乾燥って書かれているので、これが良いんでしょうか?」
「待て待て待て!えーっと……成分表示……桃井の目には見えにくいんだっけ?待って、そこは俺がちゃんと見てあげるから」
桃井が手にしていたモノと同じ商品を棚から手に取ってまじまじと含まれている成分表示を目にしていけば、『さっぱり』『スッキリ』といった文字が目に飛び込んできたから残念ながらコレは桃井の手にはオススメ出来ないだろう。
二人で、あれこれと化粧品コーナーを歩いていれば、ドラッグストアの店員らしき女性が『お困りですか?』と声を掛けてきた。ふと桃井も声のした方へ、俺も店員さんの方へと顔を向けていけば、桃井の目が不自由だってことはすぐには判断出来なかっただろうけれど、俺の顔を見た瞬間、店員さんの顔色が豹変したのが分かった。たぶん、そこら辺にいる女子よりも整った顔付き、そして丁寧に薄っすらとだが化粧もしているから綺麗な肌に見られたんだろう。
「最近発売された化粧品なんかもオススメですよ!そちらのお客さんはお肌もお綺麗ですし、ちょっと試してみませんか?」
これは、確実に俺に向かってオススメされているんだろうけれど、あいにく俺はワケの分からない化粧品をいくらお試しとはいっても使うつもりは無い。それで、また肌が荒れまくったら責任取れるのかよ?
「……お言葉は嬉しいんですが、俺たちは自分たちに合った化粧品を探しに来たんで、結構です」
俺が、自分で『俺』と口にしたことでようやく男だということを理解したんだろう。店員さんはぎょっとしながらも『お綺麗で羨ましいですね!』と近くから離れて行こうとしないものだから、いい加減うざったく感じられてきた。
「あ。灰原くん、灰原くん。こちらはどうでしょう?保湿たっぷり、との表示が書かれていると思うんですけれど……」
あぁ、そうだったそうだった。今回は、桃井の買い物に付き合っているわけだからいちいち店員さんに絡んでいる暇は無いんだった。せっかく声を掛けてもらったのに申し訳ないのだけれど連れがいるから、という理由で店員さんには引っ込んでもらうことにした。じゃっかん店員さんは、それでもちらちらと俺の顔を見ては『綺麗な顔……』『男の娘ってヤツかしら?』と他の店員さんとお喋りしはじめてしまったようだが……アンタたち、一応店員さんなんだから店の仕事をきちんとやれよ。
次に桃井が手にしていた、ちょっと大きめサイズのクリームの表示成分を目にしていくと、乾燥に弱い桃井の手には打って付けのケア用品らしい。が、そのクリームの値段を見て、やっぱり俺は『待て待て!』と慌てて声を掛けていくのだった。
まさかのクリーム一本で五千円オーバーするのか!?よくよく目にしてみると、そこそに有名な化粧品メーカーのシロモノだったらしい。それでも、化粧品セットでこの値段だったら俺だったら買ってしまうかもしれないが、さすがにクリームだけでこの値段だとするとちょっと気軽に買う気持ちにはなれないかもしれない。
「……このクリームの値段、分かるか?」
「えーっと……よく、見えません」
「軽く五千円が吹っ飛んでいく値段しているんだけれど」
「ええ!?」
さすがに俺がクリームの値段を教えてあげると桃井は素っ頓狂な声を上げて驚いていた。もしかして、値段は日頃から気にすることなく買い物をしてしまうんだろうか?ちょっと前に、あれこれ買い物をしたときには、一気に財布の中身が無くなったという話も聞いたことがあったような気がするから値段そのものは桃井の目には入っていないのかもしれない。ただ、これが良さそうだから買う!そして後になって『こんなに高かったの!?』と驚いてばかりいるような気がするな。
「仕方ない……えーっと、乾燥肌、なんだよな?今回は、俺がオススメするケア用品を試しに使ってみてくれるか?もし肌に合わないようだったらすぐに使用を中止してくれ。あと、俺が選ぶから俺が支払う」
「え、え?でも、私の買い物なのに、灰原くんがお金を出すのは悪いんじゃ?」
「いいから!……だいたい、このまま桃井に買い物を任せていたらとんでもないメーカーのバカ高い化粧品に手を伸ばしそうだから怖い」
目が不自由だと、商品タグに付けられている小さな値札とかも視界に入れることが難しいんだろうか。俺は、今まで当たり前のように目にしていたし、さすがに高いモノとなると自分の財布の中身と相談してギリギリ買える範囲のケア用品を集めて買っていたものだけれど……。桃井は、値札が見えにくいのか……それって、普通の私生活のなかでの買い物でも苦労しているんじゃね?一人暮らしかどうかは分からないけれど、食べるモノだって買い物に行く必要があるし、値段を見ないままに適当に美味しそうだから!ってことで手を伸ばしたモノを次から次へと買い物かごに入れていったが最後、とてつもない値段になってしまってレジ近くで固まっている桃井の姿が簡単に想像ついてしまった。
「……なあ、今度から買い物に行くときには俺も付き合う。化粧品だけじゃなくて、食いモノとか」
桃井の肌に合いそうなケア用品を試行錯誤しながら探している間にも口を動かすことは出来るから、そう話し掛けていくが、当然ながら桃井からは遠慮されてしまった。うん、それは予想出来たことだけれど。
「だけれど、ここままじゃお前、変な店とかに入ってぼったくられるんじゃね?服とかだって、店員からすれば高い服を買ってもらいたくてオススメしてくるわけだから、それを良かれと思って買っても物凄い出費になるばかりだろ?その点、俺がいれば無駄な出費を抑えることが出来るじゃん」
「……どうして……灰原くんは、そこまで私に親切にしてくれるんですか?」
「は?あー……そう言えば、なんでだろ。話を聞いていて、視覚に障害があるって分かって……ちょっとした買い物でも大変そうだからって思ったから、か?」
「……それは、同情、でしょうか……」
「あ?同情じゃねえよ。それに、肌に合わないケア用品を使ったって意味が無いのは俺が一番よく知ってんだよ。……昔、アトピーで悩んでたからケア用品とかにはめちゃくちゃ気を配るようにしてんの、今も」
『乾燥肌に』そして『保湿』という表示が目に飛び込んできたクリーム……どっちかって言ったらジェルに近いクリームになるのかもしれないけれど、これなら桃井の手に合うだろうか。試しに値段もチェックしてみるけれど、めちゃくちゃ安いモノってわけでもないし、めちゃくちゃ高額なわけでもない。試してみるなら、これぐらいの値段のモノから手を付けてみるのも良いかもしれない。
「……ほら。まずは、この辺りから使ってみることをオススメするかな」
「……意外と、小さいんですね?」
「……一度に、大量に使う必要は無いんだからな?あんまり使い過ぎるなよ?」
俺は桃井を連れてレジにて支払いを済ませていくと店の外に出るとすぐにクリームを開け、桃井の手に少しばかりクリームを出してみた。もちろん女子の手だから俺が念入りにクリームを塗っていくっていうのは、躊躇われてしまったのでそこは自分でさせることにした。
「……どうだ?」
「しっとり……と、言うんでしょうか。とても気持ち良い感じがします。ありがとうございます、灰原くん」
「ん、どういたしまして」
匂い成分までは気にはしていなかったけれど、桃井からすると手に付けたクリームからは花っぽい香りがするということで心地良さそうに目を細めていた。一応、俺が選んだ商品だし、外れは無い……とは思いたいけれど、それでも本人が満足しているようなら良い買い物が出来たと思う。
いくら化粧品に詳しい男子だとしても、一緒に化粧品を選んでくれる同年代の男子との買い物。ちょっとだけ憧れちゃいますね!
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