表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

沈黙の世界と未来の彼

作者: 柚木 潤


「起立、礼、着席。」


 また一日が始まる。

 私にとっては一日、一日が大事なのだ。

 でも、今日の時間割は最悪だ。

 古典、体育、英語、英語、数学、現代文。

 まずは朝から眠くなる古典の授業。

 体育もマラソン大会に向けての練習って事で、ただ走るだけ。

 まあ、私は見学するけどね。

 その後に苦手な英語・・・。

 下を向きながらあくびをして、外を眺めた。

 今の席は窓際の後ろからニ番目。

 それだけは救いだ。

 先週席替えをしてこの場所になったが、なかなか快適なのだ。

 高台にあるこの学校の四階からは遠くに海が見える。

 天気の良い日には水平線がキラキラと輝いているのが見えて、まだ少し肌寒い春ではあるが夏の海を思うとワクワクするのだ。


「じゃあ次は・・・栗原さん、栗原桃香さん。

 次の文を読んで下さい。」


 よそ見をしていたのが分かったのか、先生は私の名前を呼んだのだ。

 私はそっと隣の席の子にどの部分を言っているかを聞いて立ち上がると、問題なくその部分を音読して席に座ったのだ。

 これでもう指されない。

 私はホッとして、外をまたのんびりと眺める事にしたのだ。


 しかし、その時である。

 下からがやがやと声が聞こえてきた。

 隣りの3年A組は今の時間が体育のようで、校庭にでてきたのだ。

 どうも校庭を何周も走らされるようで、生徒からの不満の声があがっていたようだ。

 そんな中、他の生徒とは距離をとって一人で佇んでいる男子がいるのだ。

 確か・・・先月転校してきた吉川拓実。

 隣のクラスの友人が騒いでいたので覚えていた。

 イケメンが入ってきたと、転校当初は大騒ぎをしていた。

 しかし、どうも思っていたキャラクターではなかったようで、全く最近は話を聞かない。

 少し性格に、難ありと言っていたが、それ以上は詳しくはわからなかった。

 そんな彼が一人でいるのも、他の生徒とはうまくいっていないからなのか。

 何となく私は気になって、彼の行動を目で追ったのだ。


 すると彼は意外な行動をとったのだ。

 校庭の周りにある草木に近づき、まるで植物採集をするかのように、色々な草木の葉や茎を集め出したのだ。

 授業中にそんな事はしているなんて、なるほど変人と納得できたのだ。

 あからさまだったので、体育の先生に絶対怒られると思ったが、彼がやっている事を先生を含め、誰も咎めるような事が無かったのだ。


 ふと気づくと私の辺りは静まり返っていて、古典の先生も黙ったまま動かなかった。

 それは校庭でも同じであったのだ。

 さっきまで聞こえていた鳥の囀りや、風になびく木々の音すら無いのだ。

 周りをよく見ると、先生の声だけでなく、誰からも物音ひとつないのだ。

 私が動く事で起きる制服の擦れる音しか無かったのだ。

 外を見ると、やはりあの吉川拓実以外は固まって動かないようだった。

 ただ彼はその事に驚きすら感じる事なく、黙々と植物を採取していたのだ。

 

 私は驚いて周りの友達に話しかけたり肩に触れるが、みんなはその場所から動いたり声を発する事は無かった。

 この自分以外が動かない世界に恐怖を感じ、私は何らかの事情を知る彼のところまで駆け出したのだ。

 教室を出て他のクラスを見ながら走ったが、やはり動いている人は誰もいなかった。

 私は階段を駆け下り、校庭に出たのだ。

 走ってきた私を見て吉川拓実は驚き、手に持っていた草木を落としたまま立ちすくんでいた。


「ねえ、いったいどういう事?

 みんな動かないのよ。

 まるで時間が止まったみたいに。

 君は何か知ってるんでしょう。」


 私は息を切らせながら、彼に駆け寄って言ったのだ。


「え?何で君は動けるの?」

 

 そんな言葉が帰ってきたのだ。

 吉川拓実は私を見て、逆に驚いていたのだ。


「なんで?

 もしかして時のペンダントを持っている?」

 

 そう言って、大事そうに光るペンダントを見せてくれた。

 それは小さな精密機械のように見えたが、その中心には綺麗な小さな石がいくつか付いていたのだ。


「何それ。

 私が付けているのは、おばあちゃんの形見のペンダントだけ。」


 私が持っているペンダントには楕円形の大きな石が付いていて、彼が持っているものとは全く違うのだ。

 しかしよく見ると、彼が持っているペンダントの石と同じように、私の胸元の石も光って見えたのだ。


「なるほど、その石が反応したのか・・・」


 そう言って、私の顔を見ると納得したように頷いていたのだ。


「それで、どういう事なの?」


 私はこの状況の納得がいく答えが欲しかったのだ。


「まあ、落ち着いて。

 周りの人達が動かないように見えるのは、僕達だけ時間を引き伸ばした世界にいるんだよ。

 つまり、他の人にとっては一秒でも僕らにとっては一時間になるんだよ。

 これを使う事でね。

 普通は身につけている者だけに作用するんだけどね。

 きっと君の持っているペンダントの石は僕が持っているものと同じ成分なんだよ。

 こんな大きな『時の石』の結晶は初めて見るよ。」


 そんな事をいきなり言われても納得がいくはずはないのだ。

 おばあちゃんの形見だから持っていた石であり、この石について何の情報もないのだ。

 しかし、今起きている現象が私の常識を超えた事であるのは事実なのだ。


「だとして、君は何をしているの?」


「この世界の植物のサンプルがほしくてね。

 この引き伸ばした時間の間に上手く作業をしようと思ったんだよ。

 そこに君がきたんだ。」


 そう言って、落とした葉を拾い集めたのだ。


「この世界ってどういう事?」


 彼は少し微笑みながら話した。


「信じてもらえないかもしれ無いけど、僕は未来から来たんだ。」


 正直、未来という言葉が出てきても、私はひどく驚く事は無かった。

 すでに、この状況全てが驚きであるからだ。


「僕は国の研究機関に所属しているんだ。

 実は僕の時代には自然は殆ど破壊されていると言っても過言では無いんだ。

 まあ、それも自分達人間が悪いんだけどね。

 殆どの植物が絶滅した後に、やはり自然を復活させようと頑張ってはみたけれど、上手く行かないんだよ。

 科学技術は発展したのに何故か自然は取り戻せなくてね。

 ・・・それで自然を取り戻すために過去に行くプロジェクトが始まったんだ。

 過去に行き、植物のサンプルを持ち帰る事で自然を復活させるというね。」


「でも、君は私と同じくらいの歳よね。

 働いてるなんて変だわ。」


 私の常識から考えるとおかしい事を指摘したが、彼は笑って答えた。


「ああ、僕の時代は飛び級が普通だから、十五歳でも研究の仕事についている人が少なく無いんだよ。」


 何だか夢みたいな話だけど、これが現実なら私は一つお願いしたい事があったのだ。


「あの、この時間をもう少し伸ばす事は出来ない?」


「出来るけど何で?」


「ちょっと行ってみたいところがあるの。

 付き合ってもらっても良いかな?」


 私は彼に一時間ではなく、三時間まで時間を引き伸ばす事をお願いしたのだ。

 すると、彼はペンダントをいじって何やらセットしたのだ。

 するとさっきは気付かなかったが、私が身につけている石が、温かくなったかと思うと、優しい光を放ったのだ。

 同じように彼が持っている機械のようなペンダントも光ると、彼は私を見て微笑んだのだ。


「どこに行きたいの?」


「海!

 ずっと行きたかったの。

 四階の窓から外を見ると、いつもキラキラ輝いていてね。」


「ふーん、いつでも行けそうなところだけどね。」


 彼はそう言って、一緒に海に向かってくれたのだ。

 チラッと彼を見ると、その横顔はとても綺麗な顔立ちをしていた。

 友人ではないが、騒ぐ気持ちが少し理解出来たのだ。

 見た目は素敵に見えたが、彼は未来人。

 だとすると、この名前も本名ではないのかな。

 どうであれ、私の希望を叶えてくれるんだし、悪い人では無いのだろう。

 

 私達はすぐに歩き出した。

 海までは歩いて二十分くらいなのだ。

 通りに出ても、車、人、全てが止まって見える、不思議な世界。

 この世界で動いているのは私たちだけと思うと何だかウキウキしてきた。

 そして念願の海に行ける。

 だんだんと潮の香りがして来た。

 時間が引き延ばされた世界であっても、匂いは問題なくあるみたい。

 本当だったらもう波音を聞く事ができる距離なのに、全くの無音なのが残念ではある。

 でも、そこに海はあるのだ。

 そして交差点を曲がると、広い浜辺が現れた。

 そこにはパノラマ写真のように切り取った風景があった。

 すでに海に出ているサーファーの動きが止まったままでいるのも不思議だ。

 でも学校の四階から見ていたように、水面は太陽の日を浴びてキラキラと輝いているのだ。

 来て良かった。

 本当にそう思えた。


 私達は砂浜に降りて歩いた。

 動かない波に手を触れると、それはまだまだ冷たくて、私の手についた水滴を舐めると確かに海水だった。

 私は振り返ると、後ろを付いて来てくれる彼を向いて話したのだ。


「私ね、来週手術するの。

 でも元気そうに見えるでしょう?

 首から下は元気なんだけど、頭の中に腫瘍があるの。

 ずっと様子を見て来たけど、目が見えづらくなったり、頭痛もひどい時があって・・・

 私の親はすごく心配してくれて、中学に入ってからは毎日学校の送り迎えをしてくれるの。

 入退院も繰り返してたからしょうがないんだけどね。

 友達とも、もう何年も遊びに出かけたことなんてないの。

 ・・・わかっているの。

 外で倒れたりしたら大変だからってね。

 だから、四階から見える海にずっと行きたいと思っていたんだけど、言い出せなかったんだ。

 音も動きもない世界だけど、海に来れて潮の匂いを嗅ぐ事が出来て本当に嬉しいの。

 ありがとう。」


 黙って聴いてくれた彼が、心配そうな顔をして口を開いた。


「でも、手術をすれば元気になるんだろう?」


「成功すればね。

 何の後遺症もなく手術が成功する確率は三十パーセントなの。

 でも、何もしなければ、いずれ目も見えなくなって動けなくなって、死んじゃうんだと思う。

 病院の先生も親もそうとは言わないけどね。

 だから三十パーセントにかけるんだけど、その前に海を目に焼き付けたくてね。

 ・・・そう言っておきながら、実は迷っているの。

 だって、自分が消えてしまうかもしれないと思うと、怖いの。」


 私は言った後に後悔した。

 今日初めて話す人にこんな重たい話、何でしてしまったんだろう。

 ・・・聞いた方も返答に困るのに。

 彼はやはりその事に関して何も言わなかった。

 私が落ち込んで下を向いていると、彼は顔を覗き込みながら言ったのだ。


「歩くのは大丈夫?」


 私は黙って頷いた。

 この砂浜から橋で繋がっている島に一緒に行こうと言ってくれたのだ。

 私達は止まっているように見える、人や車の間をすり抜け、あっという間に島に渡ったのだ。

 少し歩くと、神社が見えた。


「お参りしよう。

 君の手術が成功するように。」


 私達は手を合わせ目をつぶってお願いした。

 よく見ると体操着姿の彼が手を合わせている事がやけにおかしかった。

 私がニヤニヤしてると、彼は目を見開いて不思議な顔をしたのだ。


「何?」


「何でもない。」


 私は笑いながら答えて、島の上の方に歩いて行った。 

 この島は観光地ではあったが、とても自然で溢れていた。

 小さい頃に来て以来だったので、とても新鮮だったのだ。

 彼はといえば、気になる草木を見かけるたびに、ほんの少しだけ自然の恵みを分けてもらっていたのだ。

 そして木々の間を覗くと、この島から見える海の水面がキラキラ輝いていた。

 ・・・もう、十分かな。

 

「帰ろう。

 ありがとう。」


「いいの?

 まだ時間はあるよ。」


「うん、大丈夫。」


 私の足取りは海に行く時と違って、重かった。

 自分が考えていたより体力も低下していたのだ。


「大丈夫?」


 彼はそう言って私の手を掴んだのだ。

 歩くペースがゆっくりな私を見て、彼は手を繋いで引っ張ってくれたのだ。

 何だか少し恥ずかしかったけど、見ている人は誰もいないのだ。

 心臓がドキドキして、彼に聞こえないかと思うくらいだった。

 そして私達は学校へと戻った。


「そう言えば、名前を聞いてなかったね。」


「3年B組の栗原桃香よ。」


 そう言うと、少し間があった後、彼は言ったのだ。


「きっと、手術は成功するよ。」


 気を使って言ってくれたのだろう。

 私が頷くと誰も動かない教室に戻った。

 そして席に座り、窓から手を振り合図をしたのだ。


 少しすると、無音だった世界から一気に沢山の音が聞こえる世界に変わったのだ。

 古典の先生の眠くなる声が耳に入ってきた。

 外ではガヤガヤと騒いでいる生徒の声、鳥の囀りなど、以前と同じようにたくさんの音が存在したのだ。

 外を見ると、吉川拓実が他の生徒と混ざり走っているのが見えた。

 集めた植物はどうしたのだろうと少し気になったのだ。

 後で廊下で会ったら聞いてみようと思った。


 だけど、それは叶わなかった。


 次の日、隣のクラスの友人から吉川拓実が転校したと聞いた。

 私に見られて未来人と告げた事が問題だったのかな。

 そうとしか思えなかった。

 私は彼と一日しか会っていないのに、もう会えないと思うと何だか苦しく感じたのだ。

 ため息をつきながら、下駄箱の靴を見ると小さく折り畳んだメモのようなものが入っていた。

 それは吉川拓実からの手紙だったのだ。

 内容はやはりこの時代にもういられない事などが書かれていた。

 でも最後に興味深い事が書かれていたのだ。

 私はそれを読んで、最後に私に言った言葉が真実をわかっていたからこその言葉だと知ったのだ。


 ーーー『時の石』と言われるペンダントに使われていた石は、ある有名な研究者により発見されたんだよ。

 その研究者は、自分のひいおばあちゃんに貰ったペンダントに使われていた石から、時間に関わる不思議な石だと発見したらしいよ。

 時の石と言われているけど、実は別名があるんだ。

 それはひいおばあちゃんの名前からつけたと言う『ピーチストーン』

 だから、絶対に手術は成功する。

 心配はしなくて大丈夫だよ。

              吉川拓実ーーー


 私はもう会うことはない彼だけど、一生覚えていようと思った。

 だって、私の子孫が彼にありがとうと、伝えてくれるかもしれないのだから。

 手術・・・怖いけど、頑張るしか無いか。

 私はキラキラとした水平線を見る為に、教室に急いだのだ。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ