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第56話 停戦

 ラドゥは胸から引きちぎられ、絶命していた。


 オクタヴィアンは足元に横たわるラドゥを見て、何ともいたたまれない気分になった。


 何だか……確かに嫌な男だと思ってたけど……この最期はちょっとむごいかも……でも……これでみんなの仇が取れた……


 オクタヴィアンがラドゥの遺体を呆然と眺めていると、アンドレアスが近くにやってきた。

 アンドレアスはまだ凶暴のままのようで、横たわっているラドゥに向かって「うう~~~~」と、威嚇している。


 オクタヴィアンはため息をついた。


「アンドレアス。もういいよ。元に戻って」


 しかしアンドレアスは元に戻らない。


 あれ? テスラの言葉しか通じないかな?


 オクタヴィアンは少し困った顔をした。

 そこにテスラがやってきてきた。

 するとアンドレアスはテスラの目の前にハっハっと息を吐きながら近づいた。


「よしよし、いい子だあ~」


 テスラはアンドレアスの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。

 するとアンドレアスは元の犬顔に戻った。


 オクタヴィアンが唖然としていると、


「アンドレアスはな、いざという時の隠し玉なんだよ」


と、テスラが教えてくれた。


 元に戻ったアンドレアスはラドゥの遺体を見つけると、あまりの無残な姿に後ずさりした。


「ラドゥは死んだか……。ここまで身体がバラバラで心臓もないのなら、復活もできんだろう。それに日が当たれば浄化もされて、完全にこの世から消える。しかしこの男、吸血鬼になる儀式を受けたのに、その力を使わなかったな。そんなに人間に未練があったか……まあ、こっちが助かったがな……」


「え? どういう事ですか?」


「ふむ。おまえを見つけたあの日な、ラドゥが私の元に訪ねてきたろ? あの時、『怪物になりたくないから、能力の使い方を教えてほしい』って言ってきたんだよ。どうやら一度怪物になりかけたらしくてな。それで簡単に吸血鬼の能力は教えてやった。ただ、信用ならない男だったからあまり教えなかったんだよ。本当にラドゥが自分の能力を理解していたら、我々なんぞ瞬殺だと思う」


「そ、そうだったんですか……」


 オクタヴィアンはテスラの話を聞きながらラドゥの遺体を眺めた。


 何か……この人はこの人で、やっぱり少し哀れに感じる……


 その時、ヴラド公の所に、松明を持ったグリゴアとバサラブがようやくやってきた。二人は「生きてる?」だの「死んでる?」だの話をしている。


 そんな二人を見て、オクタヴィアンとテスラとアンドレアスはヴラド公の元へ移動した。

 グリゴアは青い顔をして、今にも泣き崩れそうな顔をしており、バサラブはどうしていいのか分からず、ヴラド公の周りをウロウロしながら眺めている。


「オ、オロロックちゃん。ヴラドはし、死んじゃったのかい?」


「いや、かろうじて生きています……よねえ? テスラ?」


 ボロボロで倒れているヴラド公を観察するように見つめているテスラは、少し苦い顔をした。


「どうしたんです? テスラ?」


「ん? ああ。まだ息はある。しかし……」


 テスラは苦い顔のままである。オクタヴィアンにも何が起こっているのか分からない。

 そこにバサラブが声をかけた。


「しかしなんだい? えっ……と~、何さんだっけ?」


「テスラです。しかしラドゥに噛まれたし、この後間違いなく吸血鬼になるでしょうな」


「え?」


 バサラブとグリゴアは驚いた。続けてテスラは言った。


「今のうちに首を斬った方がいいかもしれませんな」


 この言葉にグリゴアが猛反発した。


「ま、待ってください! ま、まだ息があるのならば、まだこの国の公です! そんな首を斬るなんて!」


「いやいやいやいや君! もうどう見てもヴラドは死んだでしょ? オレ様ちゃんの軍の勝ちでしょ? 今の今まで、今日はもうヘトヘトだから帰って、また軍を立て直して来よっかな~……なんて考えてたけど、そんな事言うんなら、今からでもトゥルゴヴィシュテに侵攻してもいいんだよ? でも今日、君はオレ様ちゃんを助けてくれたからね。だからね、今日はやめようって思ってたのになあ~」


 こう言ってバサラブはヘソを曲げた。しかしグリゴアは全く引く気がない。


「そんな事を言って、結局は俺もなんだかんだで処刑するつもりですよね? だったら今から貴方と勝負してもいいんですよ!」


 グリゴアは剣を抜いた。しかしその剣をすぐにオクタヴィアンが収めさせた。


「グリゴア、止めろ。よく見ろ! ヴラド公は負けたんだ! 現実を受け止めろよ!」

 

「何でおまえまでそんな言い方するんだよ!」


 そう言いながらもグリゴアは、目の前のヴラド公を見ながら、このやりきれない気持ちをぶつける事もできないまま、その場で膝から崩れ、泣き始めた。


 その様子を見たバサラブも、同情しながらも少し困った顔で、オクタヴィアンとテスラに向けた。

 そして少し考えてからグリゴアに話しかけた。


「分かった、分かったよ君! 今日君にはとっても助けられた! だから一日だ! 一日だけ、トゥルゴヴィシュテへの侵攻は止める。それでいいでしょ? もうオレ様ちゃんは帰る! もうヘトヘトだよっっ!」


 バサラブは困り果てた顔でその場から離れ、トルコ軍に撤退命令を出した。


 それと同時にすでに事切れているテオフィルを、その私兵団が泣きながら馬車へ乗せて帰っていった。


 ヴラド公の前に残ったオクタヴィアン達も、グリゴアを何とか立たせて、絶命寸前のヴラド公を運ぶ準備を始めた。


 しかしその前に、テスラがグリゴアに神妙な顔で話を始めた。


「いいか? おまえはヴラドが生き返ると信じて連れて帰るんだろうが、ヴラドが生き返る事はない。次に奴が目を覚ました時は人間ではなくなっているんだ。分かるか? おまえは周りの人間を危険にさらすという事だ。それを覚悟の上で連れて帰ると言うんだな?」


「わ、分かっています……しかし、このままヴラド公を放っておきたくなかったのです」


「……その忠誠心は買うがな。ならば私も同行しよう。ヴラドが何かとんでもない事をしでかす前にな。だからなグリゴア。今から私の言う事を訊きなさい。まずは城に宮廷ではなく城に戻る事。そして必要最低限の人間以外は城から避難させる事。そしてヴラドは城の中の礼拝堂に寝かせて、必ず胸に十字架を置き、身体全体にニンニクを被せる事……今、ヴラドが着ているニンニクはそのまま使う事にしよう。いいな? 必ずこれだけの事は守りなさい」


「は、はい! テスラ様!」


 真面目なグリゴアはテスラの言う事を胸に刻んだ。

 オクタヴィアンはテスラの必要以上に感じる警戒心が気になった。


「……何か問題があるんですか?」


「……ふむ。まだはっきり分からないんだが……ひょっとするとヴラドの身体にラドゥの血が入ったかもしれん」


「? それがどういう問題を引き起こすんです?」


「ふむ。それが分からんのだよ。私もこんな経験がないんでな」


 その話を聞いたグリゴアはまた顔が青くなった。


「そ、そうなんですか?」


「ふむ。だからな。私の言う事を絶対に守るんだ。それとな、絶対に寝ているヴラドの近くに人を立たせないように。いいな」


「は、はい!」


 この話がひと通り終わると、横転している馬車まで歩き始めた。

 するとアンドレアスは真っ先に少し離れた所に転がっている棺桶と、その棺桶から飛び出してしまったヤコブの元へ走った。

 そしてアンドレアスは助けを求める悲しい顔を見せた。


「ダ、ダンナ~……。ヤコブがあ~……」


 テスラは泣きそうなアンドレアスの横に着くと、ヤコブの様子を見た。

 ヤコブはオクタヴィアンが噛んだ後にも三本の矢が命中してしまっていた。


「ふむ。これはオクタヴィアンが噛んだのだな。ふむ……、まあこれならよっぽど吸血鬼になって復活出来るだろう。意識のある時に血を吸ったのも分かるし、屍食鬼になる感じでもなさそうだ。明日の夜には目が覚めるだろう」


 その言葉にアンドレアスは、安堵の表情を見せた。


 こうして横転していた馬車を起こし直し、ヤコブの棺桶とヴラド公を載せると、戦場で運よく生き残った馬をテスラが自分の能力で呼び、その馬が来ると馬車にくくりつけた。


「よし、城に帰るぞ」


 グリゴアは馬を走らせようとした時、オクタヴィアンは行こうとしなかった。


「オクタヴィアン。どうした?」


「ちょっとボクはブカレストに用事があるからあっちに行くよ」


 こうしてオクタヴィアンはグリゴア達から離れ、ブカレストに向かうバサラブの元へ向かった。

ここまで読んで頂いて、本当にありがとうございましたっっ!!

今回でこの章は終わり、

次回から最終章となりますので、

よろしければ引き続きお付き合い頂けるとありがたいですっっ。

では今回も本当にありがとうございましたっっ!!

感謝♪感謝♪♪

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