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第47話 大丈夫、大丈夫

「遅いわ……」


 ローラは一人、ブカレストのモゴシュの屋敷の客間で、夫ラドゥの帰りを待っていた。

 ラドゥは戦争の準備をすると親衛隊を引き連れて出ていったまま、一向に帰ってくる気配がない。

 屋敷に残っているバサラブやその部下達もどんちゃん騒ぎを終えて、すでに寝入ってしまった。


 ローラ自身も退屈という事もあったが、ベルキが気がかりで仕方がなかったので、数時間前に、使用人の小屋にベルキと彼を引き取ってくれたおじさんに話をしに行ってきていた。




「なるほど、そもそも招かねば奴らは入って来ないんだな? 変な連中だな」


「でもこれは建物じゃなくて、敷地で区切られてるから、この建物にラドゥやラドゥの親衛隊達も入ってこれるの」


「何だかややこしいな」


 おじさんは手に十字架を眺めながら関心していた。


「おじさん、私もそれ、ダメなんだけどっっ」


「ああ、すまんすまん」


 おじさんは慌てて十字架をズボンのポケットに入れた。それを見てベルキが笑っている。


「いい? ベルキ、おじさん。今は私がいるから襲って来ないけど、あいつらは用が済んだと思ったら、絶対に襲ってくるわ。だから、その時はこの屋敷から逃げて! お願いよ。奴ら、ジプシーの事なんてどうでもいいって思ってるから」


「ねえローラあ。これ他の人にも話した方がよくない?」


 子供のベルキがローラに寄り添いながら聞いてきた。ローラもベルキがかわいいので、頭を撫でて返事を返した。


「ダメ。他の人の中に、ラドゥの味方がいると思うから」


「おじさんはいいの?」


 ベルキはおじさんを指さした。


「指さすな!」


「おじさんはねえ。多分大丈夫。だってこの人、口は悪いけど、あなたをかくまってくれたし、今だってあなたを守ろうとしてるのが分かるから」


「へん! 俺はただ生き延びてえだけだ」


 三人はハハハと笑いあった。ローラは新しい家族ができたような、そんな気持ちになっていた。


「ねえでもローラあ。ぼくたちはこうするけど、ローラはどうするの? いっしょに逃げれる?」


 ベルキが真っ直ぐな眼でローラを見つめた。


「私はねえ……大丈夫。私は何とかなるの」


 ベルキとおじさんはその返事を聞いて少し心配になった。


「じゃあ私、そろそろ行くね。いい? 戦争が始まってバサラブの軍がここを出発したら、それ以降は危ないから逃げるのよ! じゃあね。お休み」


 ローラはそう言い残すと窓から出て部屋に帰った。




 こうして部屋に帰って来てから、ずいぶん時間が経った気がする。

 しかしラドゥ達は全く帰ってこない。


 もうラドゥの所へ行っちゃおうかしら……。でも邪魔になりそうだけど……でも行っちゃお♪


 こうしてローラはラドゥ達がどこにいるのかも分からなかったが、意識を目、耳、鼻と集中させて上空に飛び立った。


 ブカレストの町の上空から首都トゥルゴヴィシュテの方角を見ると、手前に広大な森が広がっており、所々に灯りを確認できる。


 ローラはその灯りがとても美しく幻想的に見えた。しかし同時にこれがモゴシュがヴラドを討つ為に配置させた私兵団という事も分かっていた。


 ローラはラドゥを捜す為にもう一度、眼、耳、鼻に意識を集中させた。


 どうやら少し距離はあるが、トゥルゴヴィシュテ方面の森の上空にラドゥ達の気配を感じた。


 何をしてるか分かんないけど、そっちに向かって……あれ? 他に誰かいる! オクタヴィアン様?


 ローラは本能でラドゥ達に気づかれないように気配を消し、森の中に潜った。そして意識を集中した。

 すると何かが刺さり、肉片が飛び散る音と共に、オクタヴィアンの叫び声がかすかに聞こえた。


 オ、オクタヴィアンを殺そうとしてるっっ!


 ローラはすぐに助けに行こうと思った。


 しかし今助けに行っても、周りに止められるか、自分も殺されるかもという考えが頭をかすめ、今はとにかく気づかれないようにしようと、気配を消した。


 こうしてどのくらいの時間が経つだろう。

 ラドゥと親衛隊四人は自分には気づかずブカレストの屋敷に戻って行った。

 しかし今すぐに動くと勘づかれるかもしれない。


 ローラは最新の注意を払った。


 しばらくの時が経ち、もう大丈夫と思ったローラは恐る恐るオクタヴィアンの気配に近づいて行った。

 しかしローラはオクタヴィアンのあまりにも悲惨な状態と分かるや否や、大慌てでオクタヴィアンに近づいた。


 そしてオクタヴィアンの恐ろしい惨状を目の当たりにして、身体は震え、目からは涙が溢れだした。


「オ、オクタヴィアン……」


 オクタヴィアンは大きな木の先端に背中から腹を二メートルぐらい貫かれ内臓もその木に持っていかれ、血を大量に血を流している。


 ローラはどうしていいのか分からなくなった。


 い、生きてるの? もう死んでしまったの? ど、どうしたらいいの? 


 ローラの震えは止まらない。

 しかしこのまま放っておけば、朝日を浴びて消滅していまう。

 何とかしなければ!


 ローラはとにかくこの木からオクタヴィアンを取り外す事にした。もうなりふり構っていられない。


 ローラはありったけの力を込めて、オクタヴィアンの腹から突き抜けている木の先端を腹の部分からナイフのような手で切りつけた。


 するとまるで切れ味のいい日本刀のようにバッサリとその木を切断する事に成功した。そしてその木の先端はバキバキバキバキ~! ズズーン! と、周りの枝を折りながら最後は轟音を立てて地面に向かって落ちた。


 この音に周りの鳥達は驚いて羽ばたき、動物達も鳴き始めた。

 当然、森に潜んでいるモゴシュの私兵団達も何事かと寝ていた者も飛び起きて、森中は騒ぎになった。


 しかしローラはそんな事は気にもせず、オクタヴィアンに抱きつくと木から引き抜いた。


 しかしオクタヴィアンは何の反応も示さない。

 

 お願い! 死なないで!


 ローラはゆっくりとオクタヴィアンを抱いたまま、森の中に下がっていき、なるべく木の先端の落ちた所から離れた真っ暗な場所へ降り立つと、オクタヴィアンを優しく地面に寝かせた。


 オクタヴィアンのお腹にはポッカリと拳が二つは入るぐらいの大きな穴がぐちゃぐちゃに汚く空いている。


 ローラはその傷をまじまじと見て、更に何とかしなければと思った。


 そして同時に、


 何で私はラドゥなどと結婚をしてしまったのだろう。あの人は殺す事を楽しんでいる。あんな人と結婚して浮かれてた私はバカだ!


と、思い返していた。

 

 ローラは周りを見渡した。少し遠くだけど、火の灯りがある。そしてそこにはモゴシュの私兵団が数人おり、先程の木の先端が落ちてきた事が気になったのか、音のした方角の様子を伺っている。


 これなら気づかれないで殺す事ができる……


 ローラは一瞬にしてそこに移動すると、すぐに火を消してモゴシュの私兵団を次々に殺した。

 あまりに一瞬の出来事に、そこにいた七人全員が何が起こったか分からないまま首を切断された。


 そしてオクタヴィアンをこの場所に移動させた。


 周りは血の臭いでプンプンしている。

 しかしオクタヴィアンは動かない。


 ローラは殺した私兵団の首なしの身体をオクタヴィアンの口元に持っていった。


 もう一人の首なしの死体の首元を、オクタヴィアンのポッカリ空いた穴に向けて置いた。

 オクタヴィアンの口を腹を、私兵団の血がどんどん赤く染めていく。


 ローラはオクタヴィアンを涙目で見つめながら呟いた。


「大丈夫、大丈夫。オクタヴィアンなら大丈夫。このくらいの事で参っちゃう人じゃない。大丈夫、大丈夫。またいつものグチを聞かせて、お願い! オクタヴィアン……」


 気がつけばローラはオクタヴィアンの頭をひざに置き、口元に死体の首をつけて血で染めさせて、お腹の部分も死体を置いて血で溢れんばかりにした。


 そしてその髪の毛の一本もないツルツルの頭をゆっくりと撫でながら、


「大丈夫、大丈夫。あなたなら大丈夫」


と、同じ言葉を呪文のように唱えた。


 こうして数時間が過ぎた。


 空も朝焼けが始まっても唱え続けた。

 何ならいっしょに灰になってもいいとさえ思った。


 そんな時、オクタヴィアンのお腹の穴が塞がり始めている事に気がついた。


「オ、オクタヴィアンっっ」


 ローラは思わず涙がまた溢れた。


 オクタヴィアンのお腹の穴は血で真っ赤に染まっていたので、回復している事に全く気がつかなかった。


「う……」


「オ、オクタヴィアン様!」


 ローラはホッとした。その時、


 ザシュ!


 ローラの胸元に木の杭が顔を出した。

ここまで読んで頂いて、本当にありがとうございましたっっ!!

次でこの章はおしまいになりますので、

よろしかったら引き続きお付き合い頂くと嬉しいですっっ。

では今回も本当にありがとうございましたっっ!!

感謝♪感謝♪♪

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