第29話 エリザベタの告白
テスラはオクタヴィアンとヨアナに別れを言い、屋敷から出ようと走り始めた。
すると先程上った階段の所に、ローラが心配そうな顔をして立っているではないか。
「ローラ……こんな所で何をしている……」
「わ、私……あの子に嫌われて……」
テスラは何となく事情を理解した。
「ふむ。二人に会って、話をするべきだな。あの子はさっき、かんしゃくを起こしたが、本当の意味で君を嫌ってはいないんじゃないかな? それにオクタヴィアンもパニックになっているだけで、君の事をどうこうなど、考えてる余裕はないと思うぞ。すまんが私は急いでいるんだ。では失礼」
そう言うとテスラは屋敷を出て行った。
ローラは一人、階段の手すりを掴んで下を向いていた。
テスラは本館を出て、上空へ飛び出すと、今度は屋敷の敷地から追い出されたラドゥが待機していた。
「テスラ。どうした?」
ひょうひょうと声をかけてきたラドゥをテスラは睨みつけた。
「ラドゥ……。何を企んでいるかは知らんが、一昨日交わした協定はナシにしてもらう。おまえはやってはならない事をやった。このまま屍食鬼が間違って増えて、この世界が滅亡に向かおうとするのならば、おまえを生かしてはおけん。それにカルパチアにオロロックの私兵団が向かったのも知ってて黙っていたんだろう。今日はこのまま帰るが、次に会った時は容赦せん」
「フフ。僕に勝てると思ってるのか? テ・ス・ラ・さん♪」
テスラは睨みを効かせると、そのままカルパチア山脈へ向かって飛んでいった。
ラドゥはニンマリとしながらも冷たい眼差しで見送った。
屋敷の中では、エリザベタとオクタヴィアンとヨアナがドア越しの話が続いていた。
「じゃあラドゥに言われて父を殺したのか?」
「そうよ! でもあの男、私に迫ってきたのよ? 嫁の私に迫るって人としてどうなのよ!」
父、コンスタンティンの悪行をあらためて聞き、オクタヴィアンは頭を抱えた。
そうなのだ。
父さえそんな悪さをしていなければ、こんな大事には発展していなかったのだ。
そんな事を思っていると、エリザベタは先程のテンションよりも低くなり、静かに、しかし怒りをこもった口調で話し始めた。
「そもそもね……あなたが何も分からないバカだから、何にも気づかないバカだからいけないのよ! ローラの事だってそう! ローラがあの、あのハゲ親父の妾になってた事にも全く気がついていなかったんでしょ! あなたは鈍感にもほどがあるのよ!」
オクタヴィアンはグーの根も出ない。
「……ラドゥが死んだと聞かされた時、私は決心したのよ。あの男……ヴラドを殺さないといけないって……あの男が帰ってきたからラドゥは殺された。だから、ヴラドを殺して元の世界に、私達、地元貴族の世界に戻そうと決めた! そうすれば私の父も喜ぶわ! だからあの時、ワインのグラスに毒を塗ったのよ。でもまさかそれをヨアナが飲むなんて……」
オクタヴィアンは「ハッ」とした。
エリザベタはヨアナを殺すつもりはなかったのだ。
その事を横にいるヨアナは分かっているのだろうか?
オクタヴィアンは横にいるヨアナを見ると、ヨアナは複雑そうな表情を浮かべている。
きっとヨアナに通じている。
「じゃ、じゃあ何でテスラの所へ行く時に、アンドレアスに毒を持たせた?」
オクタヴィアンはヨアナを抱きしめながら聞いた。
「そんなの! そんなの当たり前じゃない! あなたに罪をなすりつける為よ! ……あの時ヨアナの様子を見て、助かる見込みがない! って、すぐに分かったわ! だってヴラドを殺す為の量の毒をもったのよ! それであの痙攣の仕方…………私は愕然としたわ……まさかあんな事になるなんて……思ってもみなかった……ヨアナにはこのまま大きくなってもらって、この家の財産をあげるつもりでいた……それなのに……」
エリザベタは泣いているようだった。
「それなのに、あんな事になって……。でもまさかラドゥが生きてて、あんな化け物になって帰って来るなんてっっ。しかも私、あの人に全てをかけてたのに……。私、馬鹿だったんだわ……あんな男に騙されてたなんて……。あの男はね、私のやった事を知って笑ったわ。『なんて馬鹿な女なんだ』って。そしてローラを抱きしめながらこうも言った。『君みたいな女を僕が本気で好きになると思うのかい? 旦那の当てつけで僕に迫ってきたような女と』って……。ローラも私の教育方針に文句を言ったわ! 『あなたがヨアナを突き放した!』って。そ、そんな訳ないわ! 私の娘なのよ! かわいいに決まってるじゃない! でも変わってしまったヨアナは……もう……どうしたらいいか分からなかった。そしたら使用人達が化け物になって襲って来て……ラドゥは『朝まで逃げ切れたら助けてあげよう』って言ってたけど、もう騙されないわ。あの人は私を殺す事しか考えてない。それでヨアナをよこしたのね。……でもヨアナをあんな姿にしてしまったのは私……ヨアナごめん……」
エリザベタの話を聞いて、大体の成り行きは分かった。
ヨアナも殺す気がないのもよく分かった。
しかしオクタヴィアンはある言葉に引っかかっていた。
「エリザベタ……大体分かったよ。でもちょっと教えてくれ。当てつけって言ったけど……。エリザベタはボクの事まだ想ってくれてたのかい?」
「そ、そんな訳ないじゃない! あんたなんか大嫌いよ! いつもローラの所に行って……あなたは私じゃなくて、ローラが好きだったんでしょ? 私には分かるわ。結婚した直後から、あなたとローラの関係に頭にきていたわ! 何かあるとすぐにローラの所へ行く。『ローラ! ローラ!』って、馬鹿みたいに! 私に最初に相談するとはずの事だって、必ずローラの所へ行く。私はすぐに自分がお飾りなんだって分かったわよ! そうしたら、だんだん自分が馬鹿に思えてきて、気持ちも萎えていったのよ。ヨアナが産まれた時はそりゃ嬉しかった。でもあなたへの愛は冷めていったわ。だからヨアナを立派に育てる為に厳しくしつけていったのよ。……でもこんな事になるなんて……」
ドアの向こうのエリザベタは泣き崩れている気がする。
オクタヴィアンはあまりの事に動揺が隠せなくなった。
ボクが、ボクが悪かったのか?
ボクはローラとそんな関係じゃなかったのに、エリザベタにはそう見えてたって事なのか?
それとも本当にそういう事をしていたのか?
ボクはエリザベタを大切にしてたつもりだったのにっっ。
ボクはエリザベタにたいしてそんな冷たい態度をとっていたのか?
オクタヴィアンは混乱していた。
そして抱きかかえているヨアナも小刻みに震えながら泣いていた。
その時だった。
「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!」
エリザベタの叫び声が聞こえたのと同時に、ガタガタという物凄い物音が聞こえたのだ。
オクタヴィアンとヨアナは驚いた。
「エリザベタ!」
オクタヴィアンは思わずドアを蹴り破った。
するとそこに見えたのは、エリザベタの背後からしがみつき、左の首元をがっつりと噛み付いている屍食鬼となった庭師のボグダンの姿だった。
ここまで読んで頂いて、本当にありがとうございましたっっ!!
この血みどろの展開も、もう少しですので、
お付き合いして頂くと嬉しいですっっ。
では、今回も本当にありがとうございましたっっ!!
感謝♪感謝♪♪




