第16話 カルパチアへ向かう
日がかたむきかけた中、オクタヴィアン、ヨアナ、ローラ、アンドレアスを乗せた馬車はテスラの住むカルパチア山脈めがけて走り出した。
街中を走る風景は、だんだんと緑が増えはじめ、気がつけば森の中に変わっていた。
とは言っても森の広葉樹なども葉をすでに落として、地面はその枯葉で茶色一色である。その中を馬車は枯葉を蹴散らしす。陽も沈み始め、周りはだいだい色で覆われて一見とても美しい景色なのだが、いかんせん気温が下がってきてとても寒くなってきた。
この時期のワラキアはすぐに零度を切る寒さである。だいぶ陽が傾く中で、馬車の中にいるオクタヴィアンはヨアナを抱きしめながらも寒さと戦っていた。
一方、御者席に座っているローラとアンドレアスはもろに冷たい風を受けているので、身を切るような寒さに襲われていた。
特にローラはアンドレアスに道案内をすると言った手前、馬車の中に入る訳にもいかないし、ヨアナの状態を考えるとそんな事を言っている場合でもない。
そう自分に言い聞かせてアンドレアスに指示を出していた。
森の合間から顔を出す、夕陽を浴びてピンク色に輝いているアルプスのようなカルパチア山脈は、本来ならば足を止めてしばらく眺めていたいほどに美しい。
しかし四人にそんな余裕などない。
何せヨアナの容体が一刻も争う状態なのだ。
ずっと抱きしめて声をかけるオクタヴィアンは、そのヨアナが弱っていく様子が手に取るように分かった。
ヨアナは身体全体が痙攣しているかのように震え、息もか細くしかしていない。しかしその痙攣とか細い息づかいも、今にも止まってしまいそうだ。
オクタヴィアンはそんなヨアナを抱きしめながら、どうしてこうなった。さっきまでは元気でいた、あの心優しいヨアナが、どうしてこんな目に遭わなきゃいけない? と、窓の外から入る陽を浴びながら自問自答を繰り返していた。
「ヨアナ、絶対助けるから。大丈夫、大丈夫……」
意識のないヨアナに向かってオクタヴィアンはその言葉を繰り返し話していた。
そして、後、どのくらいかかるのだろう? テスラの所まではまだだいぶ遠いんだろうか? そう不安を募らせていた。
そんな思いをはせながら、オクタヴィアンはテスラを本を持ってきた事を思い出した。
おもむろにその本を開くと、ヨアナをこんな症状にした病気が何かを探し始めた。
手がかりだけでもいい。
病気によってはテスラの家に着く前に解決策が見つかるかもしれない。
そう思ったのだ。
馬車の中はガタガタと揺れて、あまりちゃんと読める状態ではない。
しかしオクタヴィアンは本を無理矢理読み始めた。しかしそれに当たる病気は出てこない。
「やっぱりないのか~……」
そう思って本をパラパラとめくった時、オクタヴィアンの目にある文字が飛び込んできた。
【毒について】
オクタヴィアンは、まさかなあ……と思いながらもその章を読み進めた。しかしその毒の章で、思わぬ発見をした。
トリカブトという植物を摂取すると、舌の痺れに始まり手足の痺れ、吐き気、嘔吐、全体の痙攣などを起こし、最悪の場合、死に至る。
……トリカブト? よく分かんないけど、症状がすごく似てる……。イヤイヤそんな訳がない。そもそもワインを一杯飲んだだけだし、そんな物が入ってたら分かるし、ありえないよ。
オクタヴィアンはそう考えたが、やはり症状が似すぎており、トリカブトの事が気にかかった。
その頃、御者席のローラも不安と戦っていた。
カルパチア山脈のふもとにテスラの家はあったはずだ。十数年前にあの家を訪れたから、間違いない。でも後どのくらいかかるのだろう。このままでは夜になってしまう。それまでヨアナ様は「もつ」だろうか? 早く、早く着いてくれないと……
ローラは時おり泣きそうになりながらも、横にいるアンドレアスにそれは見られたくなかったので、何とか我慢し、美しい夕陽の木漏れ日もだんだん薄くなっていくのと同時に寒さとも戦うためにガタガタと震えながら必至で前を凝視していた。
こうして馬車はどんどんとカルパチアへ向かって行ったが、ついに陽は落ち、辺りは暗くなってきた。
こうなると馬車を走らせるのは難しくなる。
というのも夜になると灯りのない当時の道では、危険が伴い、馬も歩きたがらない。さらに狼達が襲ってくる可能性も出てきて大変危険なのである。
こうした事情から、この時間には当時の人は馬車、ならびに馬には乗らないのが常識だった。
しかしそんな事を言っていられないオクタヴィアン達はこの森の中まで来てしまった。
「オ、オクタヴィアン様、ヤ、ヤバいですって。このままじゃ。狼に襲われちまいますっっ」
アンドレアスは馬車を走らせながら中にいるオクタヴィアンに話した。
オクタヴィアンもさすがにそれは承知している。
「……仕方ない。この辺りで馬車を止めて、火を起こそう。これ以上は危ない」
オクタヴィアンは苦渋の決断をした。ローラは納得いかない様子だったが、冷静に状況を見て、力無く了承した。
そうしてアンドレアスは馬車を止め、オクタヴィアンも手伝いながら近くにあった木の枝や枯葉などを集めてすぐに焚き火を始めた。火があれば狼は防げる。
その間、オクタヴィアンに抱かれていたヨアナを今度はローラが抱きしめて介抱していた。
屋敷からずっと御者席に乗っていて、ヨアナを見ていなかったローラは、その衰弱ぶりに驚き、動揺し、涙した。
ヨアナ様の命の灯火が……どんどん小さくなっているのを感じる……それなのに、今の私たちには何もできない……もうどうしたらいいのか分からない……神様……この小さな命を、どうか助けてください!
ローラは身を斬るような寒さの中、ヨアナをしっかりと抱きしめて、少しでもヨアナの身体が冷えないようにして、神に祈り始めた。
アンドレアスが焚き火をつけてくれたおかげで、寒さをある程度防げるようになり、その火を使って持ってきた乾いた肉を焼き、それをみんなで食べ始めた。
オクタヴィアンはローラの横に座り、抱きしめられているヨアナの顔を伺った。
しかしヨアナは目をつむったまま、先程から続いている痙攣を続けている。
ヨアナを抱いているローラも、御者席で座っていたせいで身体が冷え切っており、焚き火の温かさが来たとはいえ、まだ身体中ガタガタと震えている。
オクタヴィアンはそんなローラに自分の被っていた毛布をさらに被せて、少しでも寒さを和らげようとした。
ローラは「ありがとう」とは言ったものの、そんな事よりもとにかくヨアナの心配でいっぱいであった。
寒さとヨアナを救える手立てのないこの絶望の中、みな言葉は出ず、焚き火のパチパチという音だけが辺りに響いている。
このままヨアナは死んでしまうのだろうか?
私たちは何もできないのだろうか?
この言葉がオクタヴィアンとローラの頭の中をグルグル回る。
アンドレアスもそれを分かっているのか話そうとはせず、今度はスープを作り始めた。
そしてヨアナはどんどん衰弱していっている。意識はなく、肉を食べさせたくても食べさせられない。
オクタヴィアンとローラはそんなヨアナを見て、涙が止まらなくなった。
「スープ出来ましたぜ。さあ、あったまってくだせい~」
アンドレアスがスープを二人に配った。
オクタヴィアンとローラは失意の中、くっつき合いながらあったかいスープを口に含んだ。
ここまで読んで頂いて、本当にありがとうございましたっっ!!
こんな重い感じのお話になってしまったんですけど、
よかったら、この先も読んで頂けると嬉しいですっっ。
では、今回も本当にありがとうございましたっっ!!
感謝♪感謝♪♪




