始動
「ブラックさん、怪我は大丈夫ですか!? すぐに店の中で治療をしましょう」
ハンズさんに肩を貸してもらい、俺は店の中へ運ばれる。
「骨は……大丈夫のようですね。すぐに清潔な布と水を持ってきます」
「完全に業務外なことをしてもらってすいません」
「私とブラックさんの仲じゃないですか」
「たった二ヶ月の仲ですよ」
「期間は関係ありません。貴方とアステルがそうであったようにね。…………私の力が及ばず、申し訳ありません」
ハンズさんは深々と頭を下げた。
「やめてください。相手が貴族じゃ仕方ありませんよ。それに貴族に買われたならアステルも生活には困らないでしょう。あいつはなんだかんだでうまくやりますよ」
俺はそう言って、納得するしかなかった。
「…………ブラックさん、実はあのランズベルク様はこの街の奴隷商店から良く奴隷を買っております」
「さすが貴族ですね」
まぁ、伯爵なら金は余っているだろうな。
しかし、ハンズさんが言いたいことは別にあるようだった。
「買われていった奴隷たちを再び見た者は誰もいません。噂ではランズベルク様が痛め付けたり、狩りの的にしたりして楽しんでいるようです」
「…………なんですって? じゃあ、アステルも!?」
俺はハンズさんへ詰め寄った。
「私は所詮、奴隷商人、クズのろくでなしです。ですから、このことをあなたに言うしか出来ません」
ハンズさんはまるで俺にランズベルク伯爵に対し〝事を構えろ〟と言っているようだった。
「…………冒険者の俺に何をしろって言うんですか?」
「確かに冒険者ブラック、ではどうすることも出来ません。ですが、あなたにはもう一つに顔があるんじゃないんですか?」
言われた瞬間、俺はハンズさんの胸倉を掴んでいた。
「…………すいません」と言いながら、俺は手を放す。
「でも、どこで聞いたんですか?」
ハンズさんは思い付きで言ったわけでは無さそうだ。
俺の正体に関して、確信を持っている。
「聞いたのではありません。初めから知っておりました」
ハンズさんは言いながら、服を捲り、腹部を見せた。
「…………なるほど、な」
ハンズさんの腹部の刺青を見て、彼がなぜ俺を知っていたか理解した。
「全てを知っていて、俺にアステルを勧めたのですか?」
「あなたが奴隷を酷く扱うとは思えません。それにアステルはあなたが声をかける前から、あなたのことが気になっていたようです」
「俺のことが? なぜ?」
「この街のどの人間とも違う雰囲気の人に出会ったと言っていました。あの子は人を良く見ていますから、あなたの隠れていた部分を感じたのかもしれません」
「…………」
「あなたには大恩がありますし、もし、あなたがアステルの取り置きの延長を申し出てきたら、仕方なく、と言った口調で承諾する用意もありました。ですが、このような事態になることを予期していたわけではありません。あなたとランズベルク様が敵対するように仕組んだことでないことは信じて頂きたい」
ハンズさんは頭を下げる。
嘘は言っていないようだ。
「じゃあ、俺がここでアステルを見捨てても何も言わないですよね。所詮は二ヵ月の付き合いです」
「…………はい」とハンズさんは俺を真っ直ぐに見た。
「…………あの貴族の屋敷はどこですか?」
「すぐに教えます」
俺の言葉にハンズさんはホッとしているようだった。
「そんな顔をしないでください。まったく……俺は真面目に生きるつもりだったのにな……人間の本質ってやつは中々変わらないらしい。俺は自分の気に入らない結末を否定する。だから、その為に好き勝手な行動する」
「分かりました」
さてと久しぶりの悪事だ。
準備をして、夜になるのを待つとするか。
夜の闇は悪党の味方だ。