買われていくアステル
ランズベルク伯爵が店の中へ入った後、俺はアステルに詰め寄った。
「アステル、さっきの言葉は本心か?」
俺の言葉にアステルは、
「本心だよ。本心。だって、お金持ちの人に買われた方が良い暮らしができるじゃん」
と視線を逸らしながら言う。
「そうか。だったら、もう少し嬉しそうにしたらどうだ?」
「…………」
アステルはとても悲しそうな表情だった。
「君とは二ヵ月しか付き合っていないけど、嘘をついている。それくらいは分かるつもりだ」
「あはは、誤魔化すより素直に言った方が良さそうだね~~。そうだね、裕福じゃなくてもブラックさんと一緒にいた方が楽しそう。…………でも、貴族に逆らったらどうなるか、奴隷の私だって知っているよ。それにブラック、さっき、変なことを考えてなかった?」
「…………」
「貴族に逆らっちゃ駄目だよ」
アステルは鉄格子に顔を近づけて、囁くように言う。
「私だって、二ヵ月しかブラックさんと話していなかったけど、それくらいは分かるよ。……それにさ、あなたが本当に私を買ってくれることなんて期待していなかった。だって高いじゃん。それなのにあなたはお金を用意して私を買おうとしてくれた。嬉しかったよ。ブラックさんは優しい。だからさ、無理のない範囲、金貨十枚くらいの子を一人、買ってみてよ? 誰かといる生活は心が豊かになると思うよ。ブラックさんになら、奴隷も懐くと思うしさ」
俺はアステルから「自分のことを忘れてくれ」と言われた気がした。
しばらくすると店の中からハンズさんとランズベルク伯爵が出て来た。
ランズベルク伯爵は鎖を手にしている。
「アステル、出なさい」
ハンズさんがアステルのいる小部屋の錠を開けた。
「はい」と言い、アステルが素直に出て来る。
俺は初めて鉄格子の無い状態でアステルと対面した。
「こうやって同じ目線で話すのはちょっと変な気分だね」
俺の目の前でアステルは微笑んだ。
でも、次の瞬間、首輪を鎖で繋がれる。
「お前は私の奴隷だ。そんな男と勝手に話すな」
ランズベルク伯爵が鎖を引っ張るとアステルは息が止まり、苦悶の表情になる。
「おい、手荒な真似はしないでくれ!」
思わず、口が出てしまった。
するとランズベルク伯爵は俺を睨む。
「平民が私になんて口を聞くんだ! ……おい、少し痛めつけてやれ」
ランズベルク伯爵に命令された取り巻きの兵たちが剣の鞘で俺を殴打し始める。
ここで抵抗すれば、アステルやハンズさんに迷惑が掛かると思い、俺は黙って殴られた。
「やめて! いえ、止めてください! あの人をこれ以上、傷付けないでください!」
アステルがランズベルク伯爵へ嘆願する。
ランズベルク伯爵も俺がボロボロになったのを見て、満足したようで笑った。
「仕方ない。それぐらいでやめてやれ。こんなところで死なれても面倒だ。これで貴族に逆らうとどうなるか分かっただろう」
ランズベルク伯爵が兵たちに合図し、俺はやっと殴打の嵐から解放された。
体中が痛む。
「行くぞ。…………おい、命令が聞けないのか?」
ランズベルク伯爵は鎖を引っ張るが、アステルはその場に踏みとどまった。
それどころか、抵抗して俺の耳元までやって来る。
「ブラックさん、私はあなたに会えて幸せだった。ありがとう…………」
そう囁いたアステルは泣いていた。
「まだ分からないのか!? 私の奴隷が勝手に他の男に話しかけるな!」
ランズベルク伯爵は鎖を思いっきり引っ張る。
アステルはまた苦しそうな表情になったが、俺を見て微笑んだ。
そしてもう一度、今度は音は発さずに口の動きだけで「ありがとう」と言った。
「お前はまず調教をする必要があるな」
ランズベルク伯爵は引きずるような形でアステルを馬車の中へ連れ込んだ。
そして、すぐに馬車は出発する。