期限間近
「すいません。俺に奴隷を買う気はありませんよ」
俺はハンズさんに念を押す。
「ええ、構いませんよ」
ハンズさんはあっさりと返答する。
「あなたは商人なのに無欲なんですか?」
「別にそんなわけないですよ。その証拠に私はあなたにアステルの話し相手を押し付けているじゃないですか」
「それはそうなんですけど……」
「ブラックさん、あなたは知らないと思いますけど、アステルはかなり気難しい性格なんですよ」
「アステルが?」
あんなに無遠慮で、明るいのにか?
「ええ、あの美しさですから、以前から良く話しかけてくる方はいたのですが、いつも素っ気ない態度だったので買い手が付かなかったのですよ」
ハンズさんは言いながら、何かのリストを出してきた。
「これは?」
「ここ一カ月でアステルを買いたい、と言っている方々の順番待ちリストですよ」
そこには十数名の名前が書かれていた。
「これだけ希望者がいるのですから、あなたの権利が失効したら、アステルをオークションにかけようと思っています。私の予想では今の三倍、金貨三百枚前後の値段が付くと予想しています」
こういうことを言うところはやはり奴隷商人だな、と思ってしまった。
人が良さそうなハンズさんだが、彼にとってアステルたち奴隷は商品であり、それ以上でも以下でもないのだ。
でも、それが彼の仕事であり、需要がある以上、怒りも否定もしない。
「もし、ブラックさんがアステルを買うのでしたら、一番初めに提示した金貨百枚でアステルを買って頂いて構いませんよ。それでも大きな儲けですからね」
「…………だから、アステルを買うつもりはありませんよ」
何度かしたやり取りなのに、今日のハンズさんは笑った。
「あなた、今、一瞬、間がありましたね。アステルを買おうという考えが少しだけ出てきたのではないですか?」
俺の少しの変化にも反応するのはさすが商人だな。
「まぁ、正直、アステルがいる生活は楽しいかもしれませんね」
「でしたら…………」
「しかし、奴隷を買う気になれません。そんな金銭も無いですしね」
「まぁ、あと一カ月は期間がありますから、どうぞお考えください」
それからも俺は時間を見つけてはアステルへ会いに行った。
別に内容のある会話をしているわけじゃないが、楽しかった。
それにギルドにいる時、声をかけられることも多くなった。
その殆どが臨時のパーティを組んでくれという誘いだ。
「なぁ、どうして最近、俺はパーティに誘われることが多くなったんだ?」
ある日、一緒にクエスト行った冒険者に聞いてみた。
「それはあんたが奴隷と楽しそうに話しているところを俺たちが見たからさ」
「意味が分からない」と俺が返すと、
「あんたは今までちょっと近寄りがたい雰囲気があったんだよ。だから、実力があったのに誘いづらかったのさ。でも、奴隷の子と楽しそうに話すあんたと見て、みんなの印象が変わったのさ。実際にこうやって、パーティを組んだら、あんたが良い人だって分かるし、評判良いよ」
どうやら、俺の知らないところでかなり評価が上がっていたようだ。
パーティでクエストを行うようになってからは、ギルドのクエストでもソロの時よりも多くの金銭を稼げるようになった。
ハンズさんからの仕事もこなしている俺は短時間でかなりの金銭を得た。
それなのに俺はなぜか豪遊しないで、その金を貯めている。
生活費以外に使う金銭はアステルに買っていく食べ物や飲み物くらいだ。
「何やっているんだかな……」
こんなことをしても金貨百枚なんて貯まるわけがない。
アステルの取り置きが切れるのは明後日だ。
いくらハンズさんから割の良い仕事を紹介してもらっているといっても所詮は冒険者の稼ぎだ。
金貨十枚。
それがこの二ヵ月、ハンズさんの紹介とギルドのクエストを一生懸命こなし、無駄遣いをせずに溜められた金貨の枚数だ。
これでも魔法の使える俺は使えない人よりも金銭を稼げる。
俺はまともな職業に就いたことはが無いが、魔法を持たない者なら金貨十枚を稼ぐのにどれだけかかることやら…………
金貨百枚なんて途方もない数字だ。
「まともに働いていたら、絶対に金貨百枚なんて稼げないが…………」
俺は汚れた小袋を確認する。
街で得た金貨と違い、見た目も入手経路も汚れているが金貨は金貨だ。
枚数は百枚を超えている。
「まぁ、俺自身じゃなくて、アステルの為に使うと思うかな。あいつに出会ったおかげで俺は色々な仕事を受けられるようになったし、恩返しはすべきだよな」
誰もいないのに言い訳のように俺は言う。
明日、この金貨を持って、アステルを買いに行こうか。
別に買った後、奴隷にしなくてもいい。
アステルを解放して、彼女が進みたい道へ行ってもらおう。
そんなことを思って、それは眠りにつく。