アステルの経緯
今回のみ、アステルの視点になっております。
ご了承ください。
人生は天候のようだ、といつか読んだ本に書いてあった気がする。
昨日、晴れていても今日は雨かもしれない。
ううん、もしかしたら、一時間で晴れから豪雨に変わることだってある。
その表現はまさに私の人生に合っている。
そこそこ裕福な商人の家庭に生まれた。
学校の成績はいつも一番だったし、将来はお父さんの後を継ぐか、独立して商人になるつもりだった。
でも、私が十七の時、お父さんの商売がうまくいかなくなる。
心配になって何度も「大丈夫なの?」とお父さんに聞いた。
お父さんはいつも視線を逸らしながら、「大丈夫」と言うだけだった。
嘘をついているのなんてすぐに分かった。
でも、いつかはうまくいくと思って、見ないふりをしていた。
私が何かすれば、運命が変わったなんて自信のあることは言えないけど、もっと私やお母さんはお父さんを支えるべきだったのだと思う。
結果、お父さんの商売は取り返しのつかないほど失敗して、お母さんはどこかに行っちゃった。
お母さんはずる賢くて自分が一番大事、という人だった。
もしかしたら、色々と勘付いて準備をしていたのかもしれない。
そして、逃げ遅れた私は二つの選択肢を迫られた。
娼婦になって時間をかけて借金を返すか、自分自身を売って一括で借金を返すか。
あの時の私はどうでも良くなっていたんだと思う。
だから、自分自身を売って借金を返した。
ハンズさんの店に来てからは与えられた個室でボーっと毎日、街の通りを見る生活が始まった。
そんな毎日の中で目を引く人に出会えた。
ブラックさんだ。
ブラックさんは朝の早い時間にあの店の前を通る。
そして、遅い時間に帰って行く。
それだけなら多分に何も思わなかった。
でも、彼はどこか、他の人とは違う雰囲気を持っていた。
商家の娘だった私は幼い頃から色々な人に出会ってきたけど、ブラックさんの雰囲気は誰とも違う異質なものだった。
危険で、悲壮感があって……
でも、話す機会はないと思っていた。
それなのにあの日、ブラックさんは雨宿りの為に奴隷商店の前で足を止めた。
その偶然に感謝して、私がブラックさんに声をかけると彼はとても紳士的だった。
話している間は危険な雰囲気を感じられず、思い違いだったのかな? なんて思ったけど、やっぱりブラックさんは時折、普通とは違う雰囲気になる。
どこかのタイミングで踏み込もうと思っていたけど、ブラックさんはその隙を見せてくれない。
今日が彼と会う最後の日になると思っていた。
ハンズさんから取り置き期間が終わったら、私をオークションに出すと言われていたからだ。
だから、今日はゆっくりと話をして無理やりにでもブラックさんがこの街へ来る前に何をしていたかを聞こうと思った。
多分、話してはくれないけど、表情の変化で何かは感じることは出来るかもしれない、って自信はあった。
今日はそんな些細な出来事が起きるはずだったのに……
「なんでこうなったのかな……?」
自分でも驚くことに私は笑っていた。
奴隷になった以上、幸せになれない。
その覚悟はしていた。
だったら、これは幸運だ。
生き地獄を体験しなくて済む。
あとはどんなふうに死ぬかだけど…………
「ゴブリンに嬲り殺されるのは嫌だな……」
私はジリジリと迫るゴブリンに合わせて、後退した。
そして、後ろには水堀が迫る。
私が水際に追い込まれると観客席から溜息と怒号が聞こえてきた。
「ふざけるな!」
「ゴブリンくらい倒せ!」
「魚に食い殺されたら、面白くない!」
私は最期に観客席を見渡した。
ランズベルクという貴族が主催なら、ここに来ている人たちも貴族とか地位のある人だろう。
そんな国を支える人たちが、人の死ぬところを見て熱狂するなんて、狂っている。
私は奴隷かもしれないけど、あなたたちは化け物!
「…………」
私は深呼吸して、もう一歩後ろに下がった。
もう地面はない。
一瞬の浮遊感の後、私は落下する。
食べられて死ぬまで、どれくらい意識があるかな?
出来れば、早く意識を失いたいな。
いっそ、このまま水面にぶつかった衝撃で死んだり、気を失ったりしないかな。
私は死を覚悟して、目を閉じた。
しかし、私の覚悟を無駄になる。
いきなり発生した突風に体を押し上げられ、私の体は浮上し、地面へと戻された。
「えっ?」
初めはこの闘技場の仕掛けで、私を簡単に死なせない為だと思った。
でも、私は目の前の人物を見て、さっきの風が私を守る為の風魔法だったと理解する。
「まったくあと少し遅れていたら、取り返しがつかなかったぞ」
ブラックさんは少し怒ったような口調でそう言った。
彼の姿を見た瞬間、私は笑い、そして、泣いていた。
「アステル、これを着ていろ」
ブラックさんは上の服を脱いで、私へ渡してくれた。
「どうして?」
「何が?」
「どうしてここへ来たの? ううん、どうやってここへ来たの? こんな事したら、ブラックさんは……!?」
私の頭をブラックさんは優しく撫でてくれる。
「心配するな。今更、貴族に喧嘩を売った回数が一回増えたところで大したことじゃない。いいから、服を着ろ。そのままだと目のやり場に困る」
ブラックさんは私に服を渡して、向き直る。
「!?」
上半身裸になったブラックさんの背中には刺青が入っていた。
それだけなら驚かなかったと思う。
だけど、ブラックさんの背中にあった刺青は黒い狐だった。
そして、ブラックさんは鈎爪を両手に嵌める。
黒い狐の刺青に、武器は鈎爪。
それは大義賊『フーリー・タイガーズ』の特徴と一緒だった。




