ワッツ・ザ・エネミー
35.8
ハイダとウィッシュは教会を後にした。
ハイダは異世界から来たため、この世界のことを何も知らない。
「化身と言えど全て知っているわけではないからな……です」
「では一度、街の様子を見ていただきたいのです」
ウィッシュに連れられ、ハイダは街へ向かった。道中すでにおぞましい雰囲気を感じて五度吐いた。
「このシステムどうにかなりゃーせんかね、神」
内なるハウィター神に語りかける。
「どうにもならん。悪しきものに反応して聖なる力が働いているのだ。むしろ正常だ」
「過剰反応は正常と言えないんですが」
そんなハイダをよそに、ウィッシュは意気揚々と前に進む。
彼女は自分が化身を奇跡で召喚したのだと思い込んでいるからだ。
きっと、この功績があればお父様にも、みんなにも認めてもらえる。……なんて、そんな驕った気持ちはだめよね! 化身様に悟られちゃう。
「あのう、ちょっと待って……」
「はっ……どうしました……ってあれ、ハイダ様!」
振り返ると、ハイダは遠く遠くへ置いて行かれていた。
「ご、ごめんなさい! つい嬉しくて急いでしまいました」
「いやいいんですけど……あんまり離れないでほしい……」
「すみません、神に使えるものとしてなんたる失態! 自害いたします!」
「やだ重すぎるこの子」
ウィッシュは死ぬほど重かった。
「そうじゃあなく……単純に近くにいて欲しいんです」
ハイダはウィッシュに前を向かせ、後ろから両肩に手を置いた。
「よし、このまま進みましょう」
「ええ? わ、わかりました」
電車ごっこのようになる珍妙な真っ白二人組が完成した。
「この国って……いま、なぜ危機に陥っているのですか」
歩きながら、ハイダは尋ねる。
「悪しきものが迫っているのです」
ウィッシュは状況を珍妙に思いながらも答えた。
「その悪しきものというのは?」
「……黒い森です」
「黒い森?」
「俗称です。それはいつ生まれたかもしれない原始の存在。微粒の存在でした。それがいつしか大きくなり、病をもたらし、人々に悪の心を芽生えさせ、苦しめたものでした」
ウィッシュは少しばかり、声を張り詰めた。
「黒いモヤとなり、絡み合い、そしていつしか、森のように巨大な存在となった……」
「その正体は?」
「研究はしていますが、魔法による呪いの類なのか、それとも生き物であるのかさえ、まだハッキリとはしていません」
「可視可能な悪意とでも思うといい」
ハウィター神が囁いた。
「なるほどね」
よくわからん。
まあ、カビも雑菌もよくわからんままとりあえずハ◯ターかけとけばなんとかなるとは思っていたし、似たようなものだろう。
ハイダは頷いた。
「森というくらいだから、根源的な塊みたいなものがあるのかな」
「……ええ、そうです」
ウィッシュは立ち止まる。少し肩に力が入っていた。
もしかして、これはセクハラになっていただろうか?
ハイダは彼女の肩から手をそっと離した。
少し間が空いて、彼女は振り返った。
「さあ、着きました! 元々は……自慢の街並みがあったのですが」
気がつくと街の入り口だろうアーチがあった。
「……うっ」
ハイダは顔をしかめる。
確かに、アーチは立派で、石畳も素晴らしいものなのだが、そこかしこが黒ずみ、淀んだオーラが街全体を覆っている。
「ごめんもう少し肩を借り」オロロロロ!
「ハイダ様ーーーー!!!」
六度目のゲロである。
人の気配がある分のせいなのか、瘴気が濃い。なんだか入るのを躊躇してしまう。
ハイダはウィッシュのそばにピッタリと寄り添った。
「あの……ハイダ様、大丈夫ですか」
「君はよく耐えられるね」
「え、いや、嫌な感じは確かにしますが……その」
自分には、力がない。
そうとは言い出せない。聖女失格だと、神の化身にばれて仕舞えば即座にお役御免だからだ。
押し黙ったウィッシュをよそに、ハイダは安堵のため息をついた。
「君の周りは空気が綺麗だから助かる」
「えっ」
ウィッシュは顔を上げる。彼女の表情でハイダは何か変なことを言ったかもしれない、と思った。
が、それでも構わない。己の身と精神が守れるならば、彼女のそばにいる方が利点だ。
「だから、街に入るなら俺のそばから離れないでほしい……」
「……わ、わかりました!」
再びウィッシュは前を向き、ハイダは両肩に手を置いて街へと進んだ。