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拝田、改め化身ハイダ

37.1



 拝田が意識を取り戻してまず感じたのは、妙にカビ臭いな、ということだった。

 普段見ないフリをしている風呂場のカビが目についてしまい、気になってモヤモヤが晴れない。それが百倍にも膨れ上がったような感覚だ。

 目を開く。自分はどこかに座っている。手の甲が見えた。……爪の色が白い。マニキュアなんぞ塗った覚えはない。

 視界の端で揺れる白い何か。触って確認する。これは、髪の毛だろうか。

 自身になにが起きているのか、拝田は理解できずにいた。

 ハイ……ウルトラ・ハウィター神とは、自分が死の間際に見た戯言の夢ではなかったということだろうか。

 ふと顔を上げると、ひとりの少女が膝をついてこちらを見上げている。

プラチナの髪をした、真っ青な瞳の少女は愕然とした表情をしていた。

 美少女、という第一印象を、少し痩せ気味だ、と拝田は上書きした。好みの問題ではなく、病的な細さがあると感じたのだ。

 あたりを見回すと、どうやら教会らしいと感じた。

 彼自身教会というものは、知り合いの結婚式やテレビで紹介される海外の歴史ある建造物でしか見たことはなかったが、それとよく似ている。

 カオウ星のなんちゃら国というのも、あまり地球と大差ない文明を送っているのかもしれない。

 さて、自分はどうしたらいいのだろうか。誰もいないところでハウィター神からOJTを受けようと思っていたのだが、こうも最初に人に見つかってしまうとどう自分を説明したものかわからない。

 とりあえず座ったまま手を挙げ、意思疎通を試みる。

 少女はびくりと肩を震わせた。

 言葉は通じるだろうか、と発そうと息を吸い込むと、凄まじいカビ臭さに具合が悪くなり、

「……オロ」

 吐いた。

 通常的なゲロではなく、白濁の嘔吐物が口から溢れる。とめどなく溢れる。

「!??!」

 拝田は咄嗟に座っていた椅子を立ち、その後ろに周りゲロった。オロローーーーッ!

「キャーーーー!?」

 少女の悲鳴が響く。

「ごめ、ちょ、ちょっとまってね」オロロ。「ウォォエちょっと何これ、なあ、おい、ハウィターしンロロロ!」

「聖なる力である」

 ハウィター神の声が脳内に響いた。

「オロロロロ!?」口から出るタイプの!?

「まあ聖なる力を授かった場所から出るのが常設である」

「ロロロウェップ!」いろいろ最悪じゃないですかね!

「しかし教会ですら浄化が必要であるとは、よほど侵攻は進んでいると見えるな……」

「オロ冷静に考えこまないでくれませんかウェ……」

 ぜえはあと息を切らし、拝田は出すだけ出した。

 どうすんだよ。

 女子の前でゲロ吐くとか一番最悪だよ。

 拝田は怠惰であった。だが一段と自意識が強く、過剰な羞恥心を持ちあわせていた。その自意識過剰さを発散する手立てを持ちあわせず、それゆえに怠惰であった。当然嘔吐という最悪な身の恥晒しというものに耐性がなく、今までのさまざまな些細な恥が、走馬灯のように過ぎる。今すぐ殺してくれと願うばかりであった。

 ふいに吐き気は治った。背に、優しい温もりを感じる。

「あの……大丈夫ですか……?」

 少女はか細い小さな手で拝田の背をさすり、心配そうに覗きこんだ。

「……だ、大丈夫……です」

 最悪だ。泣きそうだ。こんな自分よりも年下だろう少女にゲロの介抱をさせるなんて、最悪にも程がある。けれど見ず知らずの人間がゲロを吐いているにも関わらず、手を差し伸べらる彼女はなんと心が優しいのだろう。

 そう思いながら向き合った時、彼女の瞳に映る自分の姿を初めて確認した。

 黒かった髪は真っ白になっていて、よく見るとまつ毛も白い。

 これがハウィター神と融合したからなのか、とんでもないストレスのせいなのかはわからない。とにかく姿は妙な変化を遂げたらしい。

 見つめあっていると、少女は目を逸らした。それはそうだよなあ、と拝田は地味なショックを受けた。

 ウィッシュ・キュキュの視線の先には、先程目の前の男が口から出した白濁の波があった。その波はじわじわと、教会を腐食していた悪しきものと混じりあい、その黒き網羅が退いていく。

 ウィッシュはまさか、と呟く。

 純白の髪を持つ神の化身。内から湧き出る聖なる力より施しを与える——。

 青年の容姿をもう一度見る。まっさらな白。内から湧き出る聖なる力……とは、まさか?


「あなたがハウィター神の……?」

「あ? ええと、ハイ……ハウィター神のそのー、け、化身といいますか……」

 そこまで言い、拝田は顔を高速で背ける。

 キッッッツ!

 自分で「化身」とか名乗るのキッッッツ!

 顔が急速に熱を持つのを感じる。具合の悪い顔色だろう。

「事実を述べたまでだろう」

 内なるハウィター神が語りかけた。

「こうなるなら俺の自我を殺してくれた方がよかったです!」

 小声で抗議した。

「それでは君を生き返らせたことにはならないからなあ」

「妙な慈悲は人を追い込みますよ!」

「まあ、まあ、神の化身らしく振舞ってくれ。ここは私の信仰にも関わるのだから」

 信仰の云々についてはどうでもいいが、まあ、言われたことだけはこなしてやろう。

 そう、言われたことだから、俺の意思ではない、

 さて化身とはどのように振る舞うべきか。とりあえずハウィター神の態度でも真似するか。

「最初は適当に言うんで、どうしたいか言ってください。俺が神託として喋るので」

 拝田はこっそりハウィター神にささやいた。


 青年は背けていた顔を、ウィッシュへ戻してゆっくりと顔を上げ、立ち上がる。青い瞳が凛としてウィッシュを見下げる。

「いかにもそうだ、俺……私がウルトラ・ハウィター神の化身、『ハイダ』である」

「ハイダ……様」

「君はハウィター神の信仰者か?」

「は、はい、そうです! ウィッシュ・キュキュと申します」

「ならば話は早いな」

 化身と名乗った青年、ハイダは佇まいを正し、息を吸う。

「神は嘆いている!」

 演説のように、声は教会に響く。

「この国が悪しきものに侵されている事実に! 及ばぬ自身の力に! そして、神は言っている」

「ウィッシュ嬢。この男に協力をしなさい。ハイダは私であり、私はハイダである。彼の力を信じなさ……い」

 うわーなんかやだな。自信満々みたいだ……。

 拝田の脳内にはありし日の失敗がまた走馬灯のように駆け巡っていた。

 ウィッシュちゃんだっけ、多分引いてるよなー。こんなこと見ず知らずのオッサンに言われても、は? って感じだよな。さっきまでゲロ吐いてたしな。関わりたくないよ、俺だったら。

 ちらりと視線を下げると、少女は真っ直ぐにすんだ瞳で拝田——改めハイダ——を見上げていた。

「喜んで……!」

「えっ!? あっ、そう…………そうなるんだ…………」

 底なしのピュアだ。インターネットビジネスとか、寄附金詐欺とかに引っかかりそう。「困っている人がいます」と書いておけば、すぐに釣れそうだ。

「この流れで言うのもなんだが、君は疑わないのか?」

「だって実際に奇跡が起きたのですから!」

 彼女の視線につられて、教会を見渡す。先ほどよりもカビ臭さが減り、嫌な感じが薄まっている。

 足元を見ると、先程の白いゲロ……もとい聖なる力は広がり、白い光となって、教会を腐食していた黒いモヤや蔦のようなものを消している。浄化している、ようにも見えた。

「マジで?」

「マジだ。これでわかっただろう」

 内なるハウィターは語りかける。

「ハイダ。君はこの力を使い、この世界を救うのだ」

 救う、と言われてもピンとはこない。正直なところゲロを吐いただけである。

 しかし、ウィッシュと呼ばれた少女のまなざしから光線が出ているかと感じるほど強い期待を感じる。

 言われたこととはいえ、あれだけ啖呵を切ったのだから断るということも難しい。何もかも面倒になってきた。

「俺はどうすれば……」

 ハイダは呆然とこぼす。

「簡単だろう。言われたことだけやればいい」

 内なるハウィター神が答えた。

 ハイダは少し顔をしかめて笑い、ため息をついた。

「……まあ、言われたことだし、やりますけど」


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