ウィッシュ・ミーツ・ゴッド
37.5
誓約の国ヒヨハクは高貴・純潔・信頼の誓いをハウィター神に立て、その加護を受けたと言われる宗教国家である。
大なり小なりハウィター神の教会は存在し、それは国を守り、邪悪なものを寄せ付けないとされていた。それも過去の話——もう五年は前の話である。
眩い白の輝きを持っていた街並みは黒く腐食し、荒廃した民家には、飢えた住人が等しく存在していた。農作物は枯れ、家畜は病気で死に至り、人々の心は飢えと不安で限界を迎えている。
荒くれ者が蔓延るようになり、暴力や窃盗など犯罪が絶えず、国を去るものも多くなかった。
かと言って、魔の病に冒された土地の人間を受け入れる国などはそうなく、門前で殺されるか、受け入れられたとしても、生きる術などそうなかった。
ウィッシュ・キュキュは、腐食の進む教会でひとり、祈りを捧げていた。
白にも等しい長いプラチナブロンドはやや艶を失い、白い肌はもはや病的ですらある。だが、底抜けに深い夜空のような瞳だけは灯火のように力強い。国がどれだけ廃れようと、彼女は美しさを失うわけにはいかなかった。ウィッシュ・キュキュは聖女であり、法王の娘である。
彼女の役目は、ハウィター神を顕現させることであった。ハウィター神がこの世に顕現しさえすれば、この危機を脱することができる。それなのに、なぜ、神は応えないのだろう。
きっと自分になにか至らぬ点があるのだ。プレッシャーに折れそうになる心を、彼女は己を律することで保っていた。
ウィッシュは神を見たことがなかった。けれど、神というものを信じていた。それはこの国が宗教国家であり、神の教えがあり、伝説があったためだ。
純白の髪を持つ神の化身。内から湧き出る聖なる力より施しを与える——。
もっとも国の教えは、すでに国民へは届かぬものとなっているが。
誰も信じてはいない。神などはいない。口が裂けても言えないが、国民たちは絶望しきっている。
せめて、神に匹敵する奇跡さえ起こすことができるのならば。
彼女の容姿は、少なからず器に値する。いざとなれば己の身を、神に捧げる気でいた。もはや廃れた教会へ護衛もつけず来たのもそのためである。いざとなれば、が、来てしまったのだ。
教会の祭壇には、神のために置かれた玉座があった。その場だけは聖域のように潔白に輝いている。
そこに座るものは誰もいない。
ウィッシュは祈る。
神よ、ハウィター神よ。もう限界なのです。
教会のみなさまや魔術師のみなさまは、国を守るため尽力してくれています。
ですが、どうして私には、法王の娘であるにも関わらず、なんの力もありませんのでしょうか。
もう嫌なのです! 何もできはしない、お飾りの聖女だと罵られるのは。このままでは、私の心は悪しきものへ染まってしまう……。
この身を貴方へ捧げます。ですから我々に、この悪しきものたちを退ける力を、授けてください。
そうすれば私は、この国を救うことに、より貢献ができるのです。
お願いします。私になにか、できることを……。
しん、と教会は、静まりかえっている。
ウィッシュはきつくつむっていた目を開く。
やはり、自分は奇跡など起こせない。なんの力もない。どれだけ修行をしても、勉強をしても、聖なる力など宿ることはなかった。ならば器になり得るためだったのでは、と思いもしたが、それは父親が許さない。
何もできず、この国は滅ぶ。
ひとつ、涙が落ちた。
ホコリのかぶった絨毯に濃いシミがぽつりと作られた。
瞬間、眩い光が、祭壇の方向から放たれる。
顔を上げれば、玉座が純白の光に包まれていた。教会を包む煤けた雰囲気を払い、浄化していく。
「まさか……!」
ウィッシュは指をきつく組み、高まる動機を押さえつけて光の塊を見つめる。輝きは増し、目を開けられないほど。ウィッシュは目を瞑る。
徐々に収まる光。ふっとまぶたを開き、ウィッシュははっとした。
玉座には項垂れて座る、青年の姿があった。
純白の髪。純白の服。伏せられたまつ毛までが白く、まるで最初からそこにあった石像のように、玉座には収まり、沈黙をしている。
白き青年は目を開く。その瞳は濃紺で、宇宙を取りこんだような深さだった。