ウルトラ・ハウィター神
熱
拝田聖の意識は宇宙にあった。
遠くも近くも恒星が輝き、土星には輪があり、太陽は燃え盛り、地球は青かった。
だが宇宙であると気づけるほど、拝田の意識ははっきりとしてはいなかった。昔一度だけ行ったことのある、プラネタリウムのことを思い出していた。ただ、プラネタリウムはもちろん地面があった。いまは地面などはなく、天も地も右も左も空間、空間、空間である。
自分の死体はどのくらいで発見されるのだろう。
拝田は漂うまま考えた。
未読無視などよくするし、正直見つかるにしても、よくて半年か。なるべく腐る前に見つかるのならばありがたいが……。
そもそも、自殺だと思われては困る。ましてや母親が殺人を企てたと思われるのも困る。あれは事故なのだ。自分が確かめなかったのが悪い。
母親はよく端折る人だった。そして天然だった。母親との会話の内容を理解しないまま適当に返事をして、突拍子もないことにつきあわされたことはよくあったのだから。
後悔をしても遅いが、何か親孝行の一つでもしてやればよかった……。
拝田はそうも思いながら、目前の宇宙をぼんやりと眺める。三途の川はなく、美しい花もなく、雲の上ではあるが、ここは天国ではない。神から母への伝言が伝えられることはないのだろう。
「ハイダ」
声が聞こえる。どこに反響しているのかわからないが、エコーのかかる荘厳な声だ。
宇宙は真空だというが、自分はもう死んでいるのだ、そんな物理法則は無視だろう。
声のする方へ向くと、おそらくは自分の数十倍は大きいだろう、後光を放つその存在が目に入る。
巨大なハ◯ターが宇宙を漂っていた。
その緑のプラスチック体躯、ピンクのボトルキャップ、そして胸(胴?)に輝く青地に白で書かれる「キッチンハ◯ター」の文字。紛れもなく実家で愛用をしている人気メーカーの漂白剤そのものだった。
「申し訳ないことをした、ハイダヒジリ」
「しゃべった」
どこが口とも知れないプラスチック容器が語りかけていると気づけたのは、ここが宇宙であり、ひとりと巨大なひとつの存在のみが異物であったためである。
「私はハウィター。ウルトラ・ハウィター神の地球での化身だ」
「ウルトラ・ハウィター」
「神だ」
「しん」
こだわりのようである。
「カオウ星にある誓約の国ヒヨハクでは、私は神とされている」
「うちではめちゃくちゃ量産されとりますが……」
「この化身となり分け与えている」
「化合物でなく」
「私の世界では悪しきものの浄化ができる作用があるのだが、どうやら地球では生き物にとって毒物となるようだ」
「ソウデスネ。誤飲って割とあるんで……赤ちゃんとかね」
「君は死んでしまったな」
「死んでしまったなあ」
自分はもしや赤子だったのかもしれない。そうであればまだ救いはあった気がする。
「ハウィター神の化身であるこの私は、知らなかったのだ」
「神も無知があるのですか」
「大企業の社長が末端を知らないのと同じだ」
「そんな会社ばかりじゃあないですが」
結構地球の俗世を偏見で見ているな、この神は。
ハウィター神は宣う。
「どうだろう。お詫びと言ってはなんだが、代わりに私の命を君にあげよう」
「ハ◯ターの命」
地球には漂白剤の命という概念はない。強いて言えば付喪神の概念はある。一瞬考えた末納得した。
「ていうか、そうなったらどうなるんだ?」
「君と、一心同体になるのだ。そして私の世界を守るために働いてほしい」
「俺の世界に返してくれない」
「地球では私の聖なる力は強すぎるからな。人の形を保てないだろう。地球の私と同様の姿になるが良いか?」
よくない。
自我を持ったハ◯ターとなるのは地獄ではなかろうか。
拝田は大人しく首を横に振った。
「いま我が国はピンチなのだ。悪しき手に落ちようとしている。顕現する器を求めていたところだ。君は生き延びるし、私は器を手に入れる。利害の一致ではないか?」
ハウィター神の言葉に考える。
利害の一致ではない。そちらに利があり、こちらは害を受けたというだけの関係性であるし、それはお詫びと言わない。
ハ◯ターの力が神のいう世界ではどんなものなのかもわからないし、今まさに詐欺られている気分だ。
そもそも、自分には生きる目的がなかったわけで、未練といえば親に対して申し訳ないというくらいである。急に、与えられた使命がデカすぎる。規模が掴めない。
「世界を守るっていうと……なんですかね、俺は何をしたらいいんですかね」
「私の化身となり、聖なる力を奮い世界を浄化してほしい」
具体例が欲しいのだが、多分この神にとっては当たり前すぎて説明しがたいことなのかもしれない。
「一心同体なんですよね」
「そうとも」
「じゃあこの先も話せます?」
「君が望めば」
まあ都度聞けば良いか。
OJTがあるならそれで構わない。言われたことをやりさえすればいいのだ。
考えるのが面倒になった。このまま宇宙で彷徨い続けるのも魅力的なのだが、ハウィター神なるものの神託(?)を蹴ったら何が起こるのかわからない。また肉体に戻って死の苦しみを味わうのかもしれない。頑張れば生き返れるかもしれない。
だが、面倒であった。
見苦しい足掻きはしない。なるようになるしか、この世はできていないのだ。
「とりあえずあなたの力を発揮できればいいんですね?」
「そうだ。うまくいけば君は英雄になれるだろう」
「失敗したら?」
「うまくいくだろう。君は私の加護を受けているのだから」
……ハ◯ター飲んだってこと?
拝田はしばらく押し黙り、口を開いた。
「まあ、わかりました。……ずっと考えてたんですけど」
わかりましたと聞くや否や、続く拝田の言葉に返さずウルトラ・ハウィター神は光輝き出した。
拝田は構わず続ける。
「この状況どっかで見たことあると思ってたんですけど、これウルトラマ」
拝田の目前は眩い白の光で満たされた。