プロローグ
ワクチン2回目でめちゃくちゃ熱が出たので書きました。誤飲には気をつけよう。
拝田聖は掃除の行き届かない台所にうつ伏せていた。
止まらぬ吐き気と目眩にやられ、体に力も入らなくなる。視界がじわじわと暗闇に侵食され始め、その暗闇には、眩い緑の閃光が倍速で飛び回る大群の小虫ように這っている。
拝田の手に握られたペットボトルからは、先ほど口にした白濁の液体が流れ、フローリングに広がっていく。浅い溝に入り込む様子を、ぼやけた視界で見る。
拝田は思う。
俺は死ぬのか?
この男はおそらく死ぬ。二十五歳で死ぬ。何も成さずして死ぬ。ただし男には夢も希望も兆しも後悔も特にはなかった。それだけが救いである。
この男は死ぬ。救急車も呼んでおらず、なおかつさもしい一人暮らしであり、細々とした交流があっても日々訪ねてくる友人などは、いないからだ。
なぜこれほどまで自分は惨めなのか。その惨めさに酔ったことはなく、かといって幸せを感じていたわけでもない。何も感じないとはいわない。ただ広大な宇宙の大きな刻の流れにおいて、自分という小さないち生命体の存在の一喜一憂などこの世には関係がない。それなのに自分の惨めと言われる所以は何か。拝田はつねづね考えていた。
怠惰だからだ。
何においても怠惰。衣食住において、親の生活支援がなければ成り立たぬ生活態度。仕事では言われたことのみをこなし、その他人の目に触れぬところには一切の手をかけず、時期が迫ってから焦る。
部屋の片づけは見える部分と生活スペースのみで、クローゼットの中は畳まれていない段ボールだらけ、仕分けのされていない季節のちゃんぽんになった服の山、親からの仕送りに入っていた漬物はかびていた。彼の部屋は「一見すると何もないゴミ屋敷」だった。
こんなことならば掃除をしておけば良かった。
母親はきっと、悲しむだろう。息子が喜ぶと思って作った漬物が、よもやタンスのこやしならぬクローゼットでこやしになっていようとは。
違うんです、後で食べようと思っていたんです。洗えば食えるだろうと思っていたんです。
痺れる手足には力が入らず、弱い呼吸を続ける。
拝田は薄れゆく意識の中で祈った。
神様、頼みます。
どうか、母親に、伝えてください。
なんのラベルもないペットボトルに詰め替えたハ◯ターを、食用品と一緒に送るのを、やめるようにとお伝えください。
薄暗い台所を、半開きの冷蔵庫の光がぼんやりと照らしている。漂白剤を誤飲した男は、パッタリと力が抜けた。
テーブルに置いていたスマートフォンが鳴った。彼の母親からのメッセージが入っていた。その既読はつくことがない。
冷蔵庫が震え、ブーンと唸る音だけが、部屋に響き続けた。