4. 冷感商法
俺の名は多摩川菊斎。大学生になったばかりのピカピカの一年生だ。
入学してまだ二か月も経っていないのに色々あった。
最近では、宴会している電車に酔っ払って迷い込んだのだが、勢いで裸踊りをしたら絶賛を浴びた。
正直に言うと、酔っぱらっていて記憶は途切れ途切れで、今思い返してもあの人達は何者だったのか謎である。しかも、何か埋め込まれたし。
まあ、それで体調不良になるような事は無かったので、そのままにしている。むしろ、暗算が得意になった。
ゴールデンウィークが終わってしまった。
大学の講義室に入ると久しぶりに友人の顔を見た。
信濃柳都は最初に仲の良くなった友人だ。
「よう、信濃。久しぶり」
俺は信濃の横に座る。
「多摩川、ご機嫌だな。分からなくも無い。話は聞いたぞ」
「話? 何の?」
「お前、平瀬に告ったんだろ」
「え?」
身に覚えが無い。
「とぼけるなよ。八海ちゃんから聞いたぞ。『平瀬は俺のものだ。一生大事にする』って言ったんだろ。スゲーよ。それを聞いて震えたね」
ゴールデンウィークの後半で旅行に行ったんだよな。
平瀬千歳は高校の時の同級生とダブルデートする事になったが、彼氏がいなかった。そこで、俺が彼氏役として同行したのだ。
確かに帰りの新幹線でそんな事を言った気がする。
平瀬の寝顔の写真を黙って撮っていたのがばれたのだ。
消したくなくて言った言葉だが、告ったことになっているのか。
信濃の情報源は魚野八海か。魚野は平瀬の親友だ。この三人は同じ高校だったらしい。
「ま、まあな。俺も言う時は言うんだよ。で、他に何か言ってた?」
本人に告った覚えが無いので、そのチャレンジが成功したのかどうかも分からない。
「なんか、平瀬のテンションが高いらしいぞ。何度も告られ話をしてきて、うざいって言ってたな」
うーん。微妙な情報だ。それって成功なのか? 告られたのは嬉しいけれど、付き合うとは言ってませんっていう可能性は……無いとは言えないか。
「まあ、八海ちゃんも『親友に彼氏が出来て一安心』って言ってたよ」
なに? つまり、成功って事だな。
俺は安心感でちょっと気が大きくなり、信濃に旅行の戦利品を見せる。
平瀬の寝顔の写真だ。
「よくそんな写真が取れたな」
「誰にも言うなよ。恋人の寝顔の写真を携帯に入れていると親密度が上がるんだ」
「マジか。八海ちゃん、寝顔撮らしてくれるかなぁ」
適当な事を言ったら、信濃が真剣に考え出した。どんな結果になるか楽しみだ。
◆◇◇◇◇
あれから一か月。夏休みに彼女と旅行ができるように、今日も頑張ってアルバイトである。学生なんだから、勉強の方を頑張れと言われると耳が痛いが、これも社会勉強と言う事で聞き流す。
「きっくん。俺、配達いってくるから、レジお願いね」
「わかりました、店長。いってらっしゃい」
俺のアルバイト先は個人経営のコンビニ、『ファミリーマサト』だ。店長の名前は古角真人。アフロヘアーで見た目は怖いが、気がいいおっさんである。
来店する客はそれほど多くは無いのだが、オリジナルのお弁当が好評のようで、近くのオフィスとかへ配達もしている。
ここでアルバイトをしているのは、俺だけだ。俺はまだ免許を持っていないので、店長が配達をしている。
実は旅行できたのも店長から旅費を前借りできたからだ。この返済もあり、この一か月間は閉店まで働いた。
さっきも言ったが、このコンビニは飯時のお弁当ラッシュの時以外は殆ど人がいない。
楽なバイトなのだ。そうでなければ、毎日、学校の後に閉店までバイトなんて無理だ。
その分時給は低いけどね。
そんなアルバイト地獄の日々から只のアルバイトの日々になって、やっとバイトの無い日が出来た。学校も休みで外に出る予定も無い。
昼食を終えて、うとうとしていると、インターホンが鳴る。
今日は荷物が届く予定は無かったはず。そう思いながらインターホンに出た。
「はい、どちら様ですか?」
「あ、どうも。お忙しい所申し訳ありません。私、白鳥商会の田中と申します。この夏の新製品を紹介しておりまして――」
訪問販売か。余計な物を買う余裕は無いな。
「結構です」
「紹介だけでもさせて頂けませんか? 新製品もあります。もし、興味を持たれて買われる場合も、特別会員様なら更に二割引になりますよ」
「そう言われても。俺は特別会員ではないし……」
「えっ、特別会員ではない? おかしいな。反応はあるんですが」
「反応?」
「はい。特別会員様には特殊な信号を出す装置が付与されていまして、その反応が出ているのですが……」
何を言っているんだ。そんな装置なんて……あ、電車で埋め込まれたヤツかな。
これが何なのか知っているのなら、聞いておきたい。
「こっちの聞きたい事に答えてくれるのであれば、商品説明聞こうじゃないか」
「お客様の聞きたい事とは?」
「この装置について」
少しの沈黙があり、田中は了承した。
ドアを開けると、細身の男性が立っている。青いスーツとシルクハット。手に持ているアタッシュケースも青い。
「玄関で立ち話もなんだ。入ってくれ」
「それではお邪魔致します」
丸眼鏡をかけた顔がニコッと笑う。
色々聞きたいことがあるので、洋間で話を聞くことにした。
田中は帽子を脱いで、額の汗を拭く。
テーブルに着いてもらい、飲み物を出した。
俺は田中さんの向かいに座り、自己紹介を早々に済ませた。
「早速で悪いけど、これが何なのか教えてほしい」
「うちで買われた物ではないのですか?」
そう聞かれたので、埋め込まれた経緯を話した。
「正直、こんな装置は聞いたことが無い。あんたら何者ですか?」
そう聞かれた田中さんは、「うーん」と悩む。
「ま、いいでしょう。白鳥商会の本社は白鳥座方面にあるマゥ・カリマッカ星にあります。つまり、あなた方から見ると私たちは宇宙人ってことになりますね」
「宇宙人! 放射能とか垂れ流してないでしょうね?」
「そんな訳ないでしょう。それよりも、商品の説明をしたいのですが……」
こんな機会はめったに無い。多少無理はしても折角なので色々聞きたい。
「じゃ、何か買うから、もう少し話を聞かせてほしいです」
「そうですか。では、このダイヤの指輪なんかどうでしょう」
「そんなの買えるか! 買うのは説明してくれる『この夏の新製品』って言う物の中からです。貧乏学生にそんな期待をしないでもらいたい」
「そうですか。残念です」
渋々だが、田中さんは了承してくれた。
「それで、その本社のある星は遠いのでしょうね。 片道、どれくらいですか?」
「そうですね。地球からだと千二百光年くらいですか。片道三日くらいです」
「たった三日? 随分早いですね」
「宇宙船の移動には3DSが搭載されたゲートを使いますから」
「3DS?」
「はい。ドコデモ・ドア・ドライブ・システムです。天才科学者タビーノが竜の力を借りて開発したシステムで、二つのゲートを亜空間で繋いで移動します。かなり多くのエネルギーが必要になるみたいですね」
むむむ。なんか変なキーワードが出てきた。
「今、竜って言った?」
「はい。銀河帝国を支配しているのは竜族ですよ。常識です」
常識と言われても理解できない。スルーしよう。
「しかし、3DSか。凄いシステムだが、ネームセンスはショボイですね。地球からそんな宇宙船が出ていたとは」
「地球から直接は出ていませんよ。宇宙船はフォボスにある宇宙港から出発しています」
「フォボスって火星の衛星ですよね? そこまでどうやって……」
「電車が出ています。3DSは惑星上では使えないので、宇宙に出てから使います。片道二時間くらいですね」
「二時間? 火星まで二時間って早くないですか?」
「3DSの機能の一部を改良して出来た転送システムを使っているようです。小規模な転送しかできない上に距離もかなり制限されるようですが、こちらは地上でも使えるらしいですよ」
そんな電車があったのか。俺が迷い込んだのはそれなのか? と言う事は、俺は火星の近くまで行ったんだろうか。意識が無くて残念です。
「まあ、乗ることも無いだろうから、この位でいいか。あと、装置について何も聞いていないので、詳しく聞きたいですね。これは何なでしょう?」
「少し確認させてくださいね」
田中はスマフォの様な端末をだす。
「肩の辺りですね。ホウホウ。なるほど」
俺の肩の近くで端末を操作している。
「この装置は、単なる判別信号を出す物と特殊な機能を付けた高機能版があるのですが、これは後者ですね」
「特殊な機能って、どんなのか分かりますか?」
「基本で翻訳機能はあります。他は付加したい物を選ぶんですよ。何か言ってませんでしたか?」
「酔っていたから確かではないけど、それについては何も言っていないと思うな」
「そうですか。しかし、運がいいですね。高機能版は買うにしても色々な厳しい審査がありますから、誰でも手に入れられる物でもないのですよ」
「そんなの埋め込まれて大丈夫なのかな」
「その審査は『機能が使えるようになるか』の判断みたいですよ。誰にでも使える物ではないようです。高価な物ですし、適性のない者に売りつけては詐欺同然です」
「つまり、貰った俺に適正があるかどうかは関係ないってことか」
「そうですね。その機能は身体の補助をしてくれる物です。まあ、使いこなすのも難しいと聞きます。殆どの人が途中で諦めると聞きますよ」
「ふーん。俺は急に暗算ができるようになったのだが、やはり、こいつの所為か」
「ほう。既に使いこなしているのですか? ただ、暗算と言うのは少々機能が貧弱ですね。もう一度確認させてください」
田中が、また、肩の辺りで端末を操作する。
「意識してる訳でも無いから、使いこなしているとは言い難いですね」
「これは最新版の試作機のようですね。製品版ではないので詳しい機能は分からないです。調べますか?」
「いや、そこまでしなくてもいいですよ。貰い物だし」
「そうですか。そうだ、もし何かお困りでしたら、ここに連絡をください」
田中はそう言って名刺を差し出した。
「分かりました。ありがとうございます」
確かに『試作機』と言うのは気になるので、何かあった時に相談できる相手がいれば安心だ。
「しかし、翻訳機能というのは気になりますね。使えると非常に便利になるかな」
「宇宙は広いですからね。修理してもらうにも話が通じる方がいいですから。ただ、宇宙共通言語以外は、学習しないと使えないようですよ。それこそ母国語並みに話せるようになるは、かなり大変みたいです」
まあ、有っても無くても変わらないので、放置としよう。
「それで、田中さんの紹介する商品はどんな物なんだい?」
「私の方は、普通の商品です。この夏を快適に過ごせるような商品を見繕って紹介しております」
田中さんはそう言って青いアタッシュケースを開ける。
「紹介させて頂く商品ですが、その前に、新しく開発された新素材の生地の説明を」
そう言いながら一枚の布を俺に手渡す。持っただけで少し冷たく感じた。
難しい説明をされたが、どうも、より多く水分を吸収でき、速乾性も向上した繊維を開発したらしい。
そんな新素材の生地で作成された商品の紹介をしているそうだ。
「こちらが男性の定番ですね」
チラシを一枚手渡される。
「何でチラシなんですか? 実物を見せてくださいよ」
「実物は今、生産している最中でして、まだ我々の所まで商品が届いていないんですよ。今回は予約となってしまいます」
「俺は商品を実際に見て買う派なんですよ。チラシだけでは手を出さないですよ」
「えー。買ってくれるって言ったじゃないですか」
「サンプルぐらいは手に取って見たいですね。チラシだけではちょっと」
「仕方が無いですね。では、サンプルが出来次第また来ます。あと、白鳥商会のカタログと女性用のチラシも置いていきますので、ご検討ください」
田中さんは「次に来た時は何か買ってくださいね」と笑って帰って行った。
◆◆◇◇◇
平瀬が俺の自宅に来た。
料理が上手で休みの日に昼食を作りに来てくれる。
今日はカツ丼を作ってくれた。
「ごちそうさまでした。美味しかったよ。ちーちゃんは料理上手だよね」
「そんなお世辞言わなくてもいいわよ」
「俺、お世辞なんて言ったことないよ」
「そんな訳ないでしょ。それよりさ、その、……」
なんだろ、何か言い難い事なんだろうか。
「きっくんは、あの噂知ってるのかな?」
「噂?」
「えーとね」
平瀬がスマフォで何やら検索している。
「あった。これこれ」
スマフォには最近急上昇している噂話が出ていた。
「なになに。『恋人の寝顔の写真を撮ろう。スマフォに保存しておくと親密度が上がります』か」
うーん。どっかで聞いた気がするな。……あっ、俺が信濃に言ったホラ話だ。
「きっくんは私の、まだ持ってるのかな?」
平瀬は恥ずかしそうに聞いてくる。
平瀬の寝顔の写真は旅行の時にこっそり撮ったのだ。
「あれは俺の宝物だから、バックアップもしている」
「この噂知ってたの?」
「え?」
この答えはどっちだ。正直、俺のホラ話だから知る訳がない。だが、ここは嘘をついて知っていたと言った方がいいのか?
そもそも写真を撮ったのが付き合う前だから、彼女でもない女性の寝顔の写真を持ってる時点でどうなんだろ。
知らないと言ったら、恋人でもない女性の寝顔を撮る変態とか思われるかな。
では知っていたとしたら……。どっちも変態っぽい。
なんか上手く返さないと地雷を踏む気がする。
だが、あまり間を置くのもよくないな。
「当然、知っていたよ。その写真からパワーを貰って、ちーちゃんに告ったんだから」
平瀬は「告られた」とテンション高く魚野に報告していたらしいので、そのワードを入れて返事を返してみた。
平瀬は顔を少し赤くして「えへへへ」と笑顔になった。あの時の事を思い出しているのだろうか。
「わ、私もきっくんの寝顔の写真が、ほ、欲しいな」
……ぎょっ。そうきたか。恥ずかしいから勘弁してほしい。しかし、自分が撮って相手にダメって言えないよな。
「また、旅行に行こうか」
「うん」
平瀬は上機嫌で食器を片付け始めた。
ちなみに、信濃は魚野に「そんな噂に流されては駄目よ。日々の態度で表さないと」と言われたらしい。だが、俺は魚野に頼まれて講義中に寝ている信濃の顔を写真に撮って送っていた。
平瀬は部屋の隅に置いてあった白鳥商会のカタログを手に取った。
「きっくん、何これ? 通販のカタログ?」
「それは、訪問販売に来た人が置いていったんだ」
そう言えば、田中さんがカタログを置いていってから大分経つな。
平瀬はカタログをパラパラめくりながら商品を確認している。
「へー。色んな物を扱っているのね。うわっ、宝飾品もある」
「ちーちゃん。そんなの見ると目が潰れるよ」
「大丈夫よ。潰れるのはきっくんの財布だから」
平瀬が笑顔で俺を見る。言葉が出ない。
「なに真剣な顔してるのよ。冗談だよ」
「ち、ちーちゃん。そういう冗談止めようね。心臓に良くないよ」
本当に冗談だったのか? 心臓がバクバク言ってる。
平瀬はクスクス笑いながらまたカタログに目をやった。
そんな平瀬を肩肘を突きながら見ていてふと思う。訪問販売員の田中さんって宇宙人なんだよな。それを知ったら、どんな反応をするんだろ。
「ちーちゃん。それ持ってきた人は宇宙人なんだよ」
キョトンとした顔でこちらを見る平瀬。
「きっくん。そのギャグはイマイチだね」
なんかセンスの無い男と思われてしまったようだ。
この話題はあまり触れると墓穴を掘りそうなので止めた。
◆◆◆◇◇
ピンポーンとインターホンが鳴る。
誰だろ。今日は来客予定は無かったはず。
「どちら様ですか?」
「お久しぶりです。白鳥商会の田中です」
インターホン越しに田中さんの声が聞こえた。
「少々お待ちください」
来客中だと言って帰ってもらおうかとも思ったが、一応平瀬にも確認しておいた方がいいのかな? 欲しいものがあるかもしれないし。できれば宝飾品以外で。
「ちーちゃん、今話してた訪問販売員が来たけど、帰ってもらった方が良いよね?」
「私は気にしないから、入ってもらっていいよ」
「そうなの? じゃ、入ってもらおうかな」
玄関に向かいドアを開ける。この前と同じ、青一色の田中さんがいた。
洋間のテーブルへ案内する。
席に着く田中さんに、平瀬が飲み物を出す。
「ありがとうございます。お美しい方ですね。奥さまですか?」
平瀬はほんのり顔を赤くして笑顔を振りまく。
「あら、お上手ですね。妻の千歳です」
「田中と申します。訪問販売をしています」
「た、た、田中さん。こちら平瀬千歳さん。俺達は学生なので、まだ結婚は……」
俺と平瀬は田中さんの向かいに座る。
「そうですか。では、ご結婚は卒業後で?」
田中さんがぶっこんでくる。俺は話を変えたいのだが、平瀬が俺を遮る。
「ええ。でも、こればかりは先の事なので」
「実は白鳥商会では結婚式も扱っておりますので、ご用命の際には何時でも承ります」
田中さんはアタッシュケースから結婚式のカタログを平瀬に渡した。
平瀬はそのカタログを見て「うふふふ」と笑いながら妄想の世界へと入ってしまった。まあ、話題を変えるにはいいタイミングか。
「で、田中さんの今日のご用件は前回の続きですかね?」
「ええ。前回ご説明させて頂いた新素材で作られた商品を見て頂こうと思いまして」
アタッシュケースからTシャツを取り出してテーブルに置いた。
「やっぱり、この時期に勧めるとしたらインナーですかね。これから段々暑くなってきますから」
俺はそれを手に取る。持った瞬間少し冷たい感じがした。肌触りもいい。
平瀬が妄想の世界から戻っていて、こちらの話を聞いていた。
「きっくん。私にも少し触らせて」
持っていたTシャツを平瀬に渡す。
「わあ、凄い。ひんやりしているんですね。肌触りも良いわ」
平瀬がTシャツを俺に返す。
「夏の暑い日にはいいな」
値札が付いていた。ちょっと高い。物は悪くないんだけどな。
悩んでる俺の横で平瀬が田中さんと話しだす。
「田中さんて宇宙人なんですかぁ?」
田中さんは平瀬を見てから一呼吸おいてニコッと笑う。
「そうですね。みんな宇宙にいるのだがら、宇宙人ですかね」
「なるほど。じゃ、私も宇宙人だ」
平瀬と田中さんは和やかに笑ってる。
俺はもっと安い物は無いかと他の物を要求してみる。
「田中さん。他にはサンプルあるんですか?」
「本日は特別なアタッシュケースを会社から借りることが出来ましたので、サンプルと言わず、商品もお渡しできますよ」
「特別なアタッシュケース?」
「ええ。とりあえず、これを出しますか」
田中さんはアタッシュケースから色々なTシャツが掛かっているハンガーラックを出してテーブルの横に置いた。
それを見た平瀬はビックリして固まっている。
「おー。凄いアタッシュケースですね。どうなっているんですか?」
「このアタッシュケースは、この前お話した3DSの応用で4DPSと言う技術を使っているそうです」
うーん。確か3DSはドコデモ・ドア・ドライブ・システムだったか。推測するに4DPSのPはポケットだな。
「あの亜空間繋いでどうのこうのね。難しいからパス。でも、便利そうですね」
「興味があるのは分かりますが、個人で買うには少々無理があるかと思います」
「そうか、残念だ」
値段を聞くのが怖い。
平瀬が俺の袖を引っ張る。
「きっくん。どうなってるの? それおかしいよ?」
「ちーちゃん、気にしちゃいけないよ。ほら、宇宙人の田中さん」
「白鳥商会の本社は白鳥座方面にある、マゥ・カリマッカ星になります。本社への連絡は地球からでは困難かと思いますので、何かあった場合には私の方へご連絡ください」
田中さんは平瀬に名刺を渡した。
平瀬は名刺を見てから俺の方を向く。
「ほ、本物?」
「うん」
平瀬は台所へ行って何かを取ってきた。それを田中さんに向ける。
「え、えろいむえっさいむ」
右手にはにんにく、左手には割り箸で作った十字架。
「ちーちゃん、そのアイテムは対ドラキュラだよ。しかも変な呪文唱えるし」
田中さんは「はっはっはっ」と笑っていた。
平瀬を落ち着かせて話を元に戻す。
田中さんは平瀬に女性向けの服の掛かったハンガーラックを出してくれた。
俺と平瀬は出された服を一通り見てみる。
「うーん、インナーとかにこだわりは無いんだけど、全部高めだな。ちーちゃんはなんかいいのあった?」
「なんか、デザインが派手過ぎて、着れそうな物がないわ」
「多摩川様の方は新素材を使った製品なので高くなってしまいます。平瀬様の方ですが、銀河帝国領内では普通にみなさん着ているんですがねぇ」
田中さんはアタッシュケースの中をあさる。
「それなら、この冷感十点セット福袋はどうでしょう。セット価格で更にお安くなりますよ」
田中は大きい袋を取り出す。
「十点セットって、どのくらい安くなってるんだ?」
「そうですね、三割くらいだと思います」
うーん、十点セットねぇ。待てよ。安く手に入るんだから、友人の信濃に売るのもありだな。
「確か、俺は特別会員だったよな?」
「はい。セット価格から更に二割引きとなります」
「じゃ、それを買おう」
「ありがとうございます」
Tシャツならあっても困る事はないし、半分くらいを信濃に押し付けよう。参考の為に定価を確認しておいた。
田中は満面の笑顔で帰っていった。
肩に埋め込まれた装置に関しても、何か分かったら教えてくれるらしい。
買った商品はクーリングオフができるようだ。
「本当に良かったの? こんなの買っちゃって」
「うーん。実はね――」
俺は平瀬にサークルの新入生歓迎会後の裸踊りの事と、田中さんが前回来た時の話をした。
「なので、なんか買わないと格好がつかなくて。でもほら、田中さん言ってたじゃん。クーリングオフも出来るって」
「まあ、そうだけど」
「とりあえず、中を確認してみよう」
袋を開けて十点セットの中身を確認する。
「えっ?」
その中には十種類の色々な衣類が入っていた。
Tシャツとパンツはいい。まあ、靴下も許そう。
グレーのオーバーオールがあるが、オーバーオールなんて着たこと無い。
ベルトもあるが、特殊素材の意味があるのか? それに、ベルトをセットに入れるなら、オーバーオールは止めて欲しい。
他にはタイツ、手袋、マフラー、腹巻と、夏には御目に掛からない物まである。
「腹巻って、お腹を冷やさない為に使うと思うのだが……」
殆ど要らない物ばかりである。これじゃ信濃も手を出さないだろ。
クーリングオフ決定だ。福袋で良い物が入っていた記憶が無いぞ。
「きっくん。まだ、何か入ってるよ」
「ん? これで九品か。まだあるのか」
平瀬が袋の中から小さな箱を取り出す。
「なんだろ、小さいね。開けるね」
「あっ、ちーちゃんそれは」
箱を見てなんとなく分かった。
平瀬は箱の中を見て、赤くなって固まる。
箱の中身は冷感コンドーム。
俺の男心をくすぐられる。
確かコンドームって使うとクーリングオフできなくなるよな。セット品のひとつだから、全部クーリングオフできなくなるのか、それとも他のはできるのか?
いや、コンドーム以外クーリングオフって、何か見透かされているようで嫌だな。
クーリングオフするか、しないかの二択だ。
気にはなるが、クーリングオフするべきだよな。大金払って使えない物を買う人などいないのだ。
「ち、ちーちゃん」
「な、な、なにかしら」
俺は平瀬をそっと抱き寄せていた。
「なんか夕食も、ちーちゃんの手料理が食べたいな」
「……うん」
◆◆◆◆◇
次の日の午前。大学構内にある部室棟。多摩川が所属する原付愛好会の部室もその中にある。部室には多摩川の友人である信濃しかいなかった。
そこへ、同じ一年の吉野が入ってくる。
「こんちわー。あれ、信濃だけか」
「おう、吉野。こんちわ。今日のイベントは中止だ」
原付愛好会の今年の一年は五人。その内、男は多摩川、信濃、吉野の三人だ。今日はその三人でツーリングする予定だったのだ。
「そうなのか。なんで?」
「多摩川が医者に行くとか言ってた」
「体調不良か? あいつ拾い食いでもしたのか」
「詳しいことは分からない。聞いたけど意味不明だった」
「意味不明?」
「ああ。なんでも、『新製品が不良品で水分量に比例して、しもやけ』らしい」