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37.多摩川 危機一髪

 ゴールデンウィークを利用して、惑星オーデンへ行くメンバーが多摩川の自宅に集まった。

 宇宙船を使って移動するのは九名。俺と平瀬、信濃、魚野、最上、鮭川、谷沢、秋川、それと女神のグスージィ。

 旨美は自分で転移するらしい。

 みんなで旨美の用意した食事を終えてから自宅を後にした。

 今いるのは、とある駅のホーム。

 最終電車が出た後で、俺達以外は誰もいない。

「隼兄。何でこんな所にいるんだ? 最終電車は行ってしまったよ」

「これから特別な電車が来るんだよ」

「特別ですか。海外旅行って聞いていたから、空港に行くのかと思っていました」

「うん。国外に行く。飛行機と言うよりは……船かな」

「もしかして、クルーズ船? 乗ってみたかったんだ」

 鮭川が笑顔になり、少し興奮している。少し心が痛む。

「まあ、見てのお楽しみだ」

 宇宙の海を移動する船だから、最上が言っている事は間違ってはいない気がする。

 そうこうしてると電車がホームに入ってきた。

 殆ど客がいない電車に乗り込み、二時間ほど揺られる。

 一人の時は暇で長く感じるが、さすがに九人いれば話は尽きない。

 気が付くと火星の衛星フォボスの宇宙港に到着していた。

 旨美がチケットを購入してくれたので、改札を出てから宇宙港の入場口を通る。

「隼兄。ここは何所なんですか?」

「火星の衛星フォボスにある宇宙港だ」

「火星? う、宇宙? 一体何を言っているのか……」

「目の前に白くて大きなのが見えるだろ。あれが宇宙船<パンゲア>だ。前方の大きなリングが他の宇宙港を繋ぐゲートになっている。実は移動時間は短いんだ。移動後のゲートの冷却とゲートを繋ぐためのエネルギーを充填するのに時間が掛かるらしい」

 最上は八千代に説明するが、初めての谷沢にも聞こえるような声で話していた。

「この宇宙港は惑星ユーセの宇宙港にしか繋がっていない。ユーセの宇宙港はハブ港になっていて、そこから色々な惑星にいける」

「鮭川さん。地球が宇宙港に繋がっているのを知っているのは極一部の人です。くれぐれも他言しないように。当然、ネットに上げるのも駄目です。かなりヤバイ処分が下されるようなので心しておいてください」

 大事なことなので注意喚起しておく。ちょっと強めに言ったので、鮭川の表情が強張る。

「八千代。普段口にしなければいいんだ。そんなに深刻考えるな」

「うん。話すのはこのメンバーだけでお願いしますね」

 俺はそう言ってから、みんなを先導して船に乗り込んだ。


 宇宙船が動き出し、惑星ユーセの宇宙港へ到着する。

 宇宙港の出口を抜けると通路の両脇には色々なお店がある。

 軽くお茶でもと言いたいが、今回は九人もいるので動き難い。

「隼兄。人が多くて、少し怖い」

「大丈夫だ」

 最上はそう言って、横にいる鮭川の腰に手を回す。

 鮭川は「うん」と言って、離れないように回された手を握る。

「人が多いから、とっととオーデンへ――」

「ご主人様」

 旨美がどこからか近づいて来た。

「どうした、旨美」

「ご主人様、こちらへどうぞ」

 旨美に先導され、どこかに連れて行かれる。

 五分くらい歩いた所で、行列の出来ているカフェがあった。

「凄い人気があるカフェだな」

 ガラス張りのカフェで、店内の混雑具合が分かる。

 店内は白を基調とした清潔感のある雰囲気を出していた。赤い椅子が目を引く。

 店の看板には『たまかふぇ』と白地に黒の丸文字で書かれていた。

「たまかふぇ?」

「先日開店しました。フルサービスのカフェで、お持ち帰りもやっています。並んでいる人達はテイクアウトですね」

 よく見ると店内を所狭しと行き交う黒髪量産機がいた。

「こんなの作って大丈夫なのか? 維持費とか高そうじゃん」

「人気は上々ですよ。三階はプライベートルームになっております」

 お店の二階にある専用の扉を通って三階へ。

 ワンフロアが丸々プライベートルームで、余裕を持ったテーブルの配置になっている。

「トカゲ野郎に転送して貰う時はここをお使いください」

「うん。ユーセは基本込んでいるから助かる。さすが旨美だな」

「うふっ。ご主人様に褒められて、幸せの脳汁が止まりません」

 機械なのに汁が出たらやばいのでは?

 などと、突っ込みは入れず、四人掛けと六人掛けのテーブルに別れて座る。

 赤いソファは柔らか過ぎず、座り心地が良い。

 少し休んでから竜之介に連絡を取り、オーデンへ転送してもらった。


 ◆◇◇◇◇


「こ、これが竜之介さんですか?」

「で……、でかい」

 谷沢と鮭川が初めて見るドラゴンに圧倒されている。

 惑星ユーセで一休みを終えた俺達はドラゴンの竜之介に転送して貰った。

 今いる所は惑星オーデンのユー・デ・タマガー王国。

 城のすぐ隣にある、竜之介の小屋……もとい、竜之介の家の前にいる。

「多摩川、八千代達に『竜の加護』を与えて貰うことは可能だろうか? 正直、この地は危険だと思うんだよな」

 最上が心配するのも分かる。俺達に少なからず敵意を抱いてる奴らがいる。

 貰えるかどうか分からないが、谷沢と秋川を含めた三人に聞いてみる。

「キクちゃん。加護ってデメリット無いの?」

「メリットかデメリットなのか分からないですけど、寿命が五倍くらい延びるそうです。地球上では、その内に住み難くなる気がします」

「隼兄は貰っているのか?」

「ああ。俺は多摩川と一緒に貰った。あの時は寿命が延びるとは聞いてなかったが」

 俺と最上はこのメンバーの中で一番最初に竜之介に会った。体を洗う代わりに加護を貰ったのだ。今では黒髪量産機が数機お供に付いてお世話をしている。

「隼兄が貰ってるなら、私も欲しい」

 鮭川は最上の嫁を自称しているから、この答えは予想できた。

 秋川と谷沢がゴニョゴニョと話し合っている。

「私達はキクちゃん次第ということになりました」

「えっ? 何で、そこに俺の名が……」

「キク君が私達を捨てないという確約が欲しい」

「えーと?」

「つまり、キクちゃんが私達に飽きて捨てられたら、行く所が無くなるのですよ」

「そんな、捨てるだなんて」

 俺は反論する。そもそも俺の意見に耳を貸さない事が多い。

「そうですよ、秋川先生。きっくんはそんな人では――」

「平瀬ちゃん。あなたにも必要ですよ。今のあなたは、まだ単なる恋人と言う位置づけなのです。キクちゃんが、どこかの王族と政略結婚とかならないと言えますか? そうなった時に捨てられないと言い切れますか?」

「うっ」

 今度は三人でゴニョゴニョと話し合っている。

 いつの間にか三人に詰め寄られて、何か書類を書かされた。

 最終的に三人とも竜之介から『竜の加護』を貰ったので、おかしな奴らに攻撃されてもある程度は大丈夫だ。

 一安心である。

「でも、竜之介ちゃんと直接話せないのが残念よね」

 秋山は竜之介を見るのは二度目だ。

「秋川先生は一人で来た時はどうやってコミュニケーションを?」

「奈々ちゃんに通訳してもらったわ」

 奈々ちゃんとは旨美の量産タイプ、赤の七号で秋川佳月専用機だ。

「それは不便ですね」

「多摩川さんは話せるんですね」

 不思議に思った鮭川が聞いてきた。

 俺には能力強化装置が埋め込まれている。これには翻訳する機能があるので、俺は竜之介と会話が出来る。

「俺には翻訳できる装置が埋め込まれているから」

「う、埋め込まれているって、どう言う事ですか?」

「宇宙人のダミアンさんがご褒美に埋め込んでくれました」

「宇宙人こわっ。褒美に埋め込まれるって、どんなプレイですか!」

 鮭川が引いている。

 何か勘違いしていないか、少し心配だ。

「でも、竜之介に限らず、幹部の人と話せないのも問題だな」

 単独で行動することは無いと思っているが、何があるか分からないのが現実だ。

 この国の言葉を覚えれば良いのだが、そう簡単に覚えられるものではない。能力強化装置があれば、使いこなす努力が必要にはなるが、話せるようになると思う。有るのと無いのでは大違いなのだ。

 ダミアンさんから売ってもらうか。でも製品だと審査があるとか言ってたし、どうしたものか。

「ご主人様。アバズレ達と同等の物なら、すぐ作れますが」

「さすが旨美。俺らのと同等の物を作れるとは」

「ご主人様のは私がグレードアップ及び最上級のカスタマイズをしています。アバズレの物とは比べ物になりません」

「勝手にいじるなよ。こえーよ。それより、能力強化装置はあった方がいいよな。旨美」

「分りました」

 旨美が俺と目を合わせ、コクリと頷く。

 秋川と谷沢、鮭川の三人が叫び声を上げて右肩を抑える。

 旨美が四次元釜を使って直接転送したのだ。

 三人は顔を見合してから、俺を睨んできた。

「この装置は有った方が便利ですから」

 俺は自分を正当化するように言訳する。

「キクちゃん。入れる前に優しい一言欲しかったわ」

「そうですよ、キク君。いきなりは入れるのは駄目です」

「隼兄。多摩川さんが私を傷物にしてしまったよ」

 良かれと思ってやったので、後悔はしない。

 それよりも、その言い回しをやめて欲しい。

 涙目の俺の肩を最上がポンポンと優しく叩いた。


 ◆◆◇◇◇


 ガン・モードック王国の暗殺者グルル・ジンジャーはユー・デ・タマガー王国国王の命を奪うべく王宮を目指していた。

 ナルー地区まで来たジンジャーは地下街へ行き、案内所の女性に王都への行き方を聞いた。

 理解できなかったが、とりあえずナルーの一番街へ行けばいいらしい。

「電車は地下五階ですね」

「下へ行けばいいのか。階段はどこにあるんだ?」

「すぐそこにエレベーターがありますから、それで下りてください」

「えれべ?」

「……」

 案内所の女性が手の平サイズの板状の物を取り出し、耳に当てて何か言っている。

 すると、黒髪の女性が現れる。

「あなたは昨日の……」

「同じ顔は大勢いるので、人違いですね」

「えっ?」

 同じ顔が大勢いる? ジンジャーの理解が追いついてない。

「黒髪ちゃん。この人かなりの田舎者なんだよ。一番街行きのホームまで案内してあげてほしいの」

「分りました。お客様、こちらへ」

 ジンジャーは田舎者と言われて文句を言いたいが、この地の者からするとそう言われても仕方が無いと言葉を飲み込んだ。

 黒髪に連れられて、プラットホームなる所へ来た。

 説明を受けてチケットを買う。

「私の案内はここまでになります。何か分からない事はございますか?」

「ここを通って。来た車に乗ればいいんだろ。大丈夫だ」

 黒髪と分かれて改札を通る。

 待つこと約五分。お腹がギュルギュルと鳴る。昨晩食べ過ぎた所為だ。

 トイレを見つけ用を足す。

 スッキリして、更に待つこと約十分。

 大きな鉄の箱が、ありえない速度で走ってきた。

「これが電車か!」

 電車の中は大勢の人がいた。

 横に長い椅子が両端に壁に沿って配置されている。なんか、見た目ふかふかで座り心地が良さそうだ。座ってみたいが、人が多くて席が空いても直ぐに他の人が座ってしまう。

 結局、座れずに終点に到着。改札を抜けて、あるキーワードを思い出す。

 案内所の人が言っていた『ナルーの一番街はニグートに繋がっている』と。

 しかし、どういけばいいのか。

 改札を出た人々はみな、上へ向かっているようだ。

 だが、城の近くはニグートの一番街だと聞いた。

 そこに行くのだから、また電車に乗ると思う。

 繋がっているのなら、上に行かなくてもいいのではないか?

 誰かに聞こうと辺りを見渡すと、さっき案内してくれた黒髪の人がいた。

 もしかして、心配で付いて来てくれたのだろうか? そう思い声を掛ける。

「先程は有難うございます」

「はい? 何の事でしょうか?」

「プラットホームまで案内して頂いて」

「うーん。覚えが無いですね。同じ顔は大勢いるので、人違いですね」

 なんか聞いた事のあるフレーズが。同じ顔の別人がそんなに居るのだろうか?

 よく分からないけど、そう言うことだ。深く考えず質問する事にした。

「一つ聞きたいのですが、ニグート行きのプラットホームにはどう行けば?」

「ニグートに行くにはナルーの一番街に行って頂く必要がありますね」

「ここって、一番街ですよね?」

「いえ。ここは十一番街ですよ」

「え? 終点まで乗れば一番街まで行けるって……」

「あーっ。多分、一本前の電車ですね。この時間帯ですと、一番街行きと十一番街行きが交互に来ているはずです」

「え?」

「一番街に行きたいのであれば、六番街経由か十六番街経由の一番街行きに乗ることになりますね」

「ちなみに次ぎ来るのは?」

「六番街経由の十七番街行きですね。それに乗って、六番街で乗り換えると言う手もあります」

「何か分からなくなってきた。とりあえず、一番街に行きに乗ればいいんだな」

 ジンジャーはチケットを買ってゲートを通る。

 約十四時間かかる列車の旅で今日中に王都に着く予定だったのに、ナルーの一番街に着いた時には日付が変わっていた。

 ニグートでも同じような間違いをして、ニグートの一番街に着いた時は日が暮れていた。


 ◆◆◆◇◇


 多摩川の側に四人の女性が現れた。

 旨美の妹達だ。

 ブルー、イエロー、ピンク、グリーンと単色で染まった女性が多摩川の前に集まる。

 青いミニドレスを着た青い髪の女性が「ご主人様。お帰りなさいませ」と頭を下げる。

「甘美。みんなの荷物を頼むよ」

「かしこまりました」

 と、甘美がマントをバサッと広げると、そこから四人の青いメイド服を来た青髪の量産機が現れる。

 多摩川の荷物は甘美が受け取る。他の人たちの荷物は青髪達が受け取っていた。

 多摩川を先頭に一同を引き連れて王宮ビルに入る。

 王宮ビルは甘美が中心となって管理していて、青髪が行き交っていた。

 エレベーターで最上階へ移動し、大広間で休憩する。

 ガラス窓から見える眼下にはミニチュアのような街並みが遠くまで広がっている。

「爽快な眺めですね」

 鮭川が窓に張り付くようにして外を見ている。

「そうだろ。何回見てもいい眺めだ」

 最上も鮭川の横で景色を堪能していた。


 獣人の幹部達が挨拶に来た。

 一応、谷沢と鮭川を紹介しておく。

「獣人と言っても、獣に近い人とか私達とあまり変わらない人とか色々なのね」

 谷沢は狼人族ならこんな顔、猫人族こんなヤツ、と決まっていると思っていた。

「獣割という考えがあるらしいぞ」

「十割?」

 俺の言葉に蕎麦を思い浮かべているようだ。

「十割ではなく獣割。獣と人の割合だよ。二八が多いようだね。俺達は九割らしい」

「我々は十割ではないのだな」

「それは神になるようですよ。ちなみに俺達は九割の猿人族になるようです」

「猿か……まあ、そうなるか」

 谷沢は少し嫌そうな表情を見せた。


 獣人達に軽く近況を聞いていると、二人の女性が近づいて来た。

「キクゥ。おかえり」

 この地に残った女神二人。海の女神クヌークと地の女神ディークォンだ。

「何か変わったことはありましたか?」

 クヌーク様とハグで挨拶。彼女が耳元で囁く。

「うーん。特に無いな」

 ディークォン様とも同じく挨拶。

「半年くらい居なくても問題無さそうだ」

 グスージィ様とも……あれ?

「むふっ」

「何やってるのよ」

「まあ、いいじゃないか、クヌーク。今度はグスージィが残って、私らのどちらかが地球へ行くのだから」

「あー、二人には済まないが、私はキクがいないと生きていけない体になってしまったので、離れられないのだ」

「そんな訳ないだろう。なに戯けた事を言ってるんだ」

「クヌークの言う通りだ。てか、久しぶりに帰ってきたんだから、仕事してこい」

 女神三人の口論が始まる。

 その三人の横をすり抜けるように女性がやってきた。

「多摩川さん。久しぶりですー」

 そう言って抱き着いてきた女性はトレント・ウィンソープ。宇宙警察の刑事だ。

 その後ろに男性が一人。クライド・アースキンだ。彼はまだ新米刑事のようでトレントさんと二人で行動している。

 クライドはトレントの裾を引っ張る。

「トレントさん。身分を忘れないでください。相手はこの国の王ですよ」

「そうでした。申し訳ありません」

 クライドに注意されてトレントが離れてから、腕に絡み付いてくる。

「お久しぶりです。多摩川陛下」

 クライドが頭を下げた。

「お久しぶりです。と言うか、なんで二人が此処に?」

「それはこちらが聞きたいのですよ、陛下。私達が地球に行った時には連盟に加盟していなかったはず。異例の速さで加盟したのにも驚きですが、ここに交番を作った動機を知りたい」

「えっと、なんとなく」

「ぐっ。なんとなくですか。陛下の『なんとなく』で俺はここに……」

 クライドが涙ぐんでいる。

「いやー。そんなに喜んでもらえるとは――」

「喜んでません。逆です、逆。ここに来てから、何にもしていません。この若さで閑職に着くとは思っていませんでした」

「いや、これからですよ。この国が発展して、宇宙に進出したら忙しくなりますよ?」

「本当に発展するのか? てか、若い時が暇で年取ってから忙しいってヤバい気がするんだけど。普通は若い時に色々経験して、それを後に活かすんじゃないんですか? このままじゃ、俺は使えないダメ上司になってしまう」

 クライドもほぼタメ口になっていた。

 横で聞いていたトレントさんが微笑みながら口を開く。

「あらあら、クライドちゃん。この世にダメな人なんていないんですよ」

「う、嘘だ。だって見本が……」

 クライドはトレントを見ながら言葉を飲み込んだ。


 主要なメンバーが集まっていた。

 細かい話しは明日の会議聞くことにして、みんなで食事をすることにした。

 旨美に頼んで立食形式の食事を出してもらう。

 少しは親睦が深まった気がする。

 その後、みんなで風呂に入った。もちろん男女別々で。

 なんか、高校の時の修学旅行を思い出してしまった。

 流石に寝室は個別なので、枕投げはやらなかったが。


 ◆◆◆◆◇


 真っ暗な部屋の中に小さな寝息だけが聞こえる。

 多摩川の寝室で、右手に短剣を逆手で握る猫人族の男。

 ジンジャーは音もなくベッドに近づき、多摩川の胸を目掛けて右手を一直線に下ろす。

 なにか硬い物を貫く感触が手に伝わると共に、金属が擦れる音がする。

 生き物を刺した感触ではない。短剣が抜けない。

 嫌な予感がして、短剣から手を放し距離をとる。

「私の大切な時間を邪魔するとは、無粋なヤツだな」

 金髪の女性が上半身を起こし、左手に刺さっていた短剣を抜きながら侵入者を見る。

 金髪の女性、グスージィがベッドから出た。

 金髪の従者が現れ、裸のグスージィにナイトガウンを着せる。

 金髪の従者がもう一人、侵入者の側に現れ攻撃を開始する。

 ジンジャーは戦いながら逃げ道を探す。

 目を覚ました多摩川はベッドの上で胡坐をかいている。

「なにあれ?」

「呑気なヤツじゃな。暗殺者が来たというのに」

「暗殺? 誰を?」

「お前しかおらんじゃろ」

 騒ぎを聞きつけ甘美が転移してきた。

「ご主人さまぁ。お風邪を引きますぅ」

 甘美は多摩川にガウンを出し着せた。

「有難う」

 甘美は「はぁ」と溜め息を吐き、侵入者に目を向ける。

「どうやって、ここまで来たのかしらぁ。色々聞きたいわぁ」

 そう言いながら、甘美も戦いに参加する。

 攻撃が下手なジンジャーは周りからの評価は低かったが、それでも暗殺部隊に残ったメンバーである。彼は受けが異様に上手いのだ。

 だが、さすがに相手が悪い。

 甘美も金髪従者も、苦美達の戦闘訓練をフィードバックしているので闘い方は知っているのだ。

 せめてもの救いは、実際に戦闘訓練をしていないので、効率よく戦えていない。

 ジンジャーはギリギリで二人の攻撃をかわす。反撃するが当たらない。

 どうにか凌いでいるが、これ以上、人が増えると不味い。

 ジンジャーは攻撃を止め、二人から距離を取る。

「さすが王の側近。強いな。我が一族に伝わる技を見せてやる。九字護身陣」

 多摩川はそれを聞いて九字護身法を思い出す。『臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前』と呪文を唱えるヤツ。映画なんかで忍者が使うが効果はよく知らない。

 ジンジャーが右手を上げ、頭の上に四角を描きながら呪文を唱える。

「イン・ケイ・ビョウ・シャ」

 多摩川の知っているそれとは別のようだ。頭の中で『陰茎描写』と漢字変換された呪文に顔を歪める。

 ジンジャーの頭上には四角形とそれに外接する円を基として魔法陣が浮かび上がる。

 今度は下に五芒星を描きながら呪文を唱える。

「カイ・チン・レツ・ザー・メン」

 多摩川は頭を抱える。

 カイをチンがレツして……。

「下ネタじゃねーか!」

 多摩川は思わず叫んでいた。

「キ、キサマ。我が一族に秘かに伝わる技を『下ネタ』とは、侮辱するにも程がある」

 怒りに震えるジンジャーが足元に五芒星とそれに接する円を基として魔法陣を作る。

 そして、足元と頭上の魔法陣が繋がり、ジンジャーを円柱状に包む。

「ふっ。まあいい。この防御陣は早々壊すことは出来ん」

 甘美と金髪量産機が力の限り攻撃するが、びくともしない。

「お前も動けないのでは?」

「直接攻撃する必要はないし、時間のかかる攻撃も邪魔されることが無い。俺の任務はお前を殺すことだ。失敗すれば死。この状況では成功しても死が見えているな。だが、また仲間が送り込まれないように、お前には死んでもらう」

 ジンジャーは多摩川に九字護身陣を放つ。少し距離があるので少し大きめだ。

「俺を防御してどうする」

「分かっていないな。強力な防御も使い方次第なのさ。あばよ。魔王」

 ジンジャーは右手を俺に向けて手で何かを握りつぶす動きをする。

「縮!」

 頭上の魔法陣が小さくなりながら急激に降下する。

 まずい、下ネタに潰される。

 竜之介の加護で傷などはすぐに再生するが、潰されると再生も意味が無い。

 旨美が現れ、魔法陣が下がるのを止めた。

 ギシッという音と共に旨美の体に亀裂が走る。

「旨美」

「ご主人様。申し訳ありません。余り持ちそうにありません」

 旨美の力でも絶えられない力が掛かっている。逃げる術が無い。

 グシャッ。

 床には点となった魔法陣がしばらく光っていたが、それも徐々に消えて行った。

 余りにも一瞬の出来事だった。

「ご、ご主人様がぁ……」

 甘美の動きが止まる。

「キ、キク? 返事をしろ、キク!」

 グスージィが魔法陣の跡を見て叫ぶが、返事はない。

 受け入れたくない状況が頭の中でグルグル回る。

 息が荒くなり、涙が溢れてくる。

「やったぞ。魔王を倒してやった。はーっはっはっは」

 ジンジャーの高笑いが聞こえてくる。

 考えのまとまらないグスージィがジンジャーの方を向く。

 グスージィの光を放つ金色の瞳が勝ち誇ったようなジンジャーを見る。

「なんでだ。なぜ、キクがいなくて、お前がいるのだ……」

 ジンジャーが苦しみ出す。息が上手くできない。空気が薄くなっている。

 空の女神であるグスージィが無意識にジンジャーの周りの空気を徐々になくしている。

 ジンジャーは酸欠状態で意識が遠くなり、その場に倒れる。魔法陣も消えた。

 バタンッとドアが勢いよく開いた。

「グスージィ様。その辺で止めて下さい」

 聞き覚えのある声の方を向くと多摩川がいた。

「キ、キ、キク……。ぐずっ。ふえぇぇぇん」

 グスージィが多摩川に飛びつく。

「無事じゃったか。心配したぞ」

 甘美も多摩川の声を聞いて再起動し、駆け寄ってきた。

「ご主人さまぁ。よくご無事でぇ」

「もう駄目かと思いました。竜之介が転送してくれたんです」

「そうか。後で何か褒美をやらんとな」

「旨美が一瞬止めてくれて、助かりました。あれが無かったら……」

 転送される瞬間、俺を護るために壊れていく旨美を見ていた。

「そうか、旨美が」

「もう少し、我が儘を聞いてやってもよかったと、後悔しています」

「ご主人様から、そんなお言葉を聞けるなんて幸せです」

 旨美が後ろから抱き着く。

「うわああぁぁぁ。旨美! 無事だったのか」

「ご主人様。私の本体は炊飯器ですよ。このボディは予備です」

「……、そうだった」

 人型とばっかり接していたから、炊飯器の事を忘れていた。

「ご主人様が私の我が儘を聞いてくれるなんて嬉しいです」

「無かったことに――」

「駄目です。録音もしました」

 軽率に口走った自分を恨む。

「ぐっ。少しだけだぞ」

「むふっ」

 そんなやり取りをやっている間に、侵入者を縛り上げる金髪量産機。

「キク。こいつをどうするのだ。正直、怒りが治まらん。即刻死刑にしろ」

「ここまで来たんだから、優秀な奴だと思いますよ。色々、情報を引き出した方が我々のためになると思います」

 ジンジャーは甘美達に連れて行かれた。

 もう一眠りとベッドに入るとグスージィが擦り寄ってくる。

「ちょっと、怒りに任せてエネルギーを使ってしまった。その、なんだ。た、多摩汁を補充したい」

 俺はそんな物は無いと言ったが、グスージィは聞き入れてくれなかった。


元々は前回の話と合わせて一つの話(暗殺者と言うサブタイトル)としていたのですが、ちょっと長いと思い分けました。

アップする前は多少なりとも確認をするのですが、前後編とすると確認が面倒なので、今回は別の話っぽく分けました。まあ、あまり上手く分けられていない気もしますが。

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