21.視察
明けましておめでとうございます。
俺の名は多摩川菊斎。床園大学に入学して一年が経とうとしている。
ドラゴンの竜之介が余計な事をして惑星オーデンの一国の王族を排除した。その国を俺が国王となり統治することになりそうなのだ。
俺は激しく断った。散々言い争ったが、結局折れたのは俺だった。
だが、どう考えても今すぐ王になって統治するのは無理なので、大学を卒業するまでは勘弁して貰うことになった。
俺が卒業する前での間は竜之介が代理となるらしい。
そう竜之介とは話がついたが、一度、惑星オーデンへ行って、その国の幹部達と話をつけなければならないようだ。
竜之介と言い争った次の日、大学の食堂で友人二人と昼食をとっていた。
向かいに座っているのは信濃柳都で、その隣に座っているのは最上隼だ。
昨日の事を思い出し「はぁ」と溜め息をつく。
最上が面白そうに聞いてきた。
「なんだ、多摩川。またなんかやったのか?」
人をネタの宝庫に思わないで欲しいのだが、今回もネタになるような話なので強く言えない。
事の経緯を話し、近々惑星オーデンへ行くと伝えると、二人の表情が変わる。
「卒業したら王様かよ。すげぇな」
「うーん、すごいのかな。実際何をするのか見当も付かない」
「社長みたいな感じじゃないの。お国の社長」
信濃が適当な事を言い出す。
そんなアホな会話をしていると、日替わり定食を持った女性二人が声を掛けてきた。
「お疲れー。空いてるよね?」
平瀬千歳が俺の横に座る。
「お邪魔するわよ」
その平瀬の向かい、信濃の横に魚野八海が座った。
「八海ちゃん。多摩川は卒業したら王様になるらしいよ」
魚野と付き合っている信濃はすぐさま情報を伝える。
「何それ。新しいギャグ?」
魚野は苦笑いで返す。
「きっくん。ただでさえ変な事に巻き込まれ易いんだから、おかしな事は考えない方がいいわよ」
俺の彼女としての優しい助言であろう平瀬の言葉が空しく聞こえる。俺なりに抗ったがどうにもならなかったのだ。
面倒だと思いながらも女性達にも経緯を伝える。
「確定なの?」
「そ、そうみたいです」
「私はどうなるのかしら?」
平瀬の目が怖い。何か精神的にダメージを受けている気がする。
平瀬は地球に残して超遠距離恋愛とか言ったら刺されそうだ。
「えーっと、ちーちゃんは王妃ということになるのかな」
「あらやだ。王妃だなんて」
平瀬の顔がほころびにやけている。言いようの無い危機感が去ったようだ。しかし、思わぬ所で弱点を知った気がする。
竜之介から加護を貰っている俺達は病気にならず、怪我をしても直ぐ治る。寿命も延びているらしい。また、龍神様から貰った、物理攻撃を防御するネックレスを身に着けている。めったな事では攻撃を受けない、というか受けたことが無い。
はっきり言って「俺って無敵じゃん」とか思っていたが、精神攻撃に弱い。
考えを改める必要がありそうだ。
「まあ、腐っても王様だよな。多摩川、俺を重役待遇で雇ってくれ」
最上は俺の不安を余所に気軽に言ってくる。
「いいなそれ。俺は相談役で」
「柳都は私をおいて行ってしまうのね」
「俺が八海ちゃんをおいて行くわけないだろ。多摩川が全て面倒見てくれるから、何の心配も要らないよ」
「うおぉい、信濃。そこは男らしく『俺が面倒見る』と言うべきだろ」
と、思いの外、騒がしい昼食になってしまった。
大体、会社じゃないんだから、『重役』とか『相談役』なんてポジションが有るわけがない。
みんなが食事を終え、ひと息ついた所で平瀬が素朴な疑問をぶつけてくる。
「それで、惑星オーデンってどんな所なの?」
「えっ? うーん。知らない……」
「何も知らないのに王位に就くの?」
「えっと、今度の連休に竜之介に連れて行ってもらう予定」
「すっごく心配。私も行くわ」
平瀬が不安な表情をしながらの言葉にみんなが乗ってくる。
今のメンバーは、勇者風泥酔ペニ剣三刀流演武のライブツアーでナーベン銀河帝国領内の星々を一緒に回った者達なので、宇宙へ行くのも驚くほどの事ではない。
結局、全員でオーデンへ行く事になった。
竜之介にみんなもオーデンへ行くと伝える。
距離の関係で転送はできないそうだ。オーデンに行くまでの時間を聞くと一日かかるらしい。
俺一人だったら背中に乗せていくつもりだったようだ。丸一日竜之介の背中は辛いだろ。
結局、銀河帝国領内のオーデンに一番近い星まで交通機関を利用して移動し、そこから竜之介に転送して貰う事になった。
交通費がそこそこ高いのだが、ライブツアーで稼いだので問題ない。というか、普通に生活するぐらいなら十分なくらいの金額を稼いだ。ただ、今の時点ではあまり多くは持っていない。
約一年間ライブツアーを行った後、竜之介にライブツアーへ行く日に飛ばしてもらったのだ。
現時点ではライブツアーでペニ剣を披露している俺と、大学に通っている俺の二人存在している。
アホなくらい人気が出て、驚くほどの稼ぎを出すのはもう少し先だ。
ライブツアーが終わった時に多めにお金を引き出しておいたので、一年くらいは余裕で生活できる。
お金の問題は無いのだが、交通機関のチケットをどう取るかが分からない。こんな時に頼りにするのが訪問販売員の田中さんだ。
炊飯器の旨美が田中さんの連絡先を知っているので、用件を伝えてもらう。
惑星オーデンに一番近く、交通機関を使っていけるのが惑星ケームティという所らしい。
オーデンでの滞在期間が分からないので、地球からケームティまでの片道チケットを購入してくれた。帰る時は連絡してくれと言っていた。
とりあえず準備は出来た。色々と気が重い所もあるが、旅行気分もあり、どんな所か少しワクワクしている。
◆◇◇◇◇◇◇
惑星ケームティに着いてから竜之介に転送してもらって、惑星オーデンに着いた。
みんな唖然としている。
今いる場所が少し高台になっている広い土地で、目の前には城が建っている。
近くには大きな犬小屋みたいなのがあり、そこが竜之介の寝床のようだ。その建物から竜之介が顔だけ出して休んでいる。
高台を囲むように少し広い道があり、それを挟んで町並みが広がる。
パッカパッカと道を走る馬車が見える。街を行きかう人々は犬や猫等の獣人達。
「なんか……ファンタジーな世界だな」
「うん。なんかゲームの世界みたいだ」
大声を発しながら衛兵らしき獣人が走ってきた。
「なんか騒がしいね」
「敷地内に不審者が現れたら騒ぐだろ」
すっとぼけた信濃にツッコミを入れておいた。
狼っぽい獣人が槍をこちらに向けて何か騒いでいるが、よく分からない。
一応、俺ら男三人は護身用に木刀とナイフを持っている。だが、下手にこっちも構えると騒ぎが大きくなりそうだ。まあ、竜之介がいるので穏便に済むだろう。
「竜之介。この人たちが何を言っているのか通訳してくれ」
「面倒だのう」
竜之介が衛兵達と話し出す。
体内に埋め込まれている能力強化装置の機能の一つに翻訳があるが、この国の言葉はまだ対応できていないようだ。ただ、かなり高性能なので、すぐに対応できるだろう。
衛兵達がこちらを見て「タマガー」と叫んでいる。そして、そのうちの一人が城の方へ走って行った。
竜之介には衛兵と適当に会話してもらった。横で聞いていると、少しではあるが、内容が分かるようになってくる。ライブツアーで銀河帝国領内をあちこち行ったので、色々覚えた言語の中から似たような言語で補完するようだ。
しばらくすると、明らかに雰囲気の違う獣人を連れて衛兵が戻って来た。
「ドイツガタマガーデスカ」
ん? タマガーって俺のことか。
「はじめまして。多摩川です」
「おー、オメーがタマゲーか」
「多摩川です」
「ワタシはガウ・マスタードです。クワシイ話ハ中でシマしょう」
ガウ・マスタードと名乗る獣人に先導されて城の中へ入る。
ちなみに、この星での命名は部族名が最初にあり、その後に名前というのが一般的らしい。つまり、彼はガウ部族のマスタード君ということだ。
俺達は城内の少し広めの通路を通って会議をする部屋へ案内される。
長方形の頑丈そうな木製のテーブルの片側に三人の獣人が座っていた。
ガウ・マスタードは獣人の横に座り、俺達を向かい側に座るように案内した。
◆◆◇◇◇◇◇
会議が始まった。
「はじめまして。多摩川菊斎と申します。この度は友の竜之介がご迷惑をかけたようで大変申し訳ありませんでした」
と、謝罪をしてから俺達がまだ学生であと三年間は学校へ通わなければならないと伝える。
「つまり、三年間はこの地に来る事は無いと?」
ガウ・マスタードが念を押しす。
「はい。その間は竜之介が統治すると話がついていますが、問題はありますか?」
ガウ・マスタードが他の獣人を見るが特に問題は無いようだ。
「聖なるドラゴンの意向であれば、我々が異を唱えることはありません」
それから友人の紹介を簡単に済ませ、獣人達の自己紹介をしてもらう。
彼らはこの国の幹部だ。他に二人いたのだが、前王と共にこの地を去ったそうだ。
最初に自己紹介したのは、ここまで案内してくれた人だ。彼は狼人族らしい。
「国防組の組長のガウ・マスタードです。外国の侵略行為から国を守る組織です」
「組長、ですか?」
「はい。我が国では王直轄の組織がいくつかありまして、その組織の長です」
日本風に言うと防衛省の大臣って感じなのかな。
次に隣の猫人族が立ち上がる。幹部の中で唯一の女性だ。
「行中組の組長のニャン・ポンズです」
「ぎょ、ぎょ、ギョウチュウ?」
「はい。行政の中核となる活動方針を決める組織です。法の下に定めた事でも地方ではそぐわない場合もあるので、核となる部分だけを提案します」
「なるほど、ぎょう虫。で、いるんですか?」
「は? あー、地方での不満を漏らす者達は少なからずいますね」
余計な質問をしてしまったが、勘違いしてくれたようだ。だが、友人達は笑いを堪えて少し震えている。
続いては自己紹介するのは猿人族。
「私は法形組の組長、モキー・ミソダレだ」
「ほ、ほうけい!」
「はい。国王の要望を法律として組み込む組織です」
あっ、法律ね。
「しかし、王様の要望ですか。大変そうですね」
「前王はむちゃな要求ばかりでした。なので、作業の工程を段階的に振るいにかけています」
「ふむ。段階的に精査していくのは大事ですね」
「ええ。まず最初に『仮制法形課』で仮の法律を作り検討します。そこで法律として成立しそうなら『変体法形課』に渡します。『変体法形課』では、より実用的な形に修正します。ここでも振るいにかけ、クリアしたものが正式に法律として組み込まれます。その作業は『真制法形課』で行います」
「仮性包茎に真性包茎か。変態包茎というのはこの国特有だな。で、あなたはどの包茎なんですか?」
「ん? 私は組長なので全体の取りまとめを行いますが」
また、余計な質問をしてしまった。友人の震えが止まらない。
最後の一人も猿人族だ。
「はじめまして。総労組の組長、ウッキ・ゴマダレです」
「そうろう、ですか」
「ええ。国民の労働を総合管理する組織です」
なんでも全ての国民を管理していて、国が国民に合う仕事を割り振るらしい。やりたい仕事がある人は国へ申請し、審査を受けて合格しなければならない。
利益は全て国へ渡し、税金や経費等を引かれた金額が支払われる。国民は国という名の企業に属しているといったイメージか。しかも、ちょいブラックな企業。
「やっぱり早いんでしょうね」
「そうですね。まあ、全国民に対して情報を集める必要がありますから、仕事はテキパキとこなす必要がありますね」
友人達が俯いて震えながらグフグフ言っている。少し休憩を入れてもらうことにした。
獣人達は別室へ行って、会議室には俺達だけにしてくれた。少し、気を使わしてしまったようだ。
「多摩川。あの質問は駄目だって」
最上が笑いながら言う。
「いやー、つい口から出ちゃって」
自分でも失敗したと思っている。
「でもさ、あの組織名は無しだよ」
「ちょっと恥ずかしいわね」
信濃と魚野も苦笑いしている。
「なんちゃら組っていう名前の付け方も品が無いと思うわ。きっくんが王になったら、変えた方がいいんじゃない?」
「うーん。俺はありだと思う。それに、なんか笑えるから残しておく」
みんなから少しセンスを疑われた。
別室に移動した獣人達が不満を漏らす。
「なんか馬鹿にされてた気がするぞ。あれが我らの王になるのか?」
ミソダレが少し興奮気味に言う。
「そうね。まだ学生って言ってたし、あんなのに国を任せるのは不安だわ」
ポンズは冷静に否定する。
「まあまあ、二人とも落ち着け。まだ、王になったわけではないんだし」
「マスタード。お前が一番怒ると思っていたのだが、何か企んでるな」
ゴマダレが妙に落ち着いているマスタードを不審に思う。幹部の中では一番好戦的で、むしろ宥められる側だ。
「人聞きの悪い事を言うなよ。彼らも見知らぬ地に来て大変だと思っているだけだ。無事に帰れるかも分からないのだから」
「あまり無茶をするなよ」
くっくっくっと小さく笑うマスタードをゴマダレは呆れた顔で見ていた。
◆◆◆◇◇◇◇
会議が再開された。とは言っても、特に議題が無い。詳しい事は三年後で、その間に何か問題があったら竜之介の指示を仰ぐ。むしろ、幹部達の方が今までの実績もあるので任せていた方が安心だ。
何か活動内容が分かる物がないか聞いた所、総労のゴマダレがサンプルとして国民情報をファイリングしている資料を持ってきてくれた。
個人情報や趣味、性格、仕事の出来具合等が記載されており、それらを元に十段階で総合評価をしている。
「細かい情報が書かれてますね」
「自己申告もありますが、各地の総労組員が聞き取り作業の後に調査を行っています」
得意げなゴマダレを横目にファイルをめくっていると気になるページがあった。
「すいません。六歳の子供に仕事が割り振られているみたいですが」
「はい。何か問題でも?」
おっと、そうきたか。
「教育機関はあるんですかね」
「教育ですか。才能のある幹部候補生は学校に入りますが、基本的には職場の判断に任せですね」
「職場の判断ですか?」
「はい。仕事に必要な知識は職場によって違いますから」
仕事以外の知識は要らないってか。子供を働かせる事が当たり前の世界では頭ごなしに義務教育を訴えても反発するだろうな。
ライブツアーで色々な国の人を見てきた。くだらない事でも言い方次第で意固地になる人を少なからず見てきた。
出来るだけ事を荒立てないようにしないと。
「私の国では満七歳から九年間、子供は教育を受ける権利があります。保護者は子供に教育を受けられる環境を作る義務があるのです。子供は可能性の塊ですから、この国にも教育を受ける権利を与えて欲しいですね」
「七歳から九年もですか? 十六歳から働き出すとは変わった国ですな」
「えーと、義務教育が九年です。そこから三年、多い人は七年、九年と勉強する人が多いです」
獣人達が鼻で笑っている。
「失礼ですが、多摩川様はまだ学生だとか。お幾つですか?」
マスタードが年齢を聞いてきた。
俺は一浪しているし、竜之介に会ってから時間の扱いがおかしくなっている。大体でいいか。
「二十歳です」
「ははは。人生四十年と言われているのに、半数を学問に捧げましたか。仕事を覚えて一人前になる頃にはあの世ですな」
「え? 人生四十年?」
「多摩川。一年の日数が地球と違うんだろ。ライブツアー中にそんな人達がよくいたぞ」
最上の助言で思い出した。妙に若い年寄りがいると思ったら、一年が百数十日の惑星に住んでいる人だった。七十八歳と言っていたが、地球時間で換算すると約二十六歳と見た目相応だったのだ。
ただ、平均寿命が五百歳と言っていたので、地球人よりも長寿なのは間違いない。
そんな出来事を思い出し、一年間の日数を聞いてみた。
一年は十か月で、一か月は五週。一週間は六日らしい。ちなみに週の初めが火曜日で、水、風、土、闇、光曜日と続くらしい。
ざっと、一年が三百日。それが四十年だと―万二千日か。三百六十五で割ると。
「地球で換算すると平均寿命が約三十三年か」
「そうなると医療技術とかの差になるのかしら」
平瀬の言葉が気になり確認する。
「安心してください。城内には優秀な祈祷師が控えています」
マスタードの自慢げな表情が凄く滑稽に見えてしまった。
◆◆◆◆◇◇◇
色々問題がありすぎるのだが、俺達は現時点では部外者なので何も出来ない。
後回しにする事にした。一番ダメな選択ですね。
問題の解決方法はゆっくり考える事にして、街の見学をしたいと伝える。
「そうですか。実は私共も活気ある街を見て頂こうと準備していたのです。こちらへどうぞ」
と、マスタードが案内してくれた先には馬車があった。俺達が全員乗れるくらいの大きな馬車で、装飾も派手で豪華だ。
「我々は仕事が残っており案内が出来ないのですが、楽しんできてください」
マスタードに見送られて馬車が走り出す。
道は思ったよりも広く、軽快に走る大きな馬車が邪魔にならない。
「なんか気になるな。普通、護衛は付けるんじゃないかな?」
最上が首をかしげている。
「治安がいいんじゃない?」
信濃は特に気にしていないようだ。
「でも、普通はガイドをしつつ、街の自慢をしたりするだろ」
「うーん。自慢する物が無いのかも。街並みは綺麗だけど、説明とかいらないでしょ」
ガラガラと石畳を走る馬車から見渡す街並みは特に変わった建物は無く、変わり映えの無い風景が続く。
何かあれば御者に聞けば詳しく教えてくれる。
御者のおっさんは痩せ型の猫人族だ。意外と気さくな人物だった。
「この辺はだいぶ人通りが少ないですね」
「そだなー。もう少し行くと木々の生い茂った道になるよ。そこへ行くまでは徐々に人気がなくなるね。そこを抜ければまた徐々に人が増えてくるよ」
「ちなみに、この道は観光とかでよく使われるんですか?」
「いやー。滅多に使わないな。今日は指示されたから、この道を通ってるけどな」
「そうなんですか」
「なんでも、少し長めに一周して、街をじっくり見てもらうとか言ってたな。だけど、そんなに代わり映えはしねぇぞ」
時間をかけて一周か。仕事の邪魔だから追い出されたかのかも。
御者のおっさんとたわい無い会話をしていると、馬車が急に止まった。
周りには木々が生い茂っていて建物など無い場所だ。
「なんだー。お前ら」
大声を出すおっさんの視線の先には、道をふさぐ者達が五、六人。顔は仮面で隠されている。
「今日はラッキーだな。金になりそうなものが、わざわざ来てくれたぞ」
リーダーらしき者がそう言いうと、他の者が剣を抜く。
盗賊か。金目の物なんか持っていないのだが。
「思ったより治安はよくないのかもな。どうする?」
最上が護身用に持っていた木刀を手に取る。
「関わらないのが一番だよ。引き返そうぜ」
信濃は逃げ腰だ。護衛もいないし、昔の俺なら同じ選択する。しかし、今の俺達には鉄壁の防御と驚異的な回復力がある。
「よし、信濃はみんなを守ってくれ。最上は俺と来てくれ。ちょっと話をしてみる」
「お、おい。大丈夫かい?」
「おっさんはその場を動かないでくれ。信濃、おっさんも頼んだぞ」
「おーけー」
信濃は目を閉じネックレスを握る。
龍神様から貰ったネックレスは常に目に見えない防御壁を発生している。その範囲はある程度調整が出来て、皮膚から数ミリメートルくらいの厚さからネックレスを中心に半径約三メートルの範囲まで拡大できる。範囲が狭いほど強固になるようだ。
ネックレスが所有者の信濃の意思に反応して防御壁を拡大する。
俺が先に馬車を降り、続いて最上も馬車から降りる。一応、手には木刀を持っている。
「おーい。待ってくれ。俺達は現金もだが金になりそうなものも持っていないんだ。見逃してくれないかな」
そういいながら、盗賊に近づいてみる。
「金目の物を持っているかどうかは、お前らを殺してからゆっくり確認する」
リーダーが言い終わる前に他の盗賊全員が俺と最上に剣を叩き込んできた。
勢いのある掛け声と共に剣が振られるが、俺達に当たることはない。
「やるだけ無駄なのにな」
「話をする気すら無さそうだな。多摩川、こんな奴らは適当にぶん殴って警察に突き出そうぜ」
「でもさ、縛っておく紐なんか無いだろうし、警察とかあるのかな?」
「うーん。じゃあ、やるだけ無駄と言うのをしっかり分からせればいいな。多摩川、あれやれ。攻撃が無駄になるのが分かるだろ」
「えー。やだよ。アレは結構痛いんだぞ。最上がやってくれ」
「俺もやりたくないが、しかたねぇな」
会話中もリーダー以外の者達がガッツンガッツンと剣で攻撃してくる。
リーダーは少し下がった所で様子をうかがっていた。
当たらない攻撃を余所に普通に会話をしているのは傍から見てどう映っているのだろう。
「待て、キサマら。これをみて無力と知れ」
最上の大声に、盗賊どもの動きが止まる。相手の攻撃に対応できるように身構えている。
最上は右手にナイフを持ち、左腕を敵が見やすいように出す。そして、ナイフを左腕に突き刺す。
「いててててて。いてー」
涙を流しながら、左腕を斬る。
その異常な行動に盗賊どもが釘付けになる。だが、ありえない光景が盗賊たちの恐怖を駆り立てる。
斬られた二十センチメートルほどの傷があっという間に塞がっている。
「見たか? ただでさえ攻撃が通らないのに、この回復力を持った俺達だ。お前らの攻撃など全く無意味だ」
痛みの余韻でうっすらと涙目の最上が盗賊たちを一喝する。
しかし、盗賊たちには、最上の言葉は耳に届かず、不死身の如き化け物が威圧の咆哮をしたようにみえた。
恐怖に背中を押された盗賊たちが剣をがむしゃらに振り回して攻撃してきた。
「最上。逆効果だったな」
「無理して痛い思いしたのに。残念だ」
このままでは埒が明かないと判断し、俺達は木刀とナイフの二刀流で反撃を開始した。
演武ツアーで毎日のように舞った勇者風泥酔ペニ剣三刀流。達人にはほど遠いが、それなりの強さを身に着けた。
体に埋め込まれている能力強化装置が敵の動きもある程度予測してくれる。
鉄壁の防御をいいことに相手の攻撃を無視して木刀でボコボコにする。
馬車から見学している者達は「ガンバレー」と呑気に応援している。
二人倒した所でリーダーが動いた。部下を下がらせ一人で俺達の相手をする。
「こいつ、強いぞ」
最上がつい口走ってしまったのがよく分かる。
敵は俺達の動きを予測するかのように攻撃をかわし、受け流す。俺達の攻撃は一切当たらない。しかも、防戦一方なのに妙な威圧感を放っている。
攻撃を受けてもダメージが無いと分かっている。しかし、その威圧がこちらの動きを鈍らせ、攻撃を受けるのを躊躇させる。
敵のリーダーが動いてから数十秒しかたっていないのだが、凄く長く感じられた。
部下達が撤退の準備が整うと速やかに消えていった。
「なんだ、あいつは。全然当たらねぇ」
「あんなのもいるんだな。二度と会いたくないぞ」
最上も俺も冷や汗を拭きながら馬車に戻った。
◆◆◆◆◆◇◇
それから城に戻るまでは特に何も無かった。
城に着く頃には日も沈みかけ、あたりは薄暗くなっている。
御者のおっさんは「おめぇら強いな。良いもの見れたぜ」と上機嫌で去って行った。
俺達は城内の一室へ案内された。
そこは少し大きめの落ち着いた雰囲気の部屋で、中央のテーブルへ座ると食事が運ばれてきた。腹は減っているが、なかなか手を出せない。
そもそもマナーとかあまり知らない。しかも、ここは地球ですらない。
困っていると料理長らしき緒人族がきて、気にせず食べてくれと言ってくれた。
一応、料理の説明もしてくれたが、よく分からない。
笑いながら厨房へ戻る料理長を見届けてから、目の前に置かれた色とりどりの料理を自分の皿に取り分ける。
腹が減っていれば何でも美味いと感じる。などとは限らない。
「うーん。不味くはないが、少し苦くないか?」
最上が肉にかぶり付きながら、少し顔をしかめる。
「全体的に苦いのかしら? このサラダも苦味があるわね」
「凄く期待していただけに正直残念だわ」
平瀬と魚野はそう言いながらもモリモリとサラダを食べている。
「なんか問題だらけだな。子供を働かせているし、医療は遅れてるっぽいし、料理は口に合わないか。電気も無いみたいだしな」
俺は溜め息をつきながら周りを見る。部屋の中の明かりはローソクの光だ。
「電気が無いのは痛いな。スマホ充電できないじゃん」
「信濃、なんに使うんだよ。スマホ」
厨房では料理長が生板に包丁を叩きつけて怒りを表していた。
「まるで私の料理が不味いみたいではないか。命令が無ければ、あんな物入れないわ」
「それにしてはなんとも無さそうだけど。本当に入れたの?」
「入れた。おかげで味の確認も出来ないわ」
「ふーん」
ポンズは文句を言いながらもガツガツ食事をする多摩川達を一目見てから厨房を後にして、マスタードのいる部屋へ向かった。
◆◆◆◆◆◆◇
ポンズはバンッと大きな音を立ててドアを開けた。
「ちょっと、マスタード。どうなっているのよ」
「部屋に入る時はノックをしろ」
マスタードは椅子に座りながら振り返る。その前には直立する狼人族が一人。
「あら、お仕事中だったのかしら」
マスタードの前に立つのは副組長のガルル・ペッパー。ポンズを見て一礼する。
「まあ、そんなところだ。丁度いい、お前も聞いていけ」
「仕事の報告かしら? いい話なら良いけど」
「あまり良くないらしい。失敗の報告だ」
マスタードはしかめっ面でペッパーを見ると報告を始めた。
「私は五人の部下を伴い馬車を襲撃しました。しかし、馬車から出てきたのはタマガーと背の高い男の二人だけでした。直ぐに片付くと思い部下に任せたのですが、攻撃が弾かれてダメージを与える事ができませんでした。竜之介様と同じような力があるようです。さらに、背の高い方の男がとんでもない事をしました」
「とんでもない事?」
「はい。ナイフを取り出して、自分の体を滅多斬りし始めたのです。体中血まみれになりながらも平然とし、数秒後には傷口が塞がっていました」
ペッパーは話を盛っている。
「奴らは、『不死身の俺達に喧嘩を売るとは良い度胸だ。叩き潰してやる』と悪魔のような表情で反撃してきたのです」
当然、そんな事も言っていない。ペッパー、熱がこもって話を盛りまくる。
「奴らの武術はそれほど高くはないのですが、一撃一撃が馬鹿みたいに重く、全滅する前に撤退を余儀なくされてしまいました」
ペッパーの熱のこもった報告に疑いを持たない二人。
マスタードは片手で頭を掻きむしる。
「攻撃がきかない上に不死の体だと。化け物だな」
「なるほど、化け物ね。マスタード、あんたから渡された毒を料理に入れて出したけど、あいつら平然と食っているわよ」
「なんだと? かなり強力な毒だぞ」
毒は効くと思っていたマスタードが蒼ざめていく。
「ああ。平然ってわけでもなかったわね。この国の料理は不味いって言いながら、バクバク口に運んでいたわよ」
三人が顔を見合わせる。
「不味いな。下手を打つと、この国が滅ぶぞ」
「そうね。ドラゴンの後ろ盾がある悪魔のような不死の男。敵に回したら終りね」
「とんでもない人が王になるんですね。正に魔王だ」
ペッパーは冗談で言ったつもりだが、他の二人は深刻な顔になる。
「その不死の魔王を幹部である私たちは直接相手にしなければならないのね」
「しんどい役回りになるな」
三人は室内の空気が一段と重くなったように感じた。
翌日、多摩川達は帰った。
三年後に即位式が行われる予定だ。
国内では次の王様の噂が何処からとなく広まっていく。
三年後、魔王が光臨すると。