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2. 泥酔列車

 俺は多摩川菊斎。今年、大学に入ったピカピカの一年生だ。

 一浪して受かった大学が滑り止めの三流大学。しかも、冗談で選んだ想像言語学科という何の役に立つのか分からない学科だ。なんとも冴えない結果になったが諦めてその大学へ通うことにした。

 床園大学 文学部 想像言語学科。

 そんな大学で最初に出来た友人が、同じ学科の信濃柳都。見た目はそこそこイケメンだが、色々残念な所があるラーメン好きな男だ。


 信濃に連れられて大学の構内を歩いている。信濃の入ったサークルに誘われたので、見学することにしたのだ。

 向っている先は部室棟。サークル用に用意された部屋が集まる三階建ての建物だ。

 その建物の二階に信濃が入った原付愛好会の部室があった。

 原付愛好会がどんな活動をしているのか信濃から聞いてみたが、たいした活動はしていないらしい。

 部室棟は年季を感じる建物で、薄汚れている感じはするのだが、これでも年に二回は大掃除を行っているらしい。夏休みと正月休み前に行うそうだ。

「こんな時間に人がいるのか?」

 今日は午後の講義が無かったので、昼食後に部室棟へ向っていたのだ。

「多分いる。不思議だが、誰かしらいるんだよね」

 部室棟に入り、階段を上る。通路の両脇に部屋があるので、そこそこの数のサークルがあるようだ。

 目的の部屋の前に着くと、信濃は挨拶をしながらドアを開ける。

「こんちはー」

 信濃に続いて部屋に入る。広さは八帖くらいだ。部屋の真ん中に長テーブルがあり、周りにはパイプ椅子がある。常時座れるのは六つくらいで、他は邪魔なので畳んで端においてある。入り口から見て右手側の壁には棚がった。

「おう。こんちは。えーと、名前が出てこないな」

 室内にいたのは一人だけだ。

「信濃ですよ、会長。友人を無理やり引っ張ってきました。入会させちゃってください」

 そう言いながら信濃は椅子にすわり、俺にも適当に座れと言う。

「そうだ。信濃だったな」

 会長は信濃を見てから、俺の方を向く。

「うちは優しいサークルだから、無理やりとか無いぞ。入りたくなかったら、友人の誘いでも断れよ」

「多摩川です。では、今日は見学という事で」

「お前が多摩川か。話は聞いているぞ。お前は強制入会だ」

「えっ?」

 どこが優しいサークルなんだ。俺は信濃を見るが、何も言っていないと首を振る。

 会長は入会届の用紙を出して俺の前に置く。ちょっと納得がいかない。

「一体誰から話を? それに強制って……」

「今日はバイトの前に寄るって言ってたから、そろそろ来るだろ。それに初代に気に入られた奴を他に渡せるか」

 何を言っているのか分からない。初代って誰? 納得はいかないが、逃げられない雰囲気なので、しぶしぶ入会届に記入している所へ人が入ってくる。

「こんにちは。あっ、ちゃんと来てるねー」

「平瀬さん。君が情報源か」

 平瀬千歳は俺と同じで今年入学した女性だ。学科は違うのだが、よく行くファミレスでバイトをしているので、顔を会わせる機会はそれなりにある。地元の人なので、ファミレスも高校の時からバイトをしているらしい。

 信濃が情報源で無ければ、平瀬しか思いつかない。ただ、強制入会させられる理由がさっぱり分からない。

「初代……平瀬さんが初代?」

「なに訳分かんない事言ってるのよ。お兄ちゃんから聞いてないの?」

「お兄ちゃん?」

「俺の名前は平澤正安。千歳の兄で、会長だ」

 俺は平瀬さんと会長を交互に見る。

「な、なるほど。で、初代って?」

 会長ではなく平瀬さんが答える。

「ファミマの店長が原付愛好会の初代会長らしいのよね」

 ファミマと言っても皆が知っているコンビニエンスストアではなく、個人経営のコンビニエンスストア『ファミリーマサト』。入り口に置かれたのぼり旗には『元祖ファミマ』と書かれている。俺のバイト先だ。

 そっちかー。予想外の人が出てきた。

 平瀬さんが『初代』と言うあだ名で呼ばれているのではと思い、平瀬さんに気に入られているのかもと思った自分が恥ずかしい。

 照れを隠しながら入会届を書いた。


 ◆◇◇◇◇◇◇◇◇


「店長って、大学のOBだったんですね」

 バイト中に思い切って聞いてみた。俺が店長の母校へ通っているのは分かっていた筈なのだが、その事に何も触れていないのも少し気になる。

「ばれちゃったか。まあ、同じ大学行ってただけだから、そんなに話題も無いよ」

 商品の陳列作業をしている俺をカウンター越しに見ながら言った。店長の名前は古角真人と言い、パッと見はアフロヘアーでちょっと怖いが、話してみると気が良いオッサンだ。

「友人が原付愛好会に入ってて、誘われたので見学に行ったら強制入会させられました。ここでバイトしている俺を他のサークルには渡せないとか言ってましたよ」

「えー。そんな事するサークルじゃ無いのにな。そっか、原付愛好会からOBってばれたのね。辞めたくても辞められなかったら言ってね。俺がシメてやるから」

「友人もいるで辞めることも無いと思います。そういえば、現会長が店長の事を『初代』って言ってましたが」

「うん。俺たちが立ち上げたんだよね。原付愛好会」

 そこそこ歴史はあるようで、その長さは五番以内に入るらしい。

 流行り廃りが有るので、人数が集まらず消えていくサークルも多いそうだ。

 ちなみに一番古いのは野球部。そこで二軍にも入れなかった一部の人達が退部して別のサークルを立ち上げた。それが原付愛好会だ。たまたま全員が原付を持っていただけで、原付が死ぬほど好きという訳でもなかったようだ。なので、活動内容も目立ったものは無いらしい。

「気の合う仲間で立ち上げただけで、特に目的とかも無かったから、かなり緩いサークルになったよ。それが逆に良かったのかもな」

「しかし、野球部からとは予想外ですね。確か自動二輪部とかあったので、そこから分かれたのかなと思いましたよ」

「逆だね。原付愛好会の中で、レースに出たいって言い出した奴がいてね。最初は皆で協力したんだけど、金が掛かってサークルで支えきれなくなったんだ。それでも諦め切れない奴等が退会して自動二輪部を作ったんだよ」

 俺は原付愛好会のちょっとした歴史を聞いて、少しだけ愛着が湧いた。


 ◆◆◇◇◇◇◇◇◇


 原付愛好会に入会してから数日後、毎月一回行われるミーティングに参加した。基本的に全員参加で、欠席する場合は事前に理由を書面で提出しなければならない。俺たち一年は今回が初めてのミーティングだ。

 部室棟の三階に少し大きめの部屋が有り、ミーティングをする時はここを借りるようだ。

 机を口の字に配置している。

 殆どが初めて見る顔で一回で覚えるのは無理だと諦める。

「皆揃ったな。今月のミーティングを始める。まずは自己紹介。新人が数名いるから、簡単に自己紹介をしよう。その後で、新入生歓迎会の日程を決めて今日は終わる予定だが、他に何かある人はいるかな?」

 会長は皆の顔を見回す。

「無いみたいだな。じゃ、俺から」

 そう言って、会長から自己紹介が始まる。名前、学科、学年。会長のように役職があれば、それも言う。その程度の自己紹介だ。

 会長の次は隣に座っていた副会長が自己紹介を行い、そのまま右回りに進んでいく。

 俺にも順番が回ってきたので、簡単に済ます。つもりだったのに、会長が余計な一言を入れる。

「こいつが初代の所でバイトをしているらしい」

 会長の言葉に皆が驚いている。

「初代って、あのアフロマンでしょ?」

「えっ。あそこってバイトできるんですか?」

「てか、俺は客が入っているの見たこと無いぞ」

「バイト代でるのか?」

 皆の視線が俺に集まる。

「えーと、普通にバイトしてるだけですが……。確かに客は少ないけど、夕方はそれなりに混みますよ。まあ、確かに時給は少し低いけど、代わりに色々貰ってますし」

 それを聞いている信濃が不思議そうな顔をしている。

「多摩川って『ファミマ』でバイトしてるんだよな?」

「そうだ。俺は『ファミマ』でバイトしているんだ。嘘じゃないぞ」

 信濃の質問に俺は胸を張って答えた。だが、先輩達は皆知っているので、くすくす笑っている。平瀬も地元なので知っている。

「信濃君。『ファミマ』ってね、『ファミリーマサト』ていう個人経営のコンビ二よ」

「ん? 『マート』じゃなくて『マサト』? 偽物じゃねえか!」

 知らなかった人もそれを聞いて笑い出す。

「失礼だな。ちゃんと『元祖ファミマ』って、のぼり旗も立ててるんだぞ」

 俺の一言が、さらに笑いを誘ってしまったようだ。

 笑いが治まるまでしばらく掛かった。タイミングを計って会長が話を締める。

「とにかく、初代会長には色々お世話になっているから、多摩川は失礼の無いようにしっかり働いてくれ」

 その後は普通に自己紹介が進む。ちょっと、納得がいかない。

 自己紹介が終わって、少し気になったので質問をする。

「四年生っていないんですね」

「就職活動があるからな。毎年、十月末に大学祭が行われる。それが終わると引退だ。まあ、退会しているわけではないから、たまに部室には顔を出してくるな」

「ちなみに四年の人って何人いるんですか?」

「えーと、四人だな」

 四年生が四人。この場に三年生が六人、二年生が五人。一年は俺を含めて五名いた。

 同じ学科の信濃、ファミレスで知り合った平瀬、平瀬の友人の魚野、そして、原付愛好会に入って知り合った吉野だ。

 吉野深芳(よしのみよし)は小太りで短髪の男性、丸眼鏡。見た目オタクッぽいが、普通の残念な人だった。

 それから新入生歓迎会の日程が決めらた。開催日はゴールデンウィークに入る前の金曜日に決まった。

「お前ら、その日は空けておけよ。大したイベントもないサークルなんだから、新歓と学際はくらいは全員出席しろ」

 会長が締めくくり、ミーティングは終わった。


 ◆◆◆◇◇◇◇◇◇


「きっくん、後は任せた」

 そう言って店長は奥へ消えていった。

「了解でーす」

 俺は現在、『ファミリーマサト』でアルバイト中。相変わらず客がいない。後は任せたと言われても、今はやることが無い。カウンターの内側で椅子に座って客を待つくらいだ。

 しばらくすると客が来た。

「おつかれー」

「おっ。本当にいた」

 残念。客ではなく知り合いだった。原付愛好会の会長と副会長だ。

 会長の名前は平瀬正安。同期の平瀬千歳の兄だ。副会長は神木元康。体格がよく、乗っている原付が少し小さく見える。

「いらっしゃいませ。何でもいいから、いっぱい買っていってください」

「どんな店だよ。それより、初代はいるかな?」

 笑顔の俺に苦笑いで返す先輩達。

「少々お待ちください」

 奥へ行って店長を呼ぶ。

「店長。お客さんですよー」

 俺の呼びかけに「おう」と答えながら奥から出てくる。

「いらっしゃ……なんだ、お前らか。どうした?」

「こんにちは、古角さん。新歓の予定が決まったので報告に来ました」

「おー、そうか。毎回ご苦労だな」

 会長が差し出した紙を店長が受け取っていた。

「場所も決まったんですね。言ってくれれば俺が伝えたのに。でも、なんで店長に?」

 会長は店長と話をしているので、副会長が俺の相手をしてくれる。

「新歓と学際の予定を古角さんに報告するのは会長と副会長の役目なんだ。古角さんが連絡の取れるOBに伝えてくれるんだよ」

「なるほど、代表としての顔見せみたいな感じですか」

「そういうこと。場所は部室のホワイトボードにも書いておいた。近場で確保できなかったから、ちゃんと確認しておけよ」

「駅周辺じゃないんですか?」

「どうも、どのサークルも新歓をやるみたいでな。どこもいっぱいで取れなかったんだ。確か場所は三駅先だったかな」

「そうなんですか。面倒くさいですね」

 店長も話を聞いていて、面倒そうな顔をしていた。


 ◆◆◆◆◇◇◇◇◇


「原付で行けば、無理やり飲まされることは無いんじゃね?」

 同期の吉野がアホな事を言い出す。

 今日は新入生歓迎会が行われる。当然、主役が新入生の俺達なので、その様な行動は良くないだろう。

「吉野。あきらめなよ。一緒に電車で行こうぜ」

 信濃は吉野をなだめる様に肩を叩く。

「うー。気が重いな。無理やり飲まされるんだよ。俺、アルコールは苦手なんだよな」

 俺と信濃は引きずるように吉野を連れながら駅へ向う。

 駅のホームへ入ると平瀬と魚野がいた。楽しげに話をしている。「こんちわ」と挨拶しながら近づいた。

「どうしたの?」

 二人は顔をしかめてこちらを見る。俺と信濃が吉野の両脇を押さえて、逃げられないようにしているからだ。

「吉野が嫌がっちゃってね」

「あー。分かるわ。私も少し気が重いのよね」

 俺はチャンスとばかりに平瀬さんに言う。

「じゃ、飲ませようとする先輩達から、俺が平瀬さんを守ってあげる。だからお願いが」

「お、お願い?」

「うん、今度――」

 少し顔の赤い平瀬と見つめ合う。

「ファミレス行った時に割り引いてくれ」

 ドスッと平瀬さんの手刀が額にヒットする。結構重い一撃だ。

「分かったわ。ちゃんと守ってよ」

 何故か、ぷんぷんと怒っている平瀬と入ってきた電車に乗り込んだ。


 ◆◆◆◆◆◇◇◇◇


 会長の短い挨拶で歓迎会が始まった。その挨拶で、「無理に飲ますな」や「未成年もいるんだから、分別のある行動を」のような事を一応言っていた。妹に変な事をするなよという会長の警告にも聞こえた。

 開始から少しすると、「たまがわー。ちょっと来い」と会長からお呼びがかかった。

「多摩川はビール飲んでも大丈夫なのか?」

「はい。先日、誕生日を迎えて二十歳になりました」

「そうか。まあ、無理はするなよ」

 そう言いながら、俺のコップにビールを注ぐ。

「で、なんで初代の所でバイトしてるんだ?」

「何でと言われても……。てか、あそこでバイトしてるのって、そんなに珍しいのでしょうか? 普通のお店ですよ」

「うーん。客を見たことが無いからな。バイトを雇う余裕があるとは思わなかったよ」

「昼と夕方は人が多いですよ。お弁当目当ての人が殆どですけど」

「弁当?」

「ええ。結構、美味しいんですよ。俺もそれを目当てに何回か行ってたら、バイトに誘われたんですよ」

「気が付かなかったな」

 会長に同調するように周りの人も気が付かなかったようだ。

 そんな他愛も無い話をながら飲んでいた。

 会長が少し困った顔をする。

「内田め。無理に進めるなっていったのに」

 会長の視線の先には、一年に酒を勧める二年生がいた。まだ、顔と名前が一致していないのだが、あの人が内田さんか。

 会長が注意しに行こうとする。

「会長。ここは俺に任せてください」

 そう言って、俺はフラフラと酒を勧める先輩の方へ行く。


「内田さん。ここは一年の中で唯一、二十歳になっている俺がお相手を」

 と酒を勧める先輩の横に座る。

「おっ。噂の多摩川か。お前、もう二十歳なのか」

「はい。先日、誕生日を迎えました。何かください」

「そうか。じゃ、みんなの分もお前が飲め」

「お望みとあればー」

 俺はコップのビールを飲み干し、先輩に俺のコップを突き出す。

「いい飲みっぷりだ。男前だな」

「そうです。俺は男前なんです」

 ちょっと酔いが回っているのか、適当な言葉が口から出る。横では信濃が「男前!」、「ナイス、ヒーロー」と言って大笑いしている。信濃は笑い上戸のようだ。

「そう、ヒーロー」

「そ、そうなのか」

 内田も平瀬達も微妙な顔をしている。

「そうです。今日の俺はヒーロー。まるで『魔法熟女アカネさん』のような……」

「なんだそれ。しらねーよ。てか、ヒーローじゃないだろ」

 内田さんは知らないのか。『魔法熟女アカネさん』は深夜に放送されている、ちょっとエッチな番組だ。うちの親父がビールを飲みながら、この番組を見るのを楽しみにしている。一部で大人気の番組だ。

 信濃は「熟女でヒーローって、オネエかよ」と転げ回って笑っている。

 否定的な反応ばかりだ。だが、遠くから助っ人が来る。

「そんなんじゃ、ダメだー」

 アカネさんのコアなファンがいたようだ。

「お前にアカネさんの良さをじっくり教えてやる。こっちへ来い」

 そう言って、近づいて来たのは三年の高橋。少し太めのがっしりした体型で、原付愛好会ではマニアック度ナンバーワンの人物だ。

 高橋は片手で内田を引きずりながら、空いた手で俺に向って親指を立てる。声は聞こえないが、「こいつの洗脳は任せろ」という意思が伝わってきた。

 俺はそれに答えるように同じポーズをとる。

 高橋は楽しそうに顔を歪ませた。内田の「いやだー」という叫び声が響いた。


 気が付くと店長が来ていた。普段お世話になっているので挨拶に行く。

「店長来てたんれすね」

「おー、きっくん。だいぶ出来上がっているね」

「俺なんか、まらまられすよ」

 会長が呆れた顔で俺も見る。

「古角さん。なんで、こんなの雇ったんですか?」

「うーん。なんでだろう」

「それは、俺がヒーローだかられす」

 別の先輩が俺の言葉を聞き流す。

「古角さんの店って、バイト雇ってましたっけ?」

「あー。去年の末くらいに女房とお袋がオリジナル弁当を作ったら人気が出ちゃってね。近くのオフィスのお昼用にも配達したりで、急に忙しくなっちゃて」

「そんな作業あったんれすか。配達してるとか知らなかったれす」

「きっくんは免許持ってないからね。早く免許を取ってヒーローになってくれ」

「分かりまひた。ヒーローの免許を直ぐ取りまふ。どうやったら免許貰えまふか?」

 もう、この辺の記憶も曖昧なのだが、誰かにこの場を盛り上げろと言われた気がする。 よくわからないが上半身裸になり、鼻の下と胸に味付け海苔を貼り付けてロックスターの真似事をしたようだ。

 何曲か歌って、最後に『魔法熟女アカネさん』のオープニング曲を熱唱し、ごく一部からのみ大絶賛されたようだ。


 ◆◆◆◆◆◆◇◇◇


 歓迎会が終わって駅のプラットホームで帰りの電車を待っている。

 側にいるのは平瀬と魚野だ。先輩達は二次会に行ってしまった。信濃は先輩に付いて行き、吉野は何時の間にか消えていた。

 正直だるい。座りたいが椅子は空いていない。一人だったら柱を背もたれにして地べたに座り込んでいる。だが、女性が横にいるのにそんな情けない姿は見せたくない。

 辛そうな表情は見せずに立っているつもりだが、平瀬が「大丈夫?」と、たまに声を掛けてくる。気を使わせてしまっているようだ。

 そんな感じで頑張っていると電車がプラットホームに入ってきた。思いの外空いていて、ゆっくり座れそうだ。

 ドアが空くや否や電車に乗り込み椅子に座る。ふう、と安堵のひと息ついて周りを見るが平瀬達が見当たらない。電車に乗らず、まだプラットホームにいた。

 話し込んでいて電車が入っているのに気が付いてないのだろうか? だが、そうでもない様で、こっちに向ってなんか叫んでいる。

「多摩川君。それ快速だよ!」

 そうか、快速か。それなら早く着くな。閉まるドアを見ながら、そう思った。

 電車が動き出してから思い出した。最寄の床園駅って各駅停車の電車しか止まらないじゃん。次の駅で降りて戻らなきゃ。そう思うのだが、電車の揺れが心地よい。つい寝てしまった。

 目が覚めると電車が丁度止まった所だ。

 ドアが開くのを見て直ぐ降りる。目の前には入ってきた電車が見える。

 知らない駅だが、プラットホームが一つだけなので目の前の電車は反対方向に行くはず。

 何の疑いも無く乗り込む。

 しばらく頑張っていたが睡魔に勝てず、また寝てしまった。

 車内のアナウンスで目が覚める。次の停車駅は聞いたことが無い。車内に貼ってある路線図が目に入り、今がどの辺なのか確認する。

 最寄駅から順に駅名を確認していくが、次に止まる駅が無い。もう一度確認するが、やはり見当たらない。はて、どういう事かと思い、一度床園駅へ目を向けると、その少し下に途中で分岐した路線があり、そこに次の駅と思われる駅名があった。

「えーと、どうすれば良いのか……」

 途方にくれる。

 このまま乗っていても、目的の駅を通る路線には繋がらない。戻るしかないようだ。

 仕方なく次の駅で降り、反対方向の電車に乗ったが、これが快速だと知ったのは乗り換える駅を大分過ぎてからだった。

「もう訳が分からん」

 睡魔と闘いながら電車を何回も乗り換えるが、徐々に目的の駅から離れていく。どの駅で乗り換えたのか記憶も曖昧になっていた。


 ◆◆◆◆◆◆◆◇◇


 目が覚めると目の前にテーブルがある。その上には寿司や揚げ物、餃子、フライドポテトなど色々な食べ物が並べられていて、その周りには大勢の人で賑わっている。

 体には電車の心地よい揺れが伝わってくる。察するに電車の中で宴会をしているようだ。

「俺は何故こんな所にいるんだ?」

 予想外の状況に戸惑っていると、さらに拍車をかける状況を知る。

 隣の人が、起きた俺に気付いて話し掛けて来たのだが、言葉が分からない。日本人ではないようだ。

 何の集まりなのかは分からない。

 周りの人も俺に気付いて話しかけてくるが、何を言っているのかさっぱり分からない。

 英語だったら、聞き取れる単語くらいはありそうだが、かすりもしない。

 幸いな事に皆の表情は笑顔なので怒ってはいないようだ。

 話が通じず困っていると、日本語の話せる男性が来てくれた。

「目、覚めたか。お前、床で寝てた。大丈夫か?」

「そうでしたか。大丈夫です。ありがとうございます。私は多摩川と申します」

「そうか。よかった。俺はダミアン。まあ、飲め」

「いや、さすがに助けてもらって、ご馳走になるわけには」

「気にするな。宴会中」

 周りの人もジェスチャーで飲めと勧める。

「では、お言葉に甘えて」

 コップに注がれたビールを飲み干す。それを見てた周りの人が、「おー」と拍手喝采が起きる。

「いい飲みっぷりです。ささ、どうぞ。好きな物、食べろ」

 断るのも失礼になると思い、頂くことにする。

「なんか、本当に申し訳ないです」

「気にしない。日本、食い物美味い。勧めたくなる」

「そう言われると、日本人としては嬉しいですね。ところで、皆さんの出身はどこなのですか?」

「私達、白鳥座の方です」

 よく分からない。ヨーロッパの方かな。

「それはそれは、遠い所から。観光ですか?」

「殆どの人、観光ね。私、アルバイトで通訳してるよ。本業は技術者ね」

「本業とは別にアルバイトですか。大変ですね」

「そんなことないね。アルバイトで日本に来れる。日本いい国よ。親切な人ばかりだよ。困ってる時、助けてくれた。だから、困ってる人、助けるよ」

 そんな話を聞くと、ダミアンを助けた人達にも助けられた気分になった。


 周りもビールを勧めてくるので、かなり酔っ払ってしまった。朦朧としている意識の中で、迷惑をかけた上に御馳走になってばかりでは申し訳ないと思う。空になっている寿司桶を見て決心する。

「ダミアンさん。せめてものお礼に、詰らないが芸をやらせてくれ」

「おー。何かしてくれますか」

 ダミアンが皆に何か言っている。多分、俺が何かやると言っているんだろう。

 俺は一旦、隣の車両に行き、準備をする。そして、意を決して宴会している車両に入る。

「どーもー。みなさん、今日はありがとうございます。詰らない芸ですが、暫し時間を頂きたいと思います」

 俺は素っ裸で、右手を上げ手を振り、左手に持った寿司桶で股間を隠している。

「先ずは、挨拶代わりに……。ハイッ。ハイッ。ハイッ」

 と、両手で桶を持ち、掛け声に合わせて高速で裏返す。

 オーッと拍手が湧き起こる。

 ここは電車の中なので、視線は前からのみ。素人でもやり易い?

 続いて、スマフォで音楽をかけ、両手に一つずつ寿司桶を持つ。そして、音楽に合わせて、股間を隠しながら踊る。

「ハイッ」

 左手に持つ桶で股間を隠し、右手を上げる。

「ハイッ」

 素早く入れ替え、右で隠して左を上げる。

「ハイッ。ハイッ。ハイッ――」

 掛け声と共に、それを交互に何回か繰り返す。

「ハーーー。ハッ」

 両方で股間を隠し、少し溜めた後に両手を挙げる。

 股間は足で隠している。

 オーッと更に盛り上がる。

 波に乗る俺は、やった事もないブレイクダンスを始める。

 股間を隠しながらなので難易度が高い。たまに、はみ出る。玉だけに。

 たまのハプニングも良いアクセントになり、盛り上がりが最高のなかでダンスを終えた。


「多摩川さん、すごいです」

 ダミアンが絶賛している。とりあえず、俺はトランクスだけ穿いた。

「いやー、素人の芸で大変お恥ずかしい」

「いえいえ。皆もいい出し物(いろいろな意味での)が見れて喜んでいます。そうだ、御礼にこれを」

 ダミアンが懐から何かを取り出す。

「いえ。十分ご馳走になってるので、貰うわけにはいきません」

「素晴らしい芸を見せてもらったので、これ位はさせてください」

 ダミアンは手に筒状の物を持っており、その先を俺の肩に当てる。そして、筒に付いているボタンを押す。

 バシュッ。

 肩に激痛が走る。

「うぎゃーーー」

 薄れ行く意識の中で、ダミアンの声が聞こえる。

「最新式のマイコンです。インプラントしました」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆◇


「君、起きなさい」

 体を揺すられ、目が覚める。

 そこは見知らぬ駅のプラットホーム。パンツ一丁でベンチに寝ていた。

 服やズボンを枕にしていた。幸いな事に手荷物は無かったので、無くなった物は無いようだ。

「そんな格好で寝てちゃ駄目だぞ。風邪を引くぞ」

 駅員さんに軽く怒られる。

「す、すいません。すぐ着ます」

「大丈夫かい?」

「はい。どうも、すいませんでした」

 駅員さんは俺が問題無さそうだと確認し去って行った。


 あれから数日が立ち、未だにあの宴会していた電車はなんだったのかと思う。

 夢だったのかとも考えた。

 だが、ダミアンが最後に無理やりくれたプレゼントが俺に変化を与えた。

 それまで、特に計算が得意ではなかったのに暗算ができるようになったのだ。

 ただ、八桁を越える結果の計算は、頭にエラーと言う文字が浮かぶようになった。


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