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14.聖戦

 夏の暑さも去り、少し秋めいてきた平日の昼下がり。

 多摩川菊斎は当ても無く、ぶらぶらと歩いていた。

 真夏は暑くてクーラーの効いた部屋に閉じこもっている事が多かった。

 午後の講義が休講になったので、たまにはゆっくりと散歩をすることにしたのだ。

 しばらく歩いていると公園があることに気づいた。

 思ったより大きな公園で遊具などは無い。

 曲がりくねった道に沿って大きな木が植えられていて、所々にベンチが設置さている。

 バックの中を確認すると読みかけの小説が入っていた。

「よし、ここで小説の続きを読もう」

 比較的綺麗なベンチを選んで座る。

 周りを確認するが人は誰もいない。

 暖かい木漏れ日の中で小説を読み始めた。


 ◆◇◇◇◇


 区切りの良い所で一息つき、顔を上げる。

 気が付くと高かった日もだいぶ傾いていた。

「さて、夕食を買って帰るか。あれ?」

 道に何か落ちてるのに気が付く。

 財布だ。

 本を読む前には何も無かったと思うのだが、気が付かなかっただけか。

 辺りを見回すが人はいない。

 だいぶ前に落としたのだろうか。

 よほど集中していたのか、目の前を人が通ったのも気付いていない。

 ふと、今までのお金を拾った時の事を思い出す。

 確か五十円や十円がいいところ。

 財布が落ちているのなんて初めて見た。

 少し緊張する。

「さすがに警察に持っていかないとダメだな」

 と呟くと、誰もいないのに返事が返ってくる。

「何言ってんだよ。誰もいないんだから、貰っていいんだよ」

「えっ、誰だ?」

「誰でもいいじゃん。それより、誰もいない内に財布ごと貰っちゃいな」

「そ、そうだな。誰も見ていないし、いいか」

「待って。そんな悪魔の言う事を聞いちゃダメよ」

「悪魔?」

「そう。私は天使。そいつは貴方を悪い道へ導く悪魔よ」

 あーっ。何かこんなシーンよくあるな。天使と悪魔の囁きだ。

 目の前に天使と悪魔が争うイメージが見えてくる。

「おいおいおい。そんな奴の言う事聞いたって、損するだけだぜ」

「何言ってるの。こういうのは損得じゃないのよ。財布を落として困っている人がいるのだから、ちゃんと警察に届けるのよ」

「やめとけって。大体、落とす奴が悪いんだから、そんな奴のために時間を割くのは勿体無いぞ」

「落とした人は何も悪くないわ。それに、落とした財布が見つかれば感謝されるわよ」

「はっ。感謝なんて腹の足しにもなんねえよ」

「落とし主が見つかれば謝礼も貰えるし、見つからなければ、正式に貴方の物になるのよ。どちらにしろ、やましい事無く報酬が手に入るのよ」

「面倒くせえな。いいから貰っちゃえよ」

「駄目よ。ちゃんと警察に届けて」

 なんかゴチャゴチャうるさくて、どうでもよくなってきたな。

 財布は見なかったことにして立ち去るか。

 なんて思ったら、二人が凄い勢いで突っ込んでくる。

「おい! 見なかったことにするのは無しだろ」

「そうよ。ちゃんと届けないと」

「コイツの言うことは無視して、とっとと持って帰れよ」

「あなたがそんな非常識な事を言うから、財布を無視するなんて変なことを考えるのよ」

「なんだと、このやろ」

「なによ、やるの?」

 天使と悪魔が殴り合いを始める。

 悪魔がワンツーパンチ。

 天使がガードで防ぎ、脇腹へ回し蹴り。

 悪魔は羽を使い上へ移動し、その蹴りをかわす。

 天使も羽を使い追いかける。

 非常にうるさい。

 そんな俺の思いを更にかき乱す者が現れた。


 ◆◆◇◇◇


 和服姿の恰幅のいい爺さんが二人に割って入る。

「争うのを止めよ。その者が困っているであろう」

 白い髭を口の周りに生やし、禿げ上がった頭がキランと光る。

 えーと、なんだこの爺さんは?

「ほっほっほ。私はこの地を守護する土地神じゃ」

 土地神様だと? 凄いのが現れたな。

 でも、こういうので出てくる天使と悪魔って心の善悪をイメージしているんだよな。心の中の土地神様って何だ?

「うるせえ爺だな。関係ないんだから引っ込んでろ」

 悪魔が土地神に突っかかる。

「分かってないようじゃの。関係しているからこそ口を出すんじゃ」

 よく分からん。なんで土地神様が関係してるんだ?

「いいか。その財布はこの地に落とされた物なのじゃ。つまり、この地に奉納された物なのじゃ」

「いいように解釈してるんじゃねぇぞ。ジジィ」

「土地神様。財布の持ち主は意図して奉納した訳ではないのですから、一旦警察へ届けるべきだと思います」

「いいんじゃ、いいんじゃ。落とした者も奉納されたと知れば諦めもつくじゃろ。ささ。近くの神社の賽銭箱へ財布ごと入れるのじゃ」

 うーむ。とんでもねぇ爺が出てきたな。悪魔が怒りで震えているぞ。

「おい。あんな無茶苦茶な爺は無視しろ。財布持って帰るぞ」

「駄目よ、先ずは警察へ。持ち主が現れなかったら近くの神社へ持っていくのよ」

「面倒な事言ってんじゃねぇよ。持って帰れ。俺が許す」

「おいおい。この地に奉納されたものを持って帰ってはいかんぞ」

 みんな好き勝手に言っている。正直どうしていいのか分からん。

「クックック。お困りのようですね。私に良い案がありますよ」

 また余計なのが出てきたぞ。

 見た目は黒いスーツで身を固めたサラリーマン。切れ長の目が少し怖い。

 今度は何者だろ?

「私は邪神です」

 えーっ。邪神の提案なんて碌なもんじゃないだろう。

「いい慈善団体を知っているので、そこに寄付をしなさい」

「あら。邪神にしては思っていたよりまともね。でも、警察に届けるのが先よ」

「邪神様。慈善団体に寄付するなら、パクッた方がいいと思うんすけど」

 悪魔のやつ、パクるって言っちゃてるじゃん。

「この慈善団体は良い仕事していましてね。裏で世界各地のテロリストに援助をしているんですよ」

 なんだよ。超ヤバイ団体じゃねぇか。却下だ。却下。

「安心してください。ちゃんと表向きの活動も少しはやっていますから」

「おぬし等、いい加減にせい。財布は奉納されたようなもんじゃ。さっさと神社へ持っていくがよい」

「だから、ふざけた事言ってんじゃねえぞ。ボケ爺。財布は拾った奴のものだ」

「違うわよ。落とし主がいるんだから、その人の物よ」

「そんな事より、慈善団体に有効活用してもらいましょう」

 あー、うるさい。全然考えがまとまらない。

 個人的には見なかった事にするのもありな気がする。

「何を言っておるのじゃ。無視するくらいなら、近くの神社に行って財布ごと賽銭箱に入れてしまえ」

「神社に行くだけ無駄だぞ。それよりもバックに放り込めば済む話だぜ」

「だから、キチンと警察に届なさい。そうしないと後悔することになるわよ」

「くっくっく。そうですよ。後悔しないためにも、慈善団体へ寄付すべきです」

 いや、邪神の提案が一番無いんだけどね。

「テロリストに援助するような団体に寄付したら、一生後悔するわよ。あいつは無視しなさい」

「おやおや。私に喧嘩を売っているんですか?」

「邪神様。こいつ生意気ですぜ。やっちゃいましょう」

「ほっほっほっ。三人で潰し合うのじゃ」

「爺も血祭りに上げてやるぜ」

「ふん。上級天使である私を舐めるんじゃないよ。お前達、手を貸しな」

 天使の軍団がわらわらと現れる。

「どうしました、姉さん」

「こいつらをやっちゃえばいいんですか?」

「二度とでけぇ口利けないようにしてやりますよ」

 こわい。天使の団体さんが超怖い。

「へっ。てめえだけが上級だと思うなよ。野郎ども手伝いな」

 今度は悪魔の軍団がやってくる。

「なんだ。弱そうな奴らだな」

「サクッと蹴散らしやるよ」

「爺もいるじゃないか。一発であの世じゃね?」

 ケタケタ笑いながら集まる悪魔達が不気味でしょうがない。

「ほっ。雑魚どもが集まりおって。わしの手下が捻り潰してくれる」

 土地神様の手下が集まってくる。

「土地神様に盾突くとは恐れ多いな」

「死んで詫びるがよい」

「くっくっく。いいですね。では、私も手下を呼んで皆さんを血祭りにしましょう」

 邪神も手下を呼び寄せる。

 ……あれ? これって心のイメージじゃなかったっけ? どうなってんだ。


 ◆◆◆◇◇


 天使達は剣を、悪魔達は槍を、土地神の手下達は棍棒を、邪神の手下達は大鎌を。

 各々が武器を構え、四つの軍団の入り乱れた戦いが始まる。

 武器が交わる音が響き、斬撃で肉が切り裂かれ、打撃で骨が砕ける。

 攻撃を受け沈む無念の声が、敵を仕留めた歓喜の声で塗り潰される。

「邪魔者は全て切り刻め」

 天使達が剣で目の前の敵を切り刻む。

「弱い奴らが粋がってんじゃねぞ」

 悪魔達が攻撃をかわしながら、槍を突き敵を沈める。

「その言葉、そのまま返すぞ」

 土地神の手下達が棍棒で振り下ろし、敵を潰していく。

「素晴らしい。実に素晴らしい宴ですよ」

 邪神の手下達が嬉々として大鎌を振り回し、敵を音も無く両断する。

 戦いは徐々にエスカレートしていく。

 空には暗雲が立ち込める。

 強風が吹き荒れ、豪雨が降り注ぐ。

 竜巻が発生し、周りの者を巻き上げていく。

 稲妻が降り注ぎ、大地を焦がす。

 大地が裂け、炎の柱が立ち上がる。

 災害のオンパレードの中を、怯むこと無く戦いが続けられる。


 何だこの状況は。

 俺の知っている心の葛藤のイメージはこんなのじゃない。

 もっと、ほのぼのとしたやつだ。

 こんなドロドロした惨劇が繰り広げられる状況をどう理解したらいいのか。

 もう、収拾がつかない。

 もしかして、心を沈めて無にすれば収まるのか?

 ……無理だな。

 うるさくて、それ所ではない。

 斬られたり、叩かれたりした者の叫び声がそこかしこから聞こえてくるのだ。

 集中できる訳が無い。

 ただただ、状況を見守るしかないのか。


 ◆◆◆◆◇


「お主等、いい加減にせぬか!」

 物凄く響き渡る声が、一瞬で戦いを止めた。

 凄い。凄いけど、また一人増えたことにちょっと不安も残る。

「あ、貴方は創造神様」

 その存在に気付き、その場にいた全員が跪く。

 創造神。

 この世界、この宇宙を作った神。神々の頂点。

 凄い方が現れた。

「うむ。お前達があまりにも騒々しんので、創造神自ら静めに来たぞ」

 うわ。その駄洒落は如何なものかと。

 俺の『創造神様スゲー』ゲージがマックスから、みるみる下がっていく。

「収拾のつかない騒ぎをしおって。わしが良い案を出してやる」

 おー。創造神様が案を出すなら、みんな文句を言わず従うな。

「均等に六等分すれば良いだろ」

 意外と普通の解決策だな。

 ……俺、天使、悪魔、土地神、邪神。一つ多いぞ。

「わしの仲裁料を含めるのじゃ」

 うお。最後にちょっとだけ出て、六分の一を持っていくとは。創造神恐るべし。

 みんなも創造神には逆らえないのか、六等分で納得する。

「で、一人当たり、いくら貰えるのかな」

 俺はまだベンチに座ったままなので、財布の中は見ていない。

「なんじゃ。さっさと中身を確認せい」

 創造神様がせかす。

 俺は周りを見て、誰もいないのを確認。立ち上がり、財布に近づく。

「あっ」

 財布だと思ったら、布切れだった。

「はぁー? 馬鹿じゃないの」

「こんな間抜けに付き合ってたのかよ」

「普通、直ぐに確認するじゃろ。使えん奴じゃ」

「楽しい宴でした」

「なんじゃ。ボロ布で戦ってたのか」

 一人だけおかしな事を言っていて、他の者からは罵られる。

 てか、確認する前に勝手に争い始めたのそっちじゃん。

 創造神様、みんな要らないみたいなので、仲裁料としてこの布を。

「そんなのいるか! 今回は特別に無料じゃ。皆もとっとと帰れ」

 蜘蛛の子を散らすように、あっという間に誰もいなくなる。

 あの騒がしかった戦いが嘘のようだ。

 沈み行く太陽に照らされるボロ布が風に揺らされて、笑っているように見えた。


次回はいつもと同じ月曜に投稿予定です。

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