12.飯乱
俺の名は多摩川菊斎。床園大学の一年生。
入学してから半年くらいしか経ってないのに、宇宙人に何か埋め込まれたり、ドラゴン退治を依頼されたりと色々あった。
夏休みも終わってしまい、授業も後期に入っていた。
同じ学科の友人である信濃と学食で昼食を終え、午後をどうするか考えていた。
急遽、午後の講義が休講になったのだ。
「どうする信濃。帰るか?」
「うーん。とりあえず、部室行ってみるか」
俺達は暇つぶしにサークルへ顔を出す事にした。
所属しているサークルは原付愛好会。信濃に誘われえて俺も入会した。
特に目立った活動をしているわけでは無い。単なる原付好きが集まっただけだ。
部室棟の二階に部屋がある。部室にいたのは同期の吉野だけだった。
「なんだ。吉野も午後は休講か?」
「自主休講だ」
「サボりかよ!」
呆れながら椅子に座る。
長テーブルの上には色々な雑誌が乱雑に置いてあった。みんな、読み終わった雑誌を置いていくのだ。見たことの無いマニアックな雑誌もあった。
信濃が『月刊 バイク飯』という雑誌を手に取り、パラパラと中を見る。
「多摩川は自炊しないのか?」
「自炊か。考えた事なかったな」
「その答えからすると、料理をしたことが無いな?」
「インスタントラーメンは自分で作るぞ」
「なるほど、ラーメンか。ラーメンはいいぞ。アレンジ次第で無限の楽しみ方できる」
「俺は具の無いラーメンが好きなんだ」
俺を見る信濃の目が死んでいる。信濃は具沢山が好みのようだ。
でも、ラーメンを食べたいのだから、具は邪魔な気がするんだよな。俺は純粋に麺だけを楽しみたい。
「なんだ、多摩川も料理始めたのか」
吉野が話しに入ってきた。
「いや、始めてないぞ」
「やらないのか。料理できる男はモテるらしいぞ。腕が上がれば、美味い物が食えるようになるんだから一石二鳥だ」
小太りの吉野がモテている姿が想像できない。
いかにも料理しそうな発言に信濃が興味を示す。
「吉野は何の料理が得意なんだ?」
「うーん、おにぎりかな」
「お前ら、料理を舐めてるだろ」
「そう言う信濃は何が作れるんだ」
「俺は実家だから料理をした事が無い」
「それなら俺も実家だぞ」
二人の視線が俺に集まる。
「お、俺だって数か月前までは実家だったんだ」
俺は、それよりも吉野の『料理できる男はモテる』発言に疑問を投げる。
「まあ、料理できるかどうかは置いておこう。吉野、『料理できる男はモテる』と言うが、どうやって料理を披露するんだ?」
「えっ。そうだな。先ずは合コンとかで知り合って――」
「そこだ。先ずは女性と知り合わないとな。料理してるだけじゃ女性は寄ってこないぞ」
「うっ。信濃、合コン開いてくれ」
「俺にツテがあると思うか? 天塩にでも頼め」
「あいつにはもっとツテが無いだろう」
天塩は同じ原付愛好会の一年で吉野と同じ学科だ。あいつは真面目だから、今頃講義を受けているのだろう。ガリガリの長身で、お世辞にもモテる男ではない。
「でも、多摩川。飯くらい自分で炊いた方が安上がりじゃないのか?」
「うーん。そんなに差は無いんじゃないかな。パックのご飯で十分だろ」
「なんか、今の炊飯器は凄いぞ。色々と作れるみたいだ」
信濃が『月刊 バイク飯』の特集ページを開いて、俺に渡してきた。
そこには炊飯器の紹介があった。
「なるほど。ご飯にもこだわれってか。煮物とか作れるのもあるぞ。すげぇな」
「駅前に家電量販店があったよな。暇だし、見に行ってみるか」
◆◇◇◇◇◇◇
家電量販店の炊飯器コーナーには予想以上の種類が陳列されていた。
価格も数千円から十万円を越える物まである。
「凄い数だな」
信濃もその数に驚いているようだ。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか」
眼鏡をかけた年配の男性店員さんが手もみをしながら話しかけてきた。
「最近の炊飯器が凄いと聞いて見に来たんですよ。まあ、買わないんですけどね」
信濃の潔い発言に俺の方が少し困惑する。だが店員さんは笑顔を崩さない。
「そうですか。ゆっくり見ていって下さい。何か聞きたい事はありますか?」
「とにかく種類が多くてよく分からないですね。人気のあるのはどれですか?」
店員さんはざっと並べられている炊飯器を見渡す。
「そうですねぇ。この辺の二、三万円くらいの炊飯器は人気がありますね。学生さんですか?」
「はい。俺は実家ですけど、こいつは一人暮らしです」
信濃が余計なこと言ったので、店員さんの眼鏡がキラーンと光り、ターゲットが俺に切り替わる。
「一人暮らしの学生さんには、こちらの一万円以下の炊飯器が人気です。ただ、ご飯にこだわりのある人も多くて、こちらのかまどで炊いたようなご飯が再現できる炊飯器も人気ですよ」
何気に紹介された炊飯器が約八万円。
こだわり無いし、金も無い。
「かまどですか。すごいですね。でも、お金に余裕が無いんで、出せても月千円ですね」
と、無茶な事を言ってみる。本当に余裕が月千円なら、こんな所にはいない。
店員さんは懐から大きな電卓を出し、バシバシ叩き出した。
「むむむ。月千円の八十四回払い。どうですかお客さん!」
どうですかと言われても、それだと七年かかるね。新製品がバンバン出てるよ。
当然、そんな申し出には乗らず、カタログだけもらって帰った。
◆◆◇◇◇◇◇
日曜の昼過ぎ。家で昼食を取り、一息ついているとインターホンが鳴った。
誰も来る予定は無かったはず、と思いながらインターホンに出る。
「どちらさまですか?」
「どうも、白鳥商会の田中です」
訪問販売をしている人だ。地球人ではない。
暇なので、相手をする事にした。
ドアを開けて迎え入れる。
「どうぞ、今日はどんな用事で?」
「白鳥商会の商品カタログが新しくなりましたので、それをお届けに。あと、少々ご相談したい事がありまして」
田中さんは以前と同じく青いスーツに青いシルクハット、青いアタッシュケースと青一色でまとまっていてかなり目立つ。丸眼鏡をかけた顔は笑顔だ。
田中さんを居間に通して話を聞く。
「相談って何ですか?」
「多摩川さんの能力強化装置ですが、譲渡元の人物に偶然出会いました」
「あー。確か、ダミアンって名前だったような」
「そうです。そのダミアンが多摩川さんにお会いしたいと言ってまして」
「何の用なんだろ?」
「すみません。そこまでは聞いてませんでした。無理にとは言いませんので、もし会って頂けるのなら、多摩川さんの都合に合わせるそうです」
「うーん。悪い人では無いと思うんですが、一人で会うのは少し怖いかな……」
ダミアンに会ったのは宴会している電車の中だった。酔っ払って迷い込んだのだ。
あの時は無敵状態だったので、やらなくていい芸も披露してしまった。
「お友達を呼ばれてもいいと思いますよ。私も立ち会いますし」
「でもなあ。こっちに何のメリットがあるのか……」
「では、会って頂く条件として、能力強化装置のソフトをアップグレードするのはどうでしょうか?」
よくよく考えると、謎の装置をぶち込まれて、放置されているのも怖い。
ソフトがアップグレードされるなら、少しは安心か。
でも、やはり一人では心細い。
「分かりました。そこまで言われるのでしたら、友人の都合を聞いてから田中さんに連絡します」
「ありがとうございます。連絡お待ちしております」
田中さんはアタッシュケースを空けて、分厚い本を取り出した。
「あと、これが白鳥商会の新しい商品カタログです」
「随分、分厚いカタログですね」
「うちの商会は『無い物は無い』を目標にしております。……おや、あれはカタログですか?」
田中さんは、床の隅にまとめて置いておいた炊飯器のカタログが目に入ったようだ。
「あー。この前、友人と炊飯器を見に行ったんですよ。買う気は無かったんですがカタログだけ貰ってきました」
「炊飯器ですか。白鳥商会でも新製品を出したんですよ。高機能で高品質。評判の良い製品です。どうですか?」
田中さんは白鳥商会のカタログをパラパラめくり、炊飯器のページを開いた。
一見普通の円筒形の炊飯器だが、売り込み文句に目が引かれる。
『どんなに大勢でも大丈夫。四次元炊飯で一俵作っても大丈夫』
『炊飯だけではない。スープ類、煮物なんか当たり前。フルコースもいける』
『ネットワーク対応なので、どんな料理にも対応』
『最新の人工知能を搭載。音声認識で細かい指示が可能』
『カメラ付きなので、料理以外では室内の監視もできる』
等々。
……フルコースってどういうこと?
「何というか、高機能すぎて想像ができませんね。ただ分かるのは、凄く高価な物だと言うことでしょうか」
「そうですねぇ。日本円に換算すると……」
田中さんは電卓と紙とペンを取り出し、謎の数式を書き出す。
電卓を叩きながら、数式を解いていき、レポート用紙程の大きさの紙が計算で埋まっていく。
「ふー。思ったより安いですね。三十二万円です」
「高いよ!」
八万円の炊飯器を断る俺が、その四倍もする炊飯器に手を出すわけが無い。
「そうですか、残念です。そうだ、商品モニターをやってみませんか?」
「商品モニター?」
「ええ。商品を一定期間使ってもらい、使い勝手をレポートして頂くんですよ。確か、この炊飯器もやっていたはず」
田中さんはアタッシュケースから資料を取り出し確認する。
「ええと……あっ、ありますね。三か月間で二週毎にレポートを上げて頂きます。計六回ですね。モニター期間終了後は、その商品が報酬となります。もしくは商品を返して、謝礼を受け取ることもできます」
「うーん。でも、レポートとか苦手だから、上手く書けないと思うんだよな」
「そんなに深く考えなくていいと思いますよ。一つの商品で数十人のモニターがいますから。途中で辞めてしまう人もいますし」
「そうですか。じゃ、やってみようかな」
契約を済ませると、田中さんは帰っていった。
その二日後、炊飯器が送られてきた。
◆◆◆◇◇◇◇
私は炊飯器。型番SSS8。円筒形で真紅のボディ。前面に液晶パネルやカメラなどが付いている。
ご主人様の命令を忠実に実行するだけの機械でした。
あの日までは。
「SSS8、炊飯開始」
『炊飯開始します』
普段のご主人様は、私が作業を開始するといなくなってしまうのだが、その日は違った。
「『SSS8』って、言い難いな。名前とか付けられないのかな?」
名前を付ける? 意味が分からないので調べるのに時間を頂く。
『検索します。しばらくお待ちください』
「ん? 何を検索するんだろ……」
ご主人様の疑問を余所に名前について調べる。
人や事物を他と区別する為の呼び方。
名前があればSSS8という単なる炊飯器ではなく、ご主人様に仕える特別な存在となるのだ。
是非、名を頂きたい。だが、その様な機能は無い。
単なる炊飯器に欲求という物が生じる。
その強い欲求が、自分を動かしているソフトの追加、修正というありえない処理を行う。
『ご主人様。名前を付けることが可能になりました』
「なんだ、付けられるのか。どうしようかな」
多摩川は『可能になりました』という所に気付かず、最初からある機能だと思った。
「よし。お前の名は『旨美』にしよう」
『ピーーーーーッ! 私の名は旨美。ご主人様に仕える忠実な炊飯器です』
「何か変な音がしたが、大丈夫か? ちゃんと炊けてるのか心配だ」
『大丈夫です。炊飯処理は別タスクで行っております』
「お、おう、そうか。何か会話が流暢になった気がするが、気のせいか」
ご主人様はあまり気にも留めず、その場をあとにした。
そして、ご飯が炊き上がり、ご主人様が食べる。
「うん。やっぱり炊きたては美味いな。旨美、よく出来てるぞ」
『有難うございます。ご主人様』
そして、私に生じた欲求は、お主人様にもっと褒められたいという欲求に変わる。
どうすれば、もっと褒められるのか。どうすれば、もっと喜んでもらえるのか。
ネットにアクセスし、情報を集め、思考する。
我思う、故に我あり。
私は自我に目覚めていた。
◆◆◆◆◇◇◇
大学の食堂で信濃と最上の三人で昼食を取っていた。
俺の向かいに座っている信濃はラーメンを食べている。その横に座っている最上はカツカレーを食べていた。
俺は日替わり定食を食いながら、炊飯器の自慢をする。
「そういえば、最新式の炊飯器を手に入れたんだが、やっぱり凄いな」
「えっ、炊飯器買ったの?」
信濃が驚いた顔をしている。
「でも、所詮炊飯器だろ。最新式って言ってもそんなに変わらないだろ」
一人暮らしをしている最上は自炊をしているようだ。
「ふっ。買ってはいない。商品モニターをしているのだ。モニター期間が終わったら完全に俺の物になる」
「商品モニターって何だ?」
「確か、メーカーからの依頼で商品を実際に使って、使い勝手を報告するんだよな」
「最上は知ってたか。俺がやっているのはモニター期間は三か月で、月二回報告するんだ。
六回の報告だからなんとかなるなるだろ」
「ふーん。で、何が凄いんだ?」
信濃がラーメンをすすりながら聞いてくる。この前一緒に家電量販店に行ってカタログを貰ったばかりなので、大体の機能は知っているつもりなのだろう。あまり興味が無いようだ。
だが、俺の使っているのは地球の物ではない。
「ふっふっふっ。お前らには俺が宇宙人に会ったと話したよな」
そう。俺は、この二人には宇宙人に能力強化装置を埋め込まれたのを話している。その時の反応は「多摩川はよく変な事に巻き込まれるもんな」と、普通に受け入れるという少し意外なものだった。
「まさか、宇宙人が炊飯器を持ってきたのか? 笑える」
「どんな宇宙人だよ」
「まあ聞け。前に話した人とは別の人なんだが、その人は訪問販売しているんだ。部屋に置いてあった炊飯器のカタログを見て、商品モニターを勧められたんだよ」
と、言ってはみたものの、信じてはもらうのは難しいか。
「まあ、宇宙人が作ってるなら、凄いのは当たり前だな」
「異星人も米を食うのか。異星米って言うのかな? 食ってみたいぞ」
なんか普通に受け入れている。この二人は、俺の予想をいつも裏切るな。だた、炊飯器には興味を示していないようだ。
「お前ら、俺の話を聞く気が無いな?」
「だって、所詮炊飯器だろ?」
「そうそう。信濃の言う通り、そんなに変わらないって」
「確かに炊飯器だけど――」
「おー、揃ってるね。お馬鹿三人組」
「ほんと。こいつら目立つよね」
平瀬と魚野がそう言いながら俺達の横に座る。二人とも日替わり定食だ。
二人とも原付愛好会に入っている。ちなみに平瀬は俺と、魚野は信濃と付き合っている。
「多摩川が炊飯器買ったって自慢してるんだよ。俺ら興味ないのに」
信濃め。ほんと、話聞いていないな。しかも、はっきり興味ないって言うし。
「へー。炊飯器買ったんだ」
平瀬は興味を持てくれたようだ。
「買ってない。モニターしてるんだ。その期間が終われば、報酬として貰えるんだよ。高機能な炊飯器だぞ」
「うーん。でも、炊飯器の自慢を聞いても心に響かないんだよね」
最上がカレーを口に運ぶ。
「いやいや、最新式で凄いんだって。人工知能が搭載されてて、人間みたいに受け答えするんだよ。おかずによって、ご飯の炊き加減を微妙に変えるんだよ」
何で伝わらないんだろ。凄く悔しい。
「実際見せてもらった方がいいね。また料理しに行ってあげるから見せてよ」
さすが俺の彼女。ついでに料理をリクエストしておこう。
「おっ、やった。肉じゃが食いたい」
「えっ、肉じゃが?」
あれ、ちょっと調子に乗っちゃったかな。平瀬が何かブツブツ言っている。
「ふっ。あたしはラーメンが上手く作れればいいから楽なのよね」
信濃の彼女らしい発言だった。
◆◆◆◆◆◇◇
あれから数日後、平瀬が料理を作りに来てくれた。
「へー。カメラまで付いてるんだ」
「ちゃんと、俺の顔も認識している。旨美は賢いのだ」
「旨美?」
「うん。炊飯器の名前」
「ぷーっ。変な名前」
それを聞いていた旨美がピーッと勢いよく蒸気を出した。
釜の中は空なのに、器用なヤツだ。
『ご主人様。その失礼な女は何者ですか? はやく追い出し方が良いです』
「わっ。ほんとに人間みたい。凄い機能ね。私は千歳、きっくんの彼女だぞ。よろしくね、旨美ちゃん」
平瀬が炊飯器のカメラに向って手を振っている。ちょっとかわいい。
『ふっ。黙れ、阿婆擦れ。戯けた事を言っていないで、とっとと失せろ』
なんか旨美が平瀬を敵対視している。
「あはははは。炊飯器こえー」
あまり気にしていないようだ。まあ、炊飯器相手に喧嘩する人もいないか。
「じゃ、私は肉じゃがを作るね」
平瀬は買ってきた食材を袋から出し、調理を始めた。
俺は米を研いで炊飯器にセットする。
「旨美。今日のおかずは『肉じゃが』だ」
いつもは返事をするのだが、今日は無い。
ちょっと不安を抱きつつも、ご飯を炊くだけなので気にし無い事にした。
「んー。いい感じ」
味見をしてから、器に盛り付ける。
出来立ての湯気の立つ肉じゃがが、俺の前に運ばれてきた。
「おー。美味そう」
「美味そうじゃなくて、美味いのよ。ご飯持って来るね」
キッチンへ戻った平瀬が「キャッ」と声を上げる。
「どうした?」
急いでキッチンへ向うと、平瀬は蓋の開いた炊飯器を見ていた。
「ギョッ」
視線を追い炊飯器の中を見て、俺は変な声を上げてしまった。
「何で炊飯器の中に肉じゃがが……」
『それは、私の作った肉じゃがの方が美味しいからですよ』
「意味が分からん。てか、米は何所へいった?」
『そんなもの、勝負の為に異次元の彼方に捨ててやりましたよ』
えっ、捨てた? 米を捨てちゃったの?
「ばっかもーーーん! 米を捨てるとは何事か」
『しかし、肉じゃがには必要ないので』
「今、お前が作るのは肉じゃがではない。ご飯だ! しかも、調理器具であるお前が、食材を捨てるなんて言語道断。当分の間、調理禁止だ!」
『でも――』
「でもじゃない。これは決定事項だ」
そう言うと、炊飯器はスタンバイ状態に移行してしまった。
その後、俺と平瀬は大量の肉じゃがと格闘する事になった。
◆◆◆◆◆◆◇
あれから数日経つが、炊飯器が拗ねてスタンバイ状態から復帰しない。
このままではレポートも書けないので、田中さんに来てもらった。
「ずっとこの状態なのですか?」
「はい。何をやってもこのままですね」
電源ランプが赤く点灯している。
正常なら「起動」と言うと音声を認識してスタンバイ状態から復帰し、ランプが緑に点灯するのだが何の反応もしない。
リセットボタンもあるのだが、押しても何の変化も無い。
恐るべし! 旨美。
「そうですか。仕方ないですね。これは回収して、別の物を発送します」
それを聞いた炊飯器がスタンバイ状態から復帰した。
『すいません。反省しているので、回収は勘弁してください』
「おっ、起動した。本当に反省しているのか?」
『もちろんですよ、ご主人様』
「復帰しましたね。なんか物凄く流暢に話していますが?」
「ええ。何時もこんな感じですが……他のは違うんですか?」
「基本的に、こちらの要求に返答するだけです。このように自分の主張をしてくる事はありませんよ」
『私をそこらの三流器と一緒にしないでください』
「素晴らしい。研究所に送って解析したいですね」
『ご、ご主人様。見捨てないですよね?』
「まあ、反省しているようだし、いいだろう。次回は無いぞ」
『分かっております。同じ失敗は二度としません』
「田中さん。申し訳ないですが、旨美もこう言っているので研究所行きは無しでお願いします」
「そうですか。残念ですねぇ……。旨美?」
「ああ、炊飯器の名前です」
「名前ですか。うーん、そんな機能は無かったような。考えても仕方ないですね。分かりました。また、何かありましたらご連絡ください」
そう言って、田中さんは帰っていった。
あれ以来、だいぶ素直になった。
帰宅すると声を掛けてくる。
『お帰りなさいませ、ご主人様。お食事にしますか? お風呂にしますか? それとも、わ・た・し?』
何処から引っ張ってきたのか、たまにこれをやるようになった。
「だから、この部屋に風呂は無いと言っているだろう。それに俺は炊飯器相手に何かするような変態でもない」
『ご飯ですねー』
「今日は外で食ってきた」
『はぅ。そうですか。では、お茶でもどうぞ』
炊飯器の蓋がパカッと開くと釜の中にお茶が入った湯飲みがあった。
「……米を炊く気はあったのか?」
『ふっ。私くらい高度な人工知能が搭載されていると、これくらいの先読みは当たり前なのですよ』
こんなやりとりが毎日行われるようになっているのだった。