襲撃されようそうしよう。3
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そんなこんなでシリ兄ィの説得は見事失敗に終わり、私は三か月後のお披露目パーティの準備をしつつ、フォルトの登場に怯えながら過ごしていた。
他にも、やることはたくさんあった。
自分の身に起こったことを振り返ったり、「ほしはな」の情報を整理したり、お兄さまからこの世界のことを教えてもらったり。
加えて、いつもどこかでフォルトのことを考えていて、ずっと自分の命が狙われているってこんなにも神経が削られるのか……! と、いらない経験をしたりして、とにかく目が回るほど忙しかった。
(シリ兄ィが期間短くしてくれて良かった……!)
パーティまであと一か月。
私は初夏の風の抜けるテラスでお茶を飲みながら、束の間の休息を楽しんでいた。
あの覚醒報告兼謝罪の後、使用人との関係は相変わらずぎくしゃくしたままだったけど、私が暴力を振るわないことは分かってくれたようで、もう少し頑張れば普通の関係くらいは築けそうになっていた。
私も仲良くするため、優しく声をかけたりありがとうと感謝を口にしたり、色々やっている。効果が表れてきたと思えば、小さなところから変わっていくのも悪くない。
意外にもシャウラには専属メイドのようなものはいなかったので、私もそのまま彼女たちと日替わりで接するようにしている。万一この体が彼女に返されたらと思えば、そんな恐ろしいことなどできるはずも無かった。
私が転生してひと月とちょっとだけど、きっと彼らの方が私の変化を実感しているだろう。
あとは信頼だけなのだけれど、これは少しずつ攻めていくしかない。
「でもねぇ……」
誰も信用できない状況で命を狙われるのは、思う以上にきつかった。
「そう考えると、シャウラって凄いわね……」
怯えと畏怖と恨みと憎悪でできた泉で優雅に泳ぐ、黒鳥のような悪役令嬢。
私にはできないからといって尊敬するわけじゃないけれど、シャウラというキャラクターに愛着があるので、そんな彼女すら愛しく思ってしまう。
「巫女」としての仕事が終わったら、この体はシャウラに返るのだろうか。
私はどうなるのだろうか。
まだシャウラになってひと月程なのに、心の中には常にこれからへの不安が浮かんでは消えていた。
「帰りたいな……」
帰ったとしてまたあの日常に戻れるのか分からないし、「ほしはな」の世界に来たことは嬉しいけれど、東雲百合子として歩んできた人生は、もろ手を挙げて転生を喜べるほど安くはない。
向こうに置いてきたらしい体のことも気になるし、考えることは山積みだった。
「あー、もう。早くフォルト来ないかしら……」
いつもスピカのために生きていたフォルト。
死にたいとは思えないけれど、彼が今暗殺者として暮らしていると思うと、胸が痛む。シャウラに愛着があるように、フォルトもまた私にとって大事なキャラクターの一人なのだ。
(そもそも子どもに人殺しをさせるってことが信じられない)
ゲームなら大歓迎の設定だけど、リアルならノーサンキューだ。
「そういえば、お兄さまはフォルトが来たらどうするつもりなのかしら」
ふと、嫌な考えが過って、まさかまさかと頭を振る。
たとえお兄さまであっても、子ども相手なら容赦……する、だろうか?
(「星降りの日」さえ無事に終わればなんでもいいって人っぽいからなー……)
このまま無策でイベントに突入するのは、多分よろしくない。
フォルトも私もハッピーになれるような計画を早く立てなければ。
***
「シャウラ様、お茶のお代わりはいかがでしょうか?」
ぼんやりと夢みたいな策を考えている私に、声がかかった。
まだ声変わりもしていない、あどけなさの残る少年の声に、私はできるだけ優しそうに見える笑顔を作って振り返る。
「ええ、ありが……」
言葉の途中、空のカップを差し出そうとした私の動きが、ピタリと止まる。
「シャウラ様?」
「……フォ、フォ、フォルトーーーーっ!」
思わずあげた大声にティーポットを持っていたフォルトがびくりと跳ねた。陶器の蓋が本体と擦れる音と、イスから立ち上がった際に私がたてた、けたたましい音が重なる。
「こ、心の準備がっ!」
毎日フォルトの事ばかり考えていたのに、いざ会うと破壊力が凄すぎる。
夜の帳を下したような真黒な射干玉髪に、冬の月のように冷たく見下ろす静謐な青色。(公式資料集より引用)
しかも少年の姿でフットマンの格好をしているから、完成度の高いショタ顔のコスプレイヤーにも見える。
「シャウラ様?」
「はっ!」
困惑したままティーポットを抱える少年に、何とか落ち着こうとゲフンガハンと咳ばらいをして引きつった笑いを浮かべる。
「ええと……あなた、最近入った子、よね?」
「はい、本日付けで配属されたリオンと申します」
ペコリと頭を下げたリオンこと、フォーマルハウト。
いやー可愛い。
私に警戒心を抱かせないように笑っているのは分かるんだけど、その笑顔がまさに天使。二重の意味で心臓が高鳴るから、暗殺される前に不整脈で死んじゃうんじゃないかな、私。
「シャウラ様?」
「はい?」
「その、お茶のお代わりは……」
「あ、うん……」
十中八九毒入りだろうな。
音も無く注がれていくお茶からはさっきの茶葉よりいい香りがする。
「いい香りね。どこのお茶?」
「申し訳ありません。どこのお茶かは聞いておりません」
演技とは思えないほどしょんぼりしてしまったフォルトに、なけなしの良心が痛んだ。こんなん新人苛めるお局みたいじゃない。いやでも相手はフォルトで暗殺者で私を殺しに来てて、多分だけどうっかり飲んだら死ぬんだって、このお茶。
――どうしよう。
というか、私を守ってくれてる人たちはどこにいった。
チラリと周りを見回しても、騎士らしき人すらいない。いつもは扉の前や壁際に立っているのに今日は一人もいない。
グル、か。
フォルトを使用人として潜入させられるのだから、身内の誰かが手引きしていてもおかしくない。
むしろこれは私にとって好機かもしれない。
いきなりスパッと首を落とされるような暗殺方法だったら、生き残れる確率は低い。けど、こうして毒殺という手段に出たのなら、私にもやれることはある。
「リオン」
リオンって、偽名なんだろうか。
それともシャウラが名前を付ける前の、本当の名前なのだろうか。
「少しお話しましょうか」
ニコリと笑えば、少しばかりリオンの笑顔が引きつった。