この日が来たので妹の黒歴史を掘り返したいと思います。2
▼1-2
「乙女ゲーム……」
「信じられないと思うのですが、そうです」
ひとしきり泣いたシャウラは、僕たちの世界のことを「ゲームの中」だと言った。
慎重に言葉を選びながら話すシャウラが言うには、まずこの世界には「シナリオ」という決められた物語があって、そこに登場するキャラクターと呼ばれる人物がいて、自分はその中の「悪役令嬢、シャウラ・スターフォール」になっていた、ということらしい。
「……悪役令嬢」
ププ、と思わず吹き出せば、シャウラは耳まで赤くなった。
「自分でそんな自己紹介したくもありませんが、シャウラはその……すごく、他人に対して冷たいと言いますか……」
「まぁ、僕にとってだけ可愛い妹みたいなものだからね」
笑って言えば、複雑そうな顔をされた。
多分、それならもっとシャウラをきつく叱ってくれたらよかったのにとかそういうことを思っているのだろう。
「一応、忠告はしてたんだけど……」
「おっしゃるとおりで」
ゴホンと一つ咳払いをすると、シャウラはピンと人差し指を立てる。
「とにかく、この世界は『星降る夜に、花束を!』というゲームの世界にそっくりなんです!」
そう言われても、今まで普通にこの世界で生きてきた僕からしたら、納得いくものではなかった。
この世界は本物で、おとぎ話のような空想ではない。
僕らはずっとこの世界で生きてきたのだから。
「ゲームの中では、この世界の歴史とかどうなってるの?」
「それは、その。描写のない箇所であるので、よくわからないといいますか……」
「中途半端だねぇ」
「恋愛がメインのゲームですから、そういうところは力を入れていなかったというか」
「え? 恋愛?」
思わず聞き返せば、なにをとばかりシャウラが首を傾げた。
「巫女になるためにみんなで頑張るとかじゃないの?」
「無いです」
『星降る夜に花束を』は、恋愛ゲームというカテゴリーで、ヒロイン役のスピカになりきって、或いはスピカを育成して、ライバルキャラのシャウラに打ち勝って巫女になり、かつ、メインは攻略対象と呼ばれる男性たちと恋愛するのが目的らしい。
「なんてことを……」
僕らの巫女を何だと思ってるんだ。
「うちの救世主を、そんな片手間にされても困っちゃうんだけどなぁ……」
苦笑を洩らすと、シャウラの眉が下がる。
階段から落ちる前のシャウラなら「そんなの知らないわよ!」くらい言ったかもしれない。
「それで、キミの名前を聞いてもいいかな?」
「名前、ですか?」
「うん。シャウラの中に入っている、キミの名前を教えてほしい」
ぐっと、シャウラが喉を詰まらせた。
さっきあんなに泣いたのに、また彼女の新緑の瞳がじわりと涙に揺れる。
「話してみて」
ポンポンと背中を叩いて促せば、シャウラは涙を吹き飛ばして意を決したように口を開いた。
*
東雲百合子。
日本という国でOLと呼ばれる職業に就いていた女性。
(こちらで言えば平民という身分だとシャウラが補足した)
趣味が乙女ゲームで、『ほしはな』をプレイしているときに寝落ちして、気づけばシャウラの中に入っていた、らしい。
「なんというか、目を開けたらいきなり遊んでいた乙女ゲーそっくりな世界の住人になっていてどうしたこれ、夢か? 意味わからん……。という感じです」
ほとほと困っています、とばかり、シャウラは肩を窄めた。
「取りあえず、だけど。だいたいのことは分かったと思う。話してくれてありがとう」
「いえ……シリ兄ィにはいつも助けられていたので、この程度でもお役に立てれば」
「シリ兄ィ?」
「なんでもないです!」
パッと口を押さえたシャウラをじっと見てやれば、観念したようにボソリと「お助けキャラなんですよ」と零した。
「僕はお助けキャラなの?」
「攻略対象より見た顏です」
ステータス画面に出てきて、キャラクターとの恋愛進行度なりパラメーター解説なり色々やってくれました。なんて。
攻略対象っていうのは、確か恋愛できる男性キャラクターのことだったから。
「お兄ちゃんとは恋愛できなかったってこと?」
「要望ガチめに出したり署名集めたりしたんですけどね。ダメでした」
本当に残念そうなシャウラに、思わず笑ってしまう。
「兄妹なんだから仕方ないんじゃない?」
「いや、でもシャウラもスピカも養子でしたよね。シャウラは遠縁だったからお兄さまとはほんのちょびっとくらいは血が繋がってるでしょうけど、問題ですか?」
「良く調べてるね」
「公式設定資料集、穴が開くほど読みましたから」
自慢げに胸を張るシャウラが、ちょっとだけ可愛かった。
2021/06/27 大幅改変(2回目)