この日が来たので妹の黒歴史を掘り返したいと思います。1
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「お兄様、聞いてください」
「なんだいシャウラ」
「わたくし、実は転生者なのですっ!」
僕の妹ことシャウラ・スターフォールは、自宅の豪奢な階段から転げ落ちて昏睡した三日後に、そんなことを言い出した。
瞳は真剣そのもので、口を開くまでのまごつきを見ていれば、多分本当なんだなって思う。
だけど。
「頭でも打った?」
「ええ! しこたま打ちましたわ!」
今も痛むのか、シャウラは頭を押さえてげんなりとした表情で項垂れる。
「でもお兄さま、本当なんです。頭を打った美少女のたわごとなんかではなく、私は本当に異世界から来た者で、このシャウラ・スターフォールの体に乗り移ったと言いますか……」
視線を泳がせながら懸命に説明するシャウラに、今までの面影はなかった。
我儘な妹が可愛かった僕は、思わずその顔に過去を重ねてしまうけど、彼女の横顔は今まで見たどのシャウラでもなくて。
とうとう、この日がきてしまったのだなと。
僕は涙目になって縋ってくる新しい妹に、そっと手を差し伸べた。
***
僕らが暮らすウラノメトリア王国には、百年に一度「星降りの日」という大祭典がある。
夜空一面に流れる星々に、国を代表する巫女が次の星降りの日までの安寧を願う大切な日。その巫女候補として、シャウラ・スターフォールは存在した。
彼女は巫女としての才覚を買われ、スターフォールの養子になった。もう一人さらに一つ下の妹にスピカ・スターフォールもいるけれど、こちらも同じように養子として妹となった地の繋がらない妹だ。
僕たちスターフォールの一族は、四年後に迫った次の「星降りの日」のために、候補になった二人の少女の覚醒を待っていたところだったのだけど。
(シャウラの方が、早く覚醒したか……)
自分のことをどう説明していいか分からない様子の彼女は、僕の隣でうんうんと唸っている。真剣なんだろうけど、妹が転生者の器になることを知っている僕としては、少しだけ面白い。
シャウラのベッドに並んで腰かけたまま、僕は彼女の言葉を待つ。
彼女きっての要望で、ベルベットの指し色が眩しい私室。午後の微睡みに誘われて横になってしまいたいくらい日当りのいい場所だった。風もよく入ってきて心地よい。
「それで、話はまとまった?」
階段から落ちて魂が入れ替わりました、なんて。
そんな世迷い事をどう信じてもらえばいいのか分からないという顔が、僕を見不安げに上げている。
「大丈夫。ゆっくりでいいよ」
髪を梳きながらなら話せそう? なんて、甘いオレンジ色に輝く紅い髪を掬ってみせると、シャウラは慌てた様子で距離を取った。
毎日侍女に世話をさせていた、綺麗な紅い髪。慣れないのか、シャウラは僕が手に取っていた部分を手に取ると、まじまじと見つめてため息を吐いた。
「本当に、シャウラ・スターフォールなんだ……」
……ん?
「どういうこと?」
感じた違和感に口を開くと、シャウラは困ったように眉を下げた。
「あの、ですね。私はシャウラ・スターフォールであって、シャウラ・スターフォールでないと言いますか」
「転生って言ってたっけ?」
「そうです!」
僕も彼女の中身が転生者であることは分かっている。
だけど彼女はどうして「シャウラ・スターフォール」を知っているのだろう。
おかしい。
「シャウラは、シャウラとしての記憶はあるの?」
「あ、あります……」
さめざめと頷く様子に、あるんだなと確信する。
でも一応聞いておこう。
「どんな感じ?」
「……口に出すのも憚るくらいの、わがままガールと言いますか」
「具体的には?」
「侍女やメイドを虐めたり、スピカに意地悪したり、お兄さまにわがままを言って困らせたり」
「僕はシャウラのわがままで困ったことなんて無いけどね」
「それは、どうも……」
ぐっと言葉に詰まったシャウラは、そのまま俯いてしまう。でも、髪の隙間から見える耳介が真っ赤で、照れているのが可愛かった。
シャウラの言った通り、彼女の振る舞いはあまり褒められたものではなかった。一応僕も注意したりはしていたけれど、あんまり効果は無かったし、僕自身もわりと本気で止めることもなかったので、この日までに溜めたカルマはかなり多い。
別にこの日の反応を期待して何も言わなかったわけじゃないけど、満足いくものが見れたので気分は上がる。本家直系長男として、こんなシャウラを見物できるのは役得だ。
「それで、シャウラ」
「うわっ! はいっ!」
「ちゃんと覚えてるみたいだね」
ほっとした様子で笑いかけると、シャウラは引きつった顔で頷く。
「それじゃあ、シャウラの話を聞こう」
「あ……、それは」
「『大丈夫。僕たちは何があってもキミの味方だから』」
「あんたそれわざとでしょ!」
思わず叫んだシャウラに、笑ってしまった。
どうやらシャウラがワガママを言う度に僕が唱えていた呪文は、もう効かないらしい。
「あんなやりたい放題し放題だった妹が、可愛くないわけがないじゃない」
キミは知らないかもしれないが、僕がシャウラを可愛がっていたのは本当なんだから。
けど、新しいシャウラは僕の笑顔をどう捉えたらいいのか分からないようで、何か言いたそうな顔で、結局黙ってしまった。
「キミがシャウラであっても、シャウラじゃなくても。ボクにとって大切な妹であることにはかわりないよ」
そっとシャウラの頭を撫でてやる。
シャウラが唯一許した、兄としてのスキンシップ。
記憶のあるシャウラにも、同じように思ってもらえたら嬉しいのだけど。
「それじゃあ、話してみてもらえるかな?」
キミの、転生の話。
シャウラの、木漏れ日を浴びた初夏の葉の色をした碧色の瞳が、窓から差し込む午後の陽射しにキラキラと輝く。
わがままで可愛い、僕の妹だった人。
「お兄ちゃんは、キミの味方だよ」
もう一度笑ってやれば、宝石のようなシャウラの瞳から、ポロポロと涙が零れていった。
ゆっくりやっていきたいと思います。
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2021/06/27 大幅改変(2回目)