帰りたくない
好奇心と張り合うとすぐに痛い目に遭う
飽きたら終いのおれさまの詩
ねえ、お姉ちゃんと冒険に出ない?
まだ小2だった僕は、行きたいと安易に答えた
どこかの知らない女子中学生は、もうすぐ出かけるけど
君と2人だけで旅に出たいの
君の弟は、連れて行けないから
弟の居ない日に来るからと、その日は帰って行った。
でも、5歳の弟と一緒に居ない時なんて存在しない
次の日、知らないお姉ちゃんはやって来た
弟は置いていくと言われたけど
僕から離れた事のない弟は、ずっと後を着いてきた。
知らないお姉ちゃんは、弟の分の食事代は持ってないからねと。
朝から出かけて、夕飯には帰って来ると言う冒険だった。
一人で行った事もない繁華街に連れて行かれた。
帰り道なんか、とっくに分からなくなっていた。
アーケードの商店街の中で弟の足がもたついてきた。
夕方、4時前に差し掛かった頃だ。
お姉ちゃんは、僕に囁いた。
ここからは、弟を置いて2人でダッシュをしようと。
僕は、ビックリした。
僕は、首を横に何度も振った。
──あの女は、僕に追い打ちをかける言葉を追加してきた。
傍の映画館を指差して、あれを見に行こうか?
と僕の手を引っ張った。
上映中の看板には、裸の女性が泣いている画が描かれていた。
僕は、ゾッとしてきて映画館から遠のいた。
再び3人は、歩き出したが、弟の足が限界の様で何度も休憩をしていた。
あの女は、イラつき出して再び弟を置いて、黙って2人で逃走しようと
言い出した。
断固として拒否する僕に、女は遂にこう言った。
「弟を連れて、君をここに置いて行こうかな」
僕は、決断をせざるを得なかった。
僕は、敢えて女にこう言った。
「2人で全力で走って、弟を置いて行く事を弟の耳に入れてくる」
「な、何で、そんな酷いことわざわざ言うのよ…」
僕に言った事を棚に上げて、そう悪魔でもないのか…。
でも、そうしておかないといけない理由があった。
弟は、我慢強くて中々、泣かないのだ。
半ベソをかいたのを見計らって、あの女と全力で走り去った。
夕飯時を過ぎても、家に帰してくれる気配は無かった。
深夜0時、つまり次の日に変わる時刻に女は、元より計画していた
ある場所の電話ボックスに僕を連れて行き、こう言った。
「家の電話番号を言って…」
僕は「家に電話ないよ」と言い返した。
「じゃあ大家さんの番号を言って…」
僕は「……覚えてない」と強情を続けた。
「アンタは絶対おぼえているでしょ! 早く言いなさい!」
女は、感情を露わにした。
もう、そんなに怖くは無かった。
僕が恐れる事は、他のことだったから。
僕は、女に条件を言った。
「家に電話をかけたら、弟が保護されているか絶対確認して!」
女は、分かったからと言った。
運の悪い星の元に生まれて、8歳の僕は、番号を覚えていた。
いっそ、ほんとに覚えてなければ家に帰らなくて済むのにと思った。
情けない気持ちだったのを覚えている。
自分の身に何が起きているのか、さすがにこの時点では悟っていたから。
女は、家にコールした。電話に出たのは大家さんのおじさんだ。
弟は、夕方5時前に警察に保護されていた。商店街を泣いて歩く子を道行く
親切な誰かが交番まで届けてくれたのだと聞いて、ホッとした。
あの女は、おじさんに言っていた。
「おじさんが一人で迎えに来て。約束するなら居場所を教える。警察と町の人は全部帰らせて…」
家の町内の人たちも、消えた2人の男児の行方を心配し捜してくれていたと後日聞いた。
誘拐の線で、沢山のパトカーが町内に駆けつけていた事も。
先に保護された弟の口から女の存在は、夕刻に知れていた為だ。
大家のおじさんは、僕らの居た電話ボックスまで約束通り一人でやって来て
あの女に優しく声を掛けて、
「おじさんが相談に乗ってあげるから、一緒に帰ろう」
と、女と大家さんが帰っていく姿を見ながら、僕は、通りの角にしゃがんで隠れた。
ほらね。
誰も、僕なんか迎えに来ない。
だから、薄々とアーケードに入った頃から帰りたくないと思っていたんだ。
大家さんが何気なく後ろを見た。
僕に「君も一緒に帰ろう」といったが、僕は一度首を横に振って、拒否した。
「君も連れて帰らないとおじさんが困るから、おじさんを助けると思って…な」
お世話になってる大家さんを困らせたくないから、
「はい・・・」
仕方なく家路に着いた。
とても気が重かったのを覚えている。
家に帰ったら、母が僕に一言。
「お父さんも、もう寝たから早く寝なさい。」
散歩に出かけて帰って来ただけみたいに、それだけだった。
次の日も、誰も、あの日の事を口にしない。何も教えてくれない。
あの女の事情も、聞かされないまま学校へ行くと、
担任の先生も「早く…わすれましょう」そう言うだけだった。
──僕が、十六に成って、あの町から引っ越しをして別の町に来た頃、
家族が前に居た家を懐かしんで、話をした時にその話題が母の口から聞けた。
あの時の女の子はね、中一だったかな。
家の中は、荒れていて誰も居なくて、両親はとっくに別れて家を放置して
育児放棄による家庭崩壊に苛まれていたそうだ。
あの子も、あんたをさらってそう言う手段に出るしか、救いを求められないと
覚悟しての事だった、と。
必ず、警察沙汰にならない保証もない。あの女の子も必死だったのよ。
皆が、同情で許してあげられる時代だったのよ。
もう許してあげなさい、もう忘れなさい。
──それから、何十年も経ったけど、もう恨んでないけど。今でもこうして鮮明に想い出されるよ。
十代、二十代は、夢で悪夢を繰り返し見た。自分が置いて行かれない為に弟を置いて行った罪悪感にずっと苛まれて来た。
あの日、あの女の子が僕に言ったよね……。
「なんで、そんなヒドイことわざわざ弟に言うの」
僕は、道行く人が時折、声を掛けてくれていたから「君達は、本当に兄弟なのか? お姉ちゃんは随分歳が離れてるみたいやけど…」
必ず、助けてくれる保証はないけど、幼い僕には、その人たちに託すしか無かっただけだった。
幼い頃、周りの子と比べると、少しトロかった僕を最初から狙っていたのだろうと、僕が部屋に入った後も、母たちはその話をしていた。
僕は、引っ越しをする前の家で、10歳の時、弟を犠牲にして逃げたと言う自責の念に駆られて右手首を自らガラスの破片で切った。3針縫う程度で済んだが。
優しくされて、騙されて連れて行かれた。世の中、騙される方も悪いのだとか、大人の陰口真に受けてね。
8歳で悪い人間側に成ったんだと、日に日に思い詰めていった…。
その後の周囲の反応に悩まされて行く……あの日、何となく恐れていたことだった。
紆余曲折…。
今も、誰にも言えないまま、子供みたいな大人に成って、小説家になろうというサイトで2020/09/07から詩なのか小説なのか何とも言えないものを書かせてもらっている。
書く事でしか、僕は僕を活かせない。書く事は、楽しいこと。
ここにたどり着けた事だけが、僕の人生の良い出来事。
SNSもぱそこんも地下鉄もない時代に生まれて。
僕が書く物語の主人公たちは子供ばっかり出て来る。(笑)
子供付き合いが乏しかったので、子供のことが分からないから願望で書くのだろうと思う。
読んで下さってありがとう。