その声を
好奇心と張り合うとすぐに痛い目に遭う
飽きたら終いのおれさまの詩
通学の道すがら子供達が噂する
ほらほらあの家の扉だよ
いつもカタカタ鳴って居る
夜通し音がうるさくて迷惑なんだ
空き家かな……人の気配がしないんだ
建付けが悪いのか……風の強い日には
ガタガタいって迷惑だ
扉が悪いんじゃないよ
風が吹いて当たるから
ガタガタいうしか無いんだよ
どんな風だろう……扉をいじめるのは
冷たい風さ
扉はいつも震えて鳴いているだけさ
やさしい風が吹いたなら
扉は鳴かずに済むわけだ
風は家の裏口の扉に強く当たってる
ガタガタ身体を揺らすんだ
扉は家を守るため
ゴールキーパー顔負けの
我慢を重ねた仁王立ち
夜になると鳴くように
カタカタカタと語り出す
風と話をするように小さくカタカタ囁くよ
あの家ねおかしいの
たしか人が住んでたの
子供が居ないご夫婦よ
だけど奥さん出て行った
ひとり残った旦那さん
無口になって笑顔が消えて
なんだかとても可哀そう
買い物帰りの主婦たちが
あの家の噂で立ち止まる
昔はね夫婦の仲は良かったの
うちの旦那とおおちがい
奥さんが小物集めの趣味を持ち
旦那さんは庭で盆栽を楽しんで
番犬も飼ってて笑顔もあった
近所付き合いも悪くは無かったわ
だけど近所の子供達
蹴ったボールが盆栽に
当たってそっと忍び込み
ボールを回収しめしめと
抜け出す背中をおじさんが
怒涛の叫びで縛るのよ
昔いた雷おやじで強面の
ほんとは優しい子供好き
うちの旦那の少年時代
私たちも知っていた
だから最近おかしいの
引越しされたと聞かないの
訪ねて見ても留守みたい
止めときな
最近不仲と聞いたのよ
旦那の声が宅内で怒涛の様に響いてた
大きな声を奥様に投げつけた
「俺はいつもお前とこの家を守る為に
身を粉にして働いたんだぞ! その家にこんな
ガラクタばかり持ち込んで足の踏み場もねェ!」
夫はガタガタ言うばかり
趣味の小物が山積し
足の踏み場も無いらしい
やがてガラスの割れる音
金属音も飛び交った
奥様の反論の声も凄かった
「私にばかり当たらないでよ! 家の中を顧みずに
盆栽と近所の子供と番犬にばかり愛情を注いでいた
だけじゃないのよ! 好き勝手で外面ばかりの癖に!」
物も投げ合い言葉も荒げ
犬も食わない大喧嘩
嵐の吹いた家庭の犬は
いつの間にか姿を消した
他人が踏み込めない領域ってあるのよ
触らぬ神に祟りなしよ
──その者は夫婦喧嘩の渦中に居た
子供代わりに飼われてきた気高きオオカミ犬
母性本能に目覚めた彼女が嵐の夜に吠えたのさ
気高き血統の私の耳に
日々に強くあれと日々に愛を育めと
旦那様のカミナリ声が私の目覚めに繋がった
長年仕えて蓄積された愛のエネルギーは
私を元の姿に戻した
ご夫婦には恩返しをしなければ
いがみ合う二人の前に現れて
私はこう言った。
「旦那様は家を守る為の勝手口の扉に成れば良い!」
「奥様はこれまでの鬱憤をぶつけられるこの家の風に成れば良い!」
「奥様は身を挺して家を守る扉の旦那様に風となって思う存分
当たり続ければ良い!」
「奥様の強い風当たりでガタガタ言い放題の旦那様
風に成った奥様も家の中で大好きなガラクタを
これからも思う存分散らかし続けて余生を送って下さいませ」
お二人とも私が古の魔女だった事に驚かれたご様子
物となり風となったお二人の心の声
人間にその声は届かない
もし元に戻る事をお望みになるのなら
在りし日のお二人の生活しかないけれど
旦那様のカミナリは外の子供に愛情として向け
奥様は家事に精を出して奥方の務めを果たす
そう願ってそう願って…
勝手口の扉を子供達の蹴ったボールが汚すことを
宅内の貴重品に窓ガラスを破って侵入してきた
子供達の投げたボールが 打ったボールが直撃し
台無しにするほどの
在りし日のわんぱくこぞうを
お二人で力を合わせて願うのです
私の魔法を解くカギは
子供を授かる事を強く望むことなのです
どんな子供でも授かれる有難みを噛みしめる事なのです
お二人の愛で私が受けた呪いが解けたのです
泣き止まない子供に苦しんだ私は、お腹を痛めて生んだ子を野に置いて
一夜の時間、苦しみから逃げた。結果…子は狼に食べられた
その報いで姿を犬に変えられ、長遠の呪縛を受けたの…
私はお二人なら叶えられると信じています
夫婦喧嘩など私の世界でも犬も食わぬし
まして他人の出る幕などありません
それぞれに家を差し上げたりしたら
お二人は別れるでしょう
私も
お二人の思い出の中に登場し続けたい
そうして旅立ちたかったのです
世界がどの様に移ろっても
カミナリの如き その声を
必要としている人達はきっと…
きっと現れます
読んで下さってありがとう