見つめるその先に…
ホラー、と言うより異能バトルでしょうか?
地下鉄の3番ホーム。
午前7時03分発。
それが中村光一が普段乗る電車である。
高校入学以来、登校のたびに乗るのだが、ここ一ヶ月
彼は、この電車を待つ時間が楽しみでしょうがない。
別に急に電車が好きになったとかそう言う事ではない。
もっと別な…
光一が見つめる先。
向かいのホームにその理由があった。
そこには一人の女性がいた。
電車を待つ列の先頭に立ち、
見蕩れるほどキレイな姿勢で読書に没頭する女性。
制服を着ている事から光一と同年代と思われるが、
その大人びた様子からはとても同年代とは思えず、
光一は一目見たときから彼女に好意を寄せていたのだった。
名前も分からない。
この駅だけの出会い。
電車など来なければ…
そう光一は常々思っていた。
そうすればもっと長く彼女を見ていられるのに、と…
しかし光一がそう願ったところで
電車はいつも通りやって来る。
彼女が乗る電車より早く着く、光一が乗る電車。
少しでも長く…
そう光一は思い、
いつも電車に乗ると反対側のドアまで行き、
そこの窓から彼女を見つめていた。
電車の幅分、
彼女を近くで見れることに喜びを感じていたが、
すぐに電車は出てしまった。
「お前、だったら声でもかけてみたら良いじゃん」
友人にそう言われた。
ごもっともである。
だが光一はそう出来ない。
そうする勇気があるなら、友人に話す前に実行している。
そして光一の言い訳はこうだ。
「べ、別に~俺はただ、見ているだけで良いんだよ。それに彼女みたいな高嶺の華。俺なんか眼中にないね!!」
「はぁぁぁ……お前。そのうち誰かに刺されるぞ…」
友人の心配。
何を隠そう、この光一。
非常にモテるのである。
見た目もさることながら、運動神経が良く、成績も良い。
性格も気さくな感じで、同姓からも恨みを買うことはない。
しかしながら異性にまったく興味がなかった…
彼女を見るまでは……
友人からして見れば
何を臆することがあるのだろ? と疑問しかない。
光一が彼女の話をして以降、
この友人は事あることに光一の後押しをしていた。
これは単に友人想いから来るものではなく個人的な理由。
光一に彼女が出来れば周囲も諦めが着くだろうと…
そうすれば自分にもチャンスがやって来ると…
「なぁ、光一」
「なんだよ」
「お前、明日学校休め」
「はぁ?」
「そして明日はその高嶺の華のとやらに声をかけなさい!」
「な、無茶な!」
「いいか、これは! お前の為でもあるが、このクラス。いやこの学校、全男子のためでもある!」
「なんじゃそりゃ!!」
友人の必死な説得。
すると周囲の者も気づき始めていた。
なんの話かと集まりだし、友人が説明すると…
「おい、光一! さっさとコクっちまえ!」
「はぁぁ、やっと光一に彼女が出来るのか…」
「ま~、焦るな…まずはお友達からな…」
皆、それぞれの思惑のもと光一に声をかけていたが、
一応に光一の恋路が上手くいくように願っていたことは、
言うまでもなかった。
「お前ら好き勝手言いやがってぇ!!!!」
だが光一からして見れば、
面白半分で、
囃し立てられたようにしか思えなかったのだった。
翌日。
いつものように向かいのホームから、
彼女を見つめていた光一。
昨日、皆にあれこれ言われ、
いつも以上に意識して彼女を見つめていた。
(ったく。簡単に言うよな!
つーかどう声をかければ良いっていうんだよ!!)
友人達のお節介のお陰か前向きにはなった光一。
しかし、今だ一歩踏み出せずいにいた。
悩みに悩む光一。
時間は刻一刻と過ぎ、電車が来る時間になろうとしていた。
「あぁーくそっ! どうする? どうすべきだ!? マジで声かけるのか? 学校休んで? バカか? バカなのか? だがそうでもしなければ声なんかかけられないよな!」
友人の言葉が頭を過り、
本当に学校を休んで、
彼女に声をかけようか悩んでいたのだった。
しかし、光一自身気づいていなかったのだが、
学校に行くことを口実に、
彼女に声をかけない理由としていたのだった。
そこまでする必要なあるのかと…
足踏みまでして、苛立ちの中悩む光一。
そして…
「もう…電車が来る…時間か……はは……なら仕方がないよね……」
あたかも学生の本分は勉学であり、
学校に行くのは当たり前、とそれらしい事まで思いつき、
無理やり自分を言いくるめ始めた光一。
「うん。うん。そう。電車が来なければあの子に声をかけれるのにな~、つーか遅れてくれればどっちにしろあの子を見ていれる訳だし…」
誰に対して言い訳か、
ポツリと光一は呟いた。
そしてささやかに願ってしまった。
『ピンポンパンポーン。お客様にご連絡します。ただいま当駅、午前7時03分発、――行きの列車は電気トラブルのため遅れています。お客様には大変ご迷惑をお掛けしますが、今しばらくお待ち下さい』
「………マジ……か?」
思ってもいなかった事態に困惑した光一。
この事態にどうするべきか?
これは神様が与えてくれたチャンスでは?
いや、神様ですら後押しをしてくれているのでは?
いろいろの思いが交錯して結論が出ず、
ただ立ち尽くすことしか出来なかった。
そんな光一のすがるような思いがそうさせたのか、
何気なく彼女の方を見た。
「っ!!」
じっと見つめてきた彼女。
彼女と目が合い身動き1つ出来なくなった光一。
今まで1度としてこちらを見てこなかった彼女。
それが今はこちらを見るどころか、
凝視しているとも取れる眼差しで、
光一を見つめてきていたのだった。
緊張のあまり唾を飲み込み、
こちらが視線を反らそうとしたが、
反らす事が出来なかった。
なぜ彼女が急にこちらを見てきたのか…
その事に意識を集中していた光一。
が、
しばらくしてハッと気がついた。
(考えるな! 今は!?)
またとないチャンス。
光一自身にその気があるならいくらでもあるのだが、
この偶然が2度とないような気がしてきた。
朝の駅。
およそ込み合う時間帯。
そこを逆流して彼女のもとへ向かっていた。
全力で走りたいが向かってくる人、人、人。
そこの間を抜け反対側のホームへと急いでいた。
しかし……
プシュー
光一がホームに着くとタイミングがあったかのように、
到着していた電車の扉が閉じたのだった。
光一が彼女のもとへ向かった直後、
彼女が乗るはずの電車が到着していたのだった。
「そん、な…」
無情にも電車は定刻通り出発していた。
光一がうだうだ悩まず向かっていたら間に合っていた。
別に今日ではなく、明日にでも改めればいいだけ。
それなのに、
もう、
彼女と接点がなくなってしまったかのように、
落ち込んでしまっていた。
だが、一縷の望みをかけたかのように周囲を見回していた。
もしかしたら残って、居るかもしれない、と…
しかし、周囲には誰もがいなかった
光一が先ほどまでいたホーム。
電車が遅れて待っているはずの人達。
それすら居なかったのだった…
しかし光一はその事に気がつかず、
ただ彼女を探していた。
カチャ……
すると背後から金属音がして何気なく振り向いてみた。
「えっ???」
振り返った光一。
そこには彼女がいた。
しかし、正面に刀を構えギロっと光一を見ていた。
先ほどとは違い殺気に満ちた、
憎悪にも似た感情を乗せた瞳で…
光一が驚いているのもつかの間、
彼女は刀を鞘から抜き放ち、
問答無用に光一に切りかかっていた。
「なぁぁぁ!?」
反射的に彼女の一太刀をかわす光一。
さっと彼女と距離を空け身構えていた。
大概の者は今の一太刀で致命傷を負っていただろ。
それほどまでに彼女の一太刀は本気で、
殺意がこもっていた。
「………逃げない、でよ」
「な、なんなんだよ!? 俺が何をしたぁ!?」
光一が避けた事に苛立ちを覚えたように、
不機嫌な表情となった彼女。
そして構え直していた。
その動きに迷いはなく、
彼女が本気で、
自分を殺そうとしているんじゃないかと思えてきた。
「いいから、動かないで…」
「くそっっ!?」
本能が訴えてきた。
これはヤバイ、と…
だがそんなものは言われるまでもなく、
光一はズルッと足を引いた瞬間、
全力でその場を逃げた。
今逃げなければ確実に殺される。
階段をかけあがり、駅構内を走り、逃げた。
振り向かなくても気配で分かる。
彼女が追いかけてきていた事に…
振り替えることなく逃げた光一。
だがここで光一は気がついた。
あのホームについてから彼女以外と誰もあっていない事に…
彼女のもと向かう際、あれほど大勢の人がいたと言うのに、
今は誰か一人としていない。
駅構内を逃げてもすれ違う人などいなかった。
そして…
「いでっ!?」
突然見えない壁にぶつかり、
勢いで尻餅までついてしまった。
何に当たったのか確認してみたが、
何もなかった…
そのまま立ち上がってみたものの…
「いったい……」
「………追い、付いた」
ザワッ、
背後から聞こえた声に戦慄した。
ワナワナ震えるように振り替えると彼女がいた。
光一があれほど全力で、必死に逃げたと言うのに、
彼女は息1つ乱れていなかった。
「マジ、なんなんだよ? それになんで誰もいない!? だ、誰か!? 助けてくれー!?」
「無駄よ。ここは隠世」
「かく、りお?」
「そ、だから…黙って切られなさい」
「ひぃぃ!?」
1段と彼女の視線が鋭くなった。
背後には見えない壁。
逃げたところでまたぶつかるかもしれない。
いったいどうすれば…
その思考が光一の動きを鈍らせた。
彼女は先ほどとはまったく違い、
一直線に光一に突っ込んできた。
刀を振り下ろす構えでなく、
突き刺す構えで…
そして…
「ぐはっっ!?」
彼女の突きは光一の心臓を貫いた。
柄の部分までしっかり突き刺さり、
確実な致命傷に思える突き。
「なんで、だよ……」
光一が疑問をぶつけたところで、
彼女が答える事はなかった。
そして光一に突き刺した刀を引き抜くと、
光一はそのまま倒れた。
薄れゆく意識。
その中で彼女を間近で見た光一。
(はは、ちくしょう…マジ美人じゃん!)
光一に刀を突き刺した事で、
先ほどまであったあの殺気に満ちた表情はなくなり、
無感情とも取れる表情となった彼女。
その見た目に、自分を刺した相手だと言うのに、
光一は改めて見とれていた。
(好きな子に、刺させるとか…修羅場、とか、
そうじゃあるまし…)
そして光一の意識はゆっくりと
眠るように落ちていった…
「………いつまで、寝ているの?」
「へっ???」
その声にハッと気がついた光一。
なんだか無理矢理意識を覚醒させられたような気がした。
「………」
「どうか、した?」
「いやいや!? キミ!? 今刺したよね!?」
「それが?」
「それがって、いやいや、そんなん刺されたら死ぬよね!?
普通死ぬよね!?」
「あれ? 痛かった?」
「痛かった? って!? そんなの!?」
しかし、言いかけたところで、
痛みがまったくないことに気がついた光一。
それどころか刺されたはずなのに、
刺されたところは服も破れていなかった。
「なんで?」
「これは《夢心地》常世のモノは切れないわ」
彼女の見せつけて刀。
破邪刀《夢心地》
隠世の者だけを切ることが出来るその刀で、
光一を切っていたのだ。
常世の存在である光一を切れるはずもなかったのだ。
「とこよって?」
「言うなれば現実。これはね、隠世。つまりあの世とか、
そう言った非現実の者しか、切れないの」
「だったらキミは…」
「あなたに巣くった、悪霊を切ったの」
「へっ?」
「あなたの、邪な心に悪霊が取りつき、
あなたの願いに応えたのよ」
「俺の願い…」
「電車。遅れたでしょ? それが願い。
あなた、そんなに学校行きたくなかったの?」
「ちがっ!? そうじゃなくて!?」
「まぁいいわ。
これにこりたら邪な事は考えないようにしなさい」
振り返り、その場を去ろうとした彼女。
もう、ここには用はないと言わんばかりの態度に
光一は今一度自身を奮い立たせた。
「ま、待ってくれ!」
「なに?」
「違うんだ! 学校に行きたくないとかじゃなくて…」
「だったらなに?」
「……き、キミの名前は?」
「はぁ?」
「だ、だからキミの名前は?」
「何よ、急に?」
「俺がたぶん、そう願ったのは…それが原因…だから……」
「どう言うこと?」
「その……き、キミに声をかけたくて…」
光一の必死な思い。
この機会にせめて名前だけでも…
それに彼女が言った事が本当なら、
また同じような事が起きてしまうのではないかと思え、
そう言った予防としても聞く必要があるのでは?
そんな光一の思いなど分かるはずもない彼女。
少しあきれたような表情をしていたが、
ため息をつくと、仕方がないかと諦めていた。
「夜魅よ。成橋夜魅よ」
「そ、そっか。俺は――――」
「別に興味がないからいいわ。それじゃ。
もう会うことはないと思うけど…
だからって邪な事を考えないでよね」
捨て台詞のような事を呟き、
今度こそ立ち去った夜魅。
その背中をただ見ていることしか出来なかった光一。
気がつけばいつの間にか人で溢れかえって、
その中にスッと隠れてしまった夜魅。
もう彼女の姿が見えなく、光一は落胆したように思えたが…
「夜魅…か……取り敢えず名前だけでも…」
名前を知った事で彼女に近づいたような気がした。
そもそもなぜ彼女があんなことをしたのか?
いったい彼女は…
そんな思いからだったのだろうか…
「うっし。明日。声かけよ!!」
これが光一と夜魅の出会いであった。
ご愛読ありがとうございました。