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付与魔法使いは迷宮へ  作者: 灯絵 優
付与魔法使いと海底神殿
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第三話

 無事に契約を結べた二人はスール達と合流し、該当の家を眺めた。

 二階建ての一軒家は玄関口が広く、足場は白い石が敷き詰められて綺麗だ。貴族が避暑地で使いそうな物件を特別に出したのだろう。部屋数が多いのも使用人の部屋を想定しているからで、裏口には洗濯するスペースがあった。優雅にくつろげそうな庭は水道があり、洗濯も水浴びもできそうだ。

「おや、立派な住まいですね」

「客間まであるけど、いくら払ったんだ?」

 値段を答えると「まあ、そんなもんか?」と首をかしげるサシュラ。

「なんだか掃除が大変そうですね」

「最低限手入れをしてれば大丈夫じゃないかな。家具の布はとらないで、使う場所だけ掃除しよう」

「あ、掃除道具を見つけました」

「家具がおしゃれだし、床はピカピカだし、装備品のまま入ったら傷をつけそう。……迷宮への行き帰りは庭からでもいいかな。行儀悪いって怒らない?」

「わたくし共は気にしませんよ。それよりも海水は鉄系の装備品は錆びさせてしまうようで、装備品が傷まないよう新調した方がよろしいかもしれません。そういった方法があるという話を聞いてまいりました」

「あ、できるんだ?」

「詳しくは存じませんが専門店があるようです」

「これ、教会からもらってきた資料だ。指摘通り縮尺伸ばしてたぜ……」

 分厚い冊子を渡される。

 ぱっと見だけでも違うように見えるが、二人は確認前に決めつけるのは駄目だと捲ってみる。そして目を細めて渋い顔をした。

「地図が小さくなって文字もびっちりしてます……」

「……。十階層まであるね」

 既に情報すらまともに渡さない嫌われっぷりが確定してしまった。

 というよりも、情報公開されていないはずの迷宮情報を詳細に引き出せる方がおかしいのだが、そこまで二人は考えない。ただ顔をつきあわせて唸っている。

 スールは布面の下で微笑ましそうに笑う。

「情報がどの程度あっているかわかりませんが、お役に立てば幸いです」

「事前に必要なものの予測が付きますよ!」

「ふむ。聖下(ミスティーク)、ウズル迷宮のときの道具や予定は、どうなさっていましたか?」

 ミルは呼ばれた敬称に、一瞬言葉を詰まらせた。

「予定はシャリオスさんが立ててくださっていました」

「あそこは環境がコロコロ変わるけど、モンスターの属性でけっこう割り出せた」

「シャリオスさんの予想、よく当たるので助かりました。私は実家から魔導具を融通してもらいました。売り物が無くても、材料が揃えば大抵の物は手に入れられると思います」

「ミルちゃんち魔導具作ってるんだよ!」

 ギクリと背中を強ばらせる。

「……その、父は既婚者で、私を含め三人の子供がゴニョゴニョ」

「うん? うん。それはこの前聞いたよ。今度遊びに行ってもいい?」

 笑顔が眩しすぎるシャリオスにきちんと返事ができないミルは、大量の汗を流しながら胸を押さえる。頭の中で家庭崩壊の警報が鳴り響いていた。ずっとお面を被っていてくれるならなんとかなりそう、という弱気な気持ちに負けそうだ。シャリオスにその気がなくとも、顔面が問題なのである。本人に告げにくい所も。

 察して呆れ顔をしたサシュラと違い、スールはどういうことかと首をかしげた。

「その話はまた今度二人でやってくれや。それよかこっち、海底迷宮。見た限り、中に入るにはどうやって息するかが問題だ。しかも、どれだけ深いかわからない階層相手にだ」

「心当たりはありますが、他の方法がないか専門家の意見を聞きたく思います。わたくしも知人を頼ってみますが、聖下もご協力願います」

「じ……実家に連絡してみます」

 後半が尻つぼみになりながら早口で言い切る。

 他の冒険者と違い、ミル達は魔導具関連に融通が利く環境である。必要な道具がわかれば予算も含めて計画を立てられる。まず優先すべきは情報だ。

「では返事待ちと言う事で、本日は清掃と住居環境を整えましょう」

「僕は二階を見てくるよ」

「では私は井戸ですね」

 行きかけたシャリオスが驚いた顔で振り返る。

「えっ。落ちない……?」

「大丈夫です!」

「いや、俺も行くわ。手とか洗いたいし」

 不安な表情のシャリオスが「なら大丈夫か」と手の平を返したので、ミルは釈然としない顔をする。何歳だと思っているのだろうか。

 井戸は庭の端にあったので蓋を開け、中を掃除して終了した。桶だと手間がかかるので、障壁を使って一気に済ませることができた。

「ふふ、これは井戸掃除のプロも夢じゃないのでは――あうっ」

「ほれ、阿呆なこと言ってないで次行くぞー」

「あ、はい」

 ちょっと得意げミルが胸を張っていると、後ろ頭を軽く叩かれた。



 清掃が完了すると、シャリオスは現地の物価調査を兼ねて買い食いに出かけていった。サシュラが一緒なので大丈夫だろう。たぶん。

 ミルはお風呂に浸かりながら頭を悩ませる。

「ねえアルブム、どうしてスールさんは私の事を聖下(ミスティーク)と呼ぶのでしょうか」

「キュ? キュキュン。キュアキュ」

「やっぱりわかりません?」

 気にすんなよ、というように前足で宙をかくアルブムの後ろ頭を指先で擦る。

 意味を聞いても「ふさわしい敬称だからですよ」で終了。もう少し詳しく聞こうと思うのだが、聞いてほしくない雰囲気に尻込みしてしまう。ではとサシュラに問えば「イカれてると思って気にしないでな?」と意味深に見てくるのだが。いったい何だというのだろうか。あと、枢機卿に対する態度がそれでいいのか判らずハラハラするのでやめてほしい。

「シャリオスさんが聖剣を持ってたせいかしら。サシュラさんは畏まらないので、それほど意味があると思えなくて」

「キュー?」

 聖下(ミスティーク)

 まるでミルがスールのことを猊下と呼ぶように、枢機卿が特別な敬称で呼ぶ。

 知ったら危ないような気もするのだが、聞かないと不味いような気もして、でもできない。もやもやした気持ちが膨らんでいく。

 ミルは鼻先まで湯船に浸かると、ぶくぶくと息を吐く。

「ところで晩ご飯はどうしましょう?」

「キュ!? キュキューキュ、キュアキュ」

「カレーが食べたいのですか……そうですね。明日の朝ご飯用に多めに作りましょうか」

「キュ!」

 お風呂に入った後に晩ご飯を食べ、そしてまたお風呂に入ろう。

 付け合わせのポテトサラダと唐揚げもちゃっかり要求され、苦笑いをした。


 ドーマのレシピ集が堅すぎて開けない問題は、障壁でこじ開けるか、アルブムに開けてもらうかで何とかしている。

 四肢をつっぱって四隅を押さえているアルブムの、もこもこした毛をよけて中身を読む。

「そういえばドーマさんのお店がないですし、迷宮のご飯はどうなるのでしょうか……」

 買うより作った方が安いなら、当然手作り。

 つまり大食いシャリオスの食事をたくさん作ることになる。

「……いえ、皆さん手伝ってくれるはずです」

「キュキュン!」

「そうですね、唐揚げは裏切りません! ――あっ」

 アルブムが得意げに胸を反らせた瞬間、バランスを崩しレシピ集に弾かれた。レシピ集はと言えば、逆方向に吹き飛ぶ。床を跳ね回って停止するが、どこにも折れ目や傷がつかない驚くべき堅さ。とても丈夫すぎてミルは冷や汗を流す。

「キュ、キュブーッ! キュアア……」

「よしよし、ビックリしましたね」

 可哀想に尻尾が三倍に膨らんでいた。乱れた毛をしきりに舐めて落ち着こうとしている。

 耳の後ろを掻いてあげながらなだめていると、次第に落ち着いて尻尾をゆるゆると振った。これが迷宮の中なら勝手に立ち直るのに不思議なものだ。

「じゃあご飯の準備に戻りましょうか。カレーは二日目が美味しいのでたくさん作らないと……」

 レシピ通りに調合したスパイスを鍋に入れ込んだミルは、ふと視線を感じて振りかえった。

「ひい」


「ただいまー。ギルドに寄ったら遅くなっちゃった。ね、もしかしてカレー? カレーかな!?」

「お帰りなさい」

 外まで漂う香りに誘われて、キッチンの方へ足を向けたシャリオスは扉を開けて瞬く。

「買い食いはどうでしたか?」

「美味しい店がたくさんあった! ……それより、その人達は?」

 腹部をさすりながら言うと、力強くミルは頷く。

 その力強さがどこから来るのかシャリオスにはわからない。

 家を出たときと違い、普段着姿のミルが、当たり前のように見知らぬ冒険者と一緒に食卓を囲んでいる。山盛りカレーに赤い漬物。生魚とわかめ、数種類の野菜が入ったお刺身サラダもある。シャリオスの目測によると、サラダの傘は三分の一まで減っているはず。

 一刻も早く参戦しなければなくなってしまうだろう。

 しかし、見知らぬ客人が気になってしかたない。

 買い食いしてきたことも忘れて考えていると、

「近くの冒険者さんです。カレーの香りに誘われたそうで……あ! 二日目のカレーは確保してありますよ!」

「うん? うん……そうなんだ」

 頬いっぱいにカレーを詰め込んだ見知らぬ冒険者は、女性が三人、男性が二人の五人組。装備は錆びており、お世辞にも綺麗とは言いがたい。

「キュブブ? キュアキュ」

 カレー食べないの、というように鳴いたアルブムが顔を上げ、茶色く染まった口を舐めた。ほかほかのお米がツヤツヤと輝いている。

「炊きたてですよ」

 吸い込まれるようにキッチンに消えたシャリオスは、鍋からお米をよそい、カレーを流し込むと食卓へつく。もはや見知らぬ冒険者の事など眼中になかった。

 ドーマの作ったカレーと同じ香り。

 肺いっぱいに吸い込み、猛然と食べ出した。

 味もソックリそのままである。

 よく煮込まれたお肉は柔らかくて、大変だっただろうなとミルを労った。

 そうしているうちに話が弾み、彼らがどうしていたのかわかった。

「かくかくしかじかでした」

 行き倒れ寸前だったところ、カレーの香りに誘われて迷い込んできたという。一瞬ゾンビかと思ってびくついたのは秘密だ。

 可哀想に思ったミルは、庭で泥を落として靴を履き替えさせた後、彼らに食事を提供したのだという。

 温かい食事をとって、まったり顔になった彼らはパンパンになった腹部をさする。

「こんな事ってあるんだな。本当にありがとう。コーティングの事は知らなかったから、店に行って聞いてくるよ」

「いえ、こちらもお話が聞けてよかったです」

 食事が終わった後、普通に帰っていった。

 また明日から頑張って働くと言っていたので、大丈夫だろう。


「いや危ねーだろそれ」

 頬に口紅を付けたまま帰ってきたサシュラが渋面になる。

 ナンパ成功の証を二人がじっと見ていると、同時に額をツンと押される。

「そういうときは、教会に連れてくもんだ」

「普通に帰宅されましたよ」

「そうそう」

 自分も怪しく思っていたことなどすっかり忘れ、何度も頷く。

「……なんだこれ。俺が悪いのか?」

 腕組みをしたサシュラはため息を吐く。

「少なくとも、一人のときに――」

「ギュー!」

「お前は人数に入んねーの! とにかく、俺達は一緒に暮らしてるんだ。そこんとこ考えて、ついでに自分が女だって自覚も持て」

「はい、申し訳ありませんでした」

 今までは宿屋の個室だったので気にしたことがなかったが、今回は一軒家である。共同空間は気をつけないといけなかったことに気づき、ミルはしょんぼりとする。

 ううむ、とサシュラは呻く。

「いいか? 優しさにつけ込んでくる奴も多いから、悪意には気をつけろ。今回は大丈夫だったが、次もそうとは限らないからな。一人で留守番が難しいなら、連れていくしかねーぞ」

「ええっ。私は成人していますよ」

 困惑した様子で返すミルは、なぜこんなにしつこく言われるかわからない。

 サシュラは幼く見えるわ、自分の主人が気にかけているわで心配している。傷一つ付けずに済むにこしたことはない。

「成人するってことは、自分の身は自分で守るって事だ。しっかりしてくれ」

 肩を竦めて部屋に戻っていくのを見送って、小さくため息をつく。

「ごめんね、先にルールを決めておけばよかったね」

「シャリオスさんのせいじゃないです。今度から気をつけます……」



 ミルが布団の中でぬくぬくと眠りにつく頃、主従二人は顔つき合わせて情報共有をしていた。当然のように、サシュラは見知らぬ人を家に入れたことを愚痴る。

「――つーわけっすよ。あのお嬢さん頭大丈夫なんすかね」

「お口が悪いですよ」

「いって! 馬鹿力なんだから加減して!?」

 デコピンされたサシュラは額を押さえて蹲る。

「いいと言うならば、大丈夫なのでしょう。立派な志ですし、やはり教会に来ていただきましょう。そうしましょう」

「断られたっすよね? 引き下がりましたよね?」

「今回の旅が終わった頃に、再度お伺いするつもりです。約束破りはいけませんからね」

 何一つ諦めていなかった。

「あーあぁ、休暇無しきっついっすわー」

「おや、羽を伸ばしてきたでしょうに」

 口を尖らせたサシュラは、国を出るまでのことを思い起こす。

 シューリアメティルも面倒だったが、この旅も相当だ。

 そもそも目的地すらわからず、手がかりを探すところから始まっている。

 シューリアメティル以外で枢機卿が教会を離れることはない。常に神兵に守られながら行事をこなしていくのである。それは外交や運営費の捻出など、多岐にわたる。

 枢機卿の立場ならば下々の者に任せていればいいのに、提案すらせず教会を出た。自派閥の司祭に丸投げして。出先に見かけた気の毒な司祭は青ざめていて、まるで首を締められた鶏のようだった。その後の惨事が目に浮かぶようだ。

「本気で人形使いを探すんすか? 俺はてっきり、ヨズルカ王国内が落ち着くまでかと思ってましたよ。誰かに任せて、教会に帰りましょう」

「異な事を。シューリアメティルの出来事が続いているのですから、自ら出向かなければ教義に反します」

 ミルは大量の人形を使えなくしたので、人形使いに目を付けられる線もスールは考えていた。また『誘惑の手』探しは、彼女が思うより遙かに危険なのである。

「旅の指針は聖下の心次第。あまり過保護にしてはいけませんよ。具体的には私が聖下を抱き上げようとしたとき、さりげなく妨害するだとか」

「アンタのほうがタチ悪りーわ」

 呆れた顔をしたサシュラは真っ赤に腫れた額を押さえながら、やってられんとスールの部屋を出た。

「いつになっても子供で、困ったものです」

 スールは肩を竦めた。

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